2022年、演劇業界では引き続きコロナ禍の影響を受けながらも、ミュージカル『四月は君の嘘』日本初演や、待望の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』開幕など、嬉しいニュースも多くありました。また、『ショウ・マスト・ゴー・オン』では脚本と演出を手がけた三谷幸喜さんが度々キャストの代役を務め、まさに“ショウ・マスト・ゴー・オン”を体現したことでも話題に。様々な作品が話題となった2022年ですが、本記事ではミュージカル音楽の力を改めて感じさせられた作品をご紹介していきます。

どんな世の中でも、“お砂糖ひとさじ”を忘れないで。生きるヒントをくれたミュージカル『メリー・ポピンズ』

2022年3〜5月に東急シアターオーブ、5・6月に梅田芸術劇場メインホールにて上演されたミュージカル『メリー・ポピンズ』。「チム・チム・チェリー」や「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」など誰もが一度は聞いたことのある名曲と共に、バンクス家とメリー・ポピンズが忙しない日常の中に隠れている愛おしい瞬間に気づいていきます。

観劇前はハッピーなディズニーミュージカル!というイメージを持っていましたが、観劇中になぜか溢れ出ていたのは、涙。馴染めない上流階級の世界やきっちりとした仕事先の銀行での日々、子供たちへの教育…山積みの問題に埋もれて、“想像力”を忘れてしまったバンクス夫婦は、今の困難な日々に戸惑う私たちに重なったのです。

そんな中で、空から舞い降りたメリー・ポピンズと煙突掃除屋のバートが、夫婦と子供たち、そして観客に教えてくれたのは、目の前の現実に囚われ、悲しむのではなく、自ら想像し楽しみを見つけていくこと。

苦い薬を飲むときは、お砂糖をひとさじ入れて、甘くしちゃえばいい。“スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス”、意味のない言葉は、どんな意味の言葉にもなれる。

圧倒的なダンスパフォーマンスや美しい世界観、心躍らずにはいられない音楽たちと共に届けてくれたメッセージは深く心に突き刺さり、心底“この作品に出会えてよかった!”と思わせてくれたミュージカル作品でした。筆者は今でも舞台グッズのトートバックを持ち歩き、本作からもらった“魔法”を忘れないように、と言い聞かせています。

戦争の世に、命をかけて貫いた愛。超大作ミュージカル『ミス・サイゴン』

『レ・ミゼラブル』と同様に、数年に一度の上演を生きる楽しみにしている演劇ファンも多いであろう名作ミュージカル『ミス・サイゴン』。今年は日本初演30周年、累計上演回数1500回を達成、初演以来エンジニア役を務め続けた“ミスター・サイゴン”こと市村正親さんは累計上演回数900回を達成されたアニバーサリーイヤーとなりました。

ベトナム戦争末期のサイゴンを舞台にし、兵士たちの後遺症や戦争に振り回された人々を描いた本作は、今の世の中でより重厚感を増したように感じられます。悲劇的なラストシーンから、一見アメリカ兵クリスが悪者に思えてしまいますが、もう一度観劇してみると、彼の苦しみ、やるせなさも伝わってきます。

そして悲劇が待ち受けているからこそ、静かに、次第に情熱的にキムとクリスが奏でる「世界が終わる夜のように」の美しい旋律が身体に染み込んでいきます。

誰かが悪なのではなく、それぞれが命がけで、自分自身と向き合い、命や愛と向き合っている『ミス・サイゴン』の世界。それは決して空想の世界ではなく、アメリカとベトナム、クリスとキムを引き裂いたヘリコプターの音が、今も世界のどこかで鳴り響いているかもしれません。日々命がけで生きた人々の強さは心を打つけれど、クリスやキムのような人生を増やしてはいけない。様々な問いかけを投げかけられた作品でした。

踊り狂うための工夫が満載!唯一無二の作品『ロッキー・ホラー・ショー』

東京ではPARCO劇場にて2月に上演された『ロッキー・ホラー・ショー』。古⽥新太さん演じるフランク・フルターに始まり、ISSAさん演じる不気味な執事リフラフ、フランク莉奈さん演じる使用⼈のマジェンタ、峯岸みなみさん演じるコロンビアらが織りなすはちゃめちゃなパーティは、もはや言語化不可能!

フランクの城に迷い込んでしまったブラッド(小池徹平さん)とジャネット(昆夏美さん)と共に、戸惑いながらも徐々にその唯一無二の世界観に飲み込まれていきます。

振付講座や、常時点灯OKのペンライト、声が出せない観客の代わりに歓声やブーイングを届けてくれるボイストラップなど、コロナ禍でも“観客一体でふざける”という本作の心意気溢れる演出が多数。みんなで一緒に「タイムワープ」を踊れば、モヤモヤもイライラも吹っ飛んで、ウキウキで帰宅。これもまた、ミュージカルの魅力です。

Yurika

全公演中止は減ってきたものの、突然の上演中止に心揺さぶられることも多かった2022年。上演当日、幕が開く直前に中止が決まったことも多々ありました。2023年は幕が開くまでヒヤヒヤすることなく、みんなが演劇・ミュージカルを心置きなく楽しめる世界になることを願っています。