主演の段田安則さんが読売演劇大賞の最優秀男優賞を受賞するなど、高い評価を得た2022年上演の舞台『セールスマンの死』。近代古典の名作を現代に、印象的に演出したショーン・ホームズさんが次に日本で手がけるのは、PARCO劇場開場50周年記念シリーズ作品『桜の園』。原田美枝子さん、八嶋智人さん、成河さんらを迎え8月から上演を予定している本作について、ショーン・ホームズさんへのインタビューが実現しました。
チェーホフが迫り来る脅威を察していた本作と、現代の共通点を描きたい
20世紀初頭の南ロシアを舞台に、破産の危機にあり競売にかけられようとしている“桜の園”をとりまく人々を描いたアントン・チェーホフ作の舞台『桜の園』。2023年PARCO劇場にて上演される『桜の園』では、ショーン・ホームズさん演出、サイモン・スティーヴンスさん英語版、広田敦郎さん翻訳で上演されます。(公式HPはこちら)
−『桜の園』上演に至った経緯を教えてください。
「『桜の園』は僕が大好きな戯曲であり、1990年代半ばにロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでアシスタント・ディレクターとして関わったことがある作品です。2022年に上演した『セールスマンの死』で我々が行ったことと同じような取り組みができると考え、私からパルコさんにご提案させていただきました。
同じような取り組みというのは、人々によく知られたアイコン的な戯曲を、皆さんが予想もしなかったやり方でアプローチするということ。それは戯曲をこねくり回して散らかすのではなく、戯曲本来が持っているオリジナリティをより強固にするものです」
−『桜の園』のどんなところに魅力を感じられているのでしょうか?
「チェーホフが本作で見事に実現しているのは、人間が抱える矛盾を非常に深いところで示しているということです。深い痛みと滑稽さが、隣り合わせに存在している。一瞬一瞬のシーンが豊かであり、驚くべき豊かさを持っているのが本作の魅力だと思っています。
また19世紀の終わりにチェーホフが本作を描いた時、他の多くの作家がそうだったように、何が自分たちに迫ってきているかを察していました。ロシア革命が来るということを直接的に描いているという意味ではありませんが、『桜の園』を読むと、何か大きな脅威が迫って来るということを彼が察していたことが分かります。
とても興味深いのは、私たちも人間の歴史において同じような立ち位置にいるということです。特に天候変動・環境問題において、変化が起こる・起こらなければならないと感じながら、どうしたら良いのか、どう変わっていくべきかを分からずにいる。こういった背景から、この戯曲では登場人物たちがより我々に近いと感じられるように描きたいと思っています」
−サイモン・スティーヴンスの英語版についてはいかがでしょうか。
「サイモンのバージョンを使う理由の1つは、チェーホフの原作が持つ精神・意図には忠実でありながら、現代的に感じられる言葉に置き換えているという点です。だからと言って、スラングがたくさんあるとか、現代の何かを引用しているようなことではありません。ここがとても重要で、エレガントなやり方でチェーホフの時代と今の時代の架け橋となる台本だと感じています」
−現段階での『桜の園』での演出プランを教えてください。
「物理的な部分でも、意識的な部分でも、優れた戯曲の多くには亡霊が取り憑いていることが多いです。『桜の園』という戯曲は特に、ラネーフスカヤの亡くなった息子をはじめとする過去の亡霊たちが漂っている作品です。過去・現在・未来の亡霊が重なり合うようなイメージを考えています」
変化の中にある社会において、演劇が成し得ることとは?
−パルコプロデュース作品は3作品目となりますが、日本人キャストと組むことについてはどう感じられていますか?
「日本人のキャストの皆さんには、プロフェッショナリズムの高さ、作品に対して真摯に向き合う姿勢をいつも感じています。『FORTUNE』でご一緒した市川しんぺーさん、『FORTUNE』『セールスマンの死』にてご一緒した前原滉さんが本作にも出演されることはとても心強いです。
イギリスでは大勢のキャストがいる現場は、とにかくまずキャストを静かにさせるところから始めなければならないのですが(笑)、日本ではそうではありません。多くのキャストが立ち位置や動きを覚えるのも早いです。今までの2作品では、僕のやり方と日本の皆さんとのやり方のハイブリッド的な作品づくりを行うことで、とても生産的な現場が出来上がったと感じています」
−日本語での上演、日本人の観客が見るということに対して意識していることはありますか?
「特段気をつけているということはありませんが、どの国で作品を作ろうとも、自分と同じような観客のために作っている感覚があります。
僕は演出家とは、作品の作り手の視点と、観客の視点を持つことが仕事だと考えています。ただ観客のことを気にしすぎたり、心配しすぎたりするとクリエイティブなものは生まれません。自分がすごく良いと感じて高揚できるものであれば、きっと他の観客にもそう感じる人がいるはず。観客が、自分たちが良いと感じて創るものについてきてくれると願いながら作ることが、クリエイティブなのだと思います」
−変化していく社会の中で、演劇の意義についてどうお考えでしょうか?
「演劇にできることは、人々を1つの場所に集めるということ。今の時代に、3時間携帯を使わないでいる場所は劇場の他に少ないでしょう。隣り合って座り、観客もカンパニーも共通の体験をするということ。パンデミック中にはそれができないことが、とても恋しかったですよね。
演劇はジャーナリズムでも政治でもないですから、明確な形での選択肢を示すことはできないですけれども、世界がどこに向かっているかを最初に気づき、定義する人が劇作家である場合があるというのは非常に興味深いです。だからこそ、私たちは新作にも投資をしていく必要があります。
そしてすごく大事なのは、演劇はエンターテイメントであり、人々を活性化する、刺激を与えるものであるということ。エドワード・ボンドという英国の劇作家は、ドラマなしには民主主義をなしえることはできないと述べていました。民主主義もドラマ・演劇も古代ギリシャで同じタイミングで生まれ、進化していたということはとても面白いことです。独裁的な指導者たちはまず演劇を閉じようとしてきますが、変化がある時代において、演劇というのは非常に重要なのだと思います」
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ作品『桜の園』は8月8日よりPARCO劇場にて上演(8月7日プレビューオープン)。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。
不穏な空気を感じながらも、変化を直視できない人々が印象的な本作は、今の世の中に鋭い示唆を与えそうです。『セールスマンの死』で冷蔵庫を印象的なアイテムとして演出したショーンさんは、本作をどのように創りあげるのでしょうか。