ノーベル文学賞をはじめ数々の文学賞を受賞するペーター・ハントケの衝撃作『カスパー』。19世紀初めに実在した、世間から隔離されて育った孤児カスパー・ハウザーをモデルに描かれた作品です。初舞台にして初主演を務めるのは、この戯曲に魅了されたという寛一郎さんです。
ことばは自由への扉なのか、悪夢の始まりなのか…。
カスパー・ハウザーという、19世紀初めに実在した一人の男性。ドイツのニュルンベルクの町で発見されるまで、彼は生まれてから16年間、世間から隔離され、地下の牢獄に閉じ込められていました。
牢獄は、立ち上がることもできないくらい天井が低く、常に座った状態だったため、立って歩くこともままならなかったそう。
パンと水しか与えられず、教育も施されず、ほとんど口を聞くこともできませんでした。発見後は、社会に適合するために教育を受けますが、数年後、謎の死を遂げています。
この、カスパー・ハウザーを題材にノーベル文学賞受賞作家ペーター・ハントケが書いた戯曲が『カスパー』です。寺山修司は本作を、『ゴドーを待ちながら』と並んで、「20世紀に書かれた最も重要な作品」と評しています。
本作は、カスパーが「僕はそういうような前に他のだれかだったことがあるような人になりたい」と繰り返し話すところから始まります。
発見当初はほとんど言葉を話せないカスパーでしたが、言葉と音の洪水を拷問のように浴びせられ、次第に言葉と、その意味を知っていきます。
そして、社会で生きていくための言葉やルールを“プロンプター”と呼ばれる存在に教え込まれ、調教されていくのです。すると、「ことば」が次第に「意味」を持ちはじめ、そこに意思が芽生えます。
自分の意思をもったことがなかった人間がことばを手にしたとき、それは自由への扉なのか、それとも悪夢の始まりなのでしょうか…。
立つ・歩く・座る・言葉を使うこと。我々が当たり前に行っている行為が、もしも「社会」が我々を操るために「調教」されたものだとしたら…?
カスパー・ハウザーという実在の人物の歴史劇で留まらず、自分を社会から守る「武器」「方法」「手段」を持たない人々に対して、社会が強制的に強いる仕組みを、暗くユーモラスに描いています。
「議論し、掘り下げ、そしてまた議論するための作品」
演出を務めるのは、イギリスの演出家で、ローレンス・オリヴィエ賞のベスト・エンターテイメント賞を受賞した経験もあるウィル・タケットさん。演出作品はバレエ・オペラ・演劇と多岐に渡り、渡辺謙さん主演の舞台『ピサロ』やアダム・クーパーさん主演の『兵士の物語』、5月に新国立劇場で上演される新作バレエ『マクベス』などを手掛けています。
『カスパー』については「議論し、掘り下げ、そしてまた議論するための作品」と表現。本作について以下のようにコメントしています。
「『カスパー』では、言葉と肉体による言語が、最も純粋な状態でむき出しにされます。
本作の著者のハントケは、馴染みのある言葉や設定が凶器となり、その「凶器」が日常的な行動や、教えられたことを理解できない人々に対して、行使されるという具体的な場面を、我々に提示します。
この作品が、観客を、混乱させ、楽しませ、憤慨させ、そして同じくらいに楽しませてくれることを期待しています」
主人公カスパーを演じるのは寛一郎さん。
映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』、『菊とギロチン』などで数々の賞を受賞し、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に源実朝を暗殺する公暁役で出演し、注目の俳優です。
「作家が描いている“言葉”というものの認識の深さ、それを反芻して、言語から身の回りの事象を捉えていくという、作家の視点に深い興味を抱き、この題材を、この作品を演ってみたい」と思い、舞台に初挑戦することにしたと話します。
そしてカスパーを言葉の世界へ誘い、調教していく“プロンプター”を首藤康之さんが演じます。『ダブリンキャロル』(2021年)では、膨大な台詞量の人生をダメにした中年男の役を演じました。バレエダンサーとして長年活躍し、2012年には『第62回芸術選奨』大臣賞舞踊部門を受賞している首藤さん。
「俳優の仕事を始めてから、 “言葉 “ のもつ影響力に魅了され、今では“言葉” の力によって身体を動かし、表現し、生活をしている。 “言葉” に関して言えば、カスパーのように、思春期を通りこして急に赤ちゃんから大人になったような気がしています」とコメント。タケットさんと作品を作るのは3度目ということもあり、身体表現に富んだお二人から生み出されるものが作品にどのような影響を与えるのか、とても楽しみです。
舞台『カスパー』は、3月19日(日)〜3月31日(金)、東京芸術劇場シアターイーストにて上演です。チケット詳細はこちら。
「言葉」に重きが置かれた作品で、どのように身体表現が用いられていくのか、とても興味深いです。また、本作で初めてカスパー・ハウザーという人物を知りましたが、深く調べたくなる題材だと思いました。