1980年代から時代を超えて愛される漫画『北斗の拳』が、まさかグランドミュージカルになると誰が予想できたでしょうか?2021年に初上演したミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』は演劇・原作双方のファンに忘れられない衝撃を与え、彼らが名付けた「アタタミュ」の愛称が公式に定着するまでの話題作となりました。
9月25日より、新たなるキャストと演出によるさらなる進化を遂げて待望の再演。初演時の高揚が忘れられず、満を持しての再演に嬉々として足を運びました。(2022年9月・Bunkamuraオーチャードホール)
熱くドラマチックな包容力のある作品
『北斗の拳』のことを、”お父さん世代”の作品だと感じる人も少なくはないと思います。
正直に言うと私もその一人であり、キャスティングの豪華さに惹かれたものの、作品そのものにはそこまで興味を持っていませんでした。
しかし蓋を開けると剛健な男たちの闘いには想いを寄せる人への切ない愛が隠されていたり、彼らを慈母のように包み込む女性がいるなど、少年漫画の熱さの中にドラマチックな要素がたくさんあって何度もときめいてしまいました。
再演では新たな演出が加わって、ケンシロウ役の大貫勇輔さんのダンスパートの増加や臨場感のある映像演出により、舞台として楽しめる要素が新たに増えてお腹いっぱいな仕上がりです。
原作をあまり知らない身としては、「てめえの血は何色だーっ!」や「我が生涯に一片の悔いなし!」などの熱のこもった名台詞の数々には、原作への興味を駆り立てられました。
ミュージカルに親しみのない人も原作を知らない人も、誰もおいてきぼりにしない強い包容力を感じる舞台なのです。
ケンシロウの拳に宿る人々の魂
レイやジュウザのように初演よりも登場シーンや台詞が増えたキャラクターもいて、人物像がより明確になりました。
それぞれの拳法を操る戦士、暴力的な支配者に虐げられる民衆。この作品の中では、登場人物の多くが傷つき死んでゆくのですが、その一人ひとりに守りたいものや貫きたいものがあるのだと舞台上からひしひしと伝わります。
愛を拒み、強さの頂点に立つことだけを糧に生きてきた覇者ラオウにさえ、悪者という認識よりも一貫した漢気を感じ惹かれてしまうのです。この日のラオウ役は、初演から参加している福井晶一さん。見るものを威圧する殺気立った表情の中にも一色洋平さんが演じる青年期ラオウのひたむきな眼差しが見え、召されていく瞬間には思わず熱い拍手を送っていました。
それぞれの正義と愛を胸に散っていく人々の魂は、悲しみを糧に北斗神拳を極めるケンシロウの中で生き続けます。
大貫さんはケンシロウを人の思いを受けて自らを変化させ、真の北斗神拳を完成させていく「受け取る人」として演じており、ケンシロウの拳が迷うことなくまっすぐ突き上げられるたび、彼の中に去っていった人々が生きているのだと感じさせられました。
新キャストを迎え、カンパニーがパワーアップ!
シングルキャストを務める新キャストがあまりにも魅力的で、舌を巻きました。初演とは異なる新しい人物像が見えたのが、演出的にも大きく変わった南斗水鳥拳の伝承者・レイ。三浦涼介さんのレイは男らしくもどこか妖艶で、宙を華麗に舞いながら戦うレイの拳法にピタリとハマっていました。
レイが実の妹のように気にかける女戦士・マミヤを演じる清水美依紗さんは、歌だけではなくダンスもパワフル。ジュウザが歌う「ヴィーナスの森」では彼を誘惑する美しきヴィーナス役も演じており、マミヤのときのギャップと官能的なダンスに目が離せません。(清水美依紗さんインタビュー記事はこちら)
同じく演じ分けのギャップに凄みを感じたのは、1幕では老女のトヨ、2幕ではユリアの守護者トウを演じるAKANE LIVさん。どちらの役もそれぞれ子供、想い人を深い愛で守りたいという気持ちが言葉の一つ一つに籠って涙を誘いました。
そして忘れてはいけない新キャストが、実兄ラオウを救うためケンシロウに思いを託すトキを演じる小西遼生さん。小西さんのトキはラオウにもケンシロウにも兄弟の愛を注ぎ、「兄弟の誓い」の歌唱では青年期の時を演じる百名ヒロキさんとの気持ちの重なりが歌声で感じられました。
新たな仲間を加えて魅力が増した「アタタミュ」カンパニー。この日の公演の最後には劇中ナンバー「心の翼」をキャスト全員が歌うスペシャルカーテンコールが実施されたのですが、小西さんの音楽番組のような即興の曲紹介に大貫さんが歌詞を忘れてしまい、舞台上のキャスト陣がずっこけてしまうというお茶目な姿も見られて笑いがこぼれました。
ケンシロウが旅の中で出会う人々に影響されて強くなっていくように、このカンパニーはキャスト陣とスタッフ陣がそれぞれ呼応しながらチームでより良い舞台を作っているのだなと感じた瞬間です。
ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』は、国内では9月30日(金)に東京公演を終え、10月7日(金)から10月10日(月・祝)までは福岡のキャナルシティ劇場で上演されます。
公演期間は短いですが、現在東京公演のライブ配信が好評発売中。10月5日(水)までアーカイブ配信で何度でも楽しめますので、劇場に行けないという人もぜひご覧になってみてください。ライブ配信のチケット購入はこちら。
本来であれば2022年に中国公演を行う予定であり、今回の国内再演も中国公演を見越したものでした。しかし、コロナ禍によって中国公演は中止。代わりに中国では今回の日本公演が配信されることになりましたが、再演版のパワーアップした舞台を観て、「アタタミュ」は世界に通じるグランドミュージカルになるのではと期待が膨らみました。