ポスターに書かれた「コンピューターを発明した男が破った ナチスの暗号と禁じられた愛」というコピーに惹かれ、上演を楽しみにしていた舞台『ブレイキング・ザ・コード』。臨場感たっぷりのシアタートラムで、数学者アラン・チューリングの数奇な人生に魅了されました。(2023年4月・シアタートラム)
アラン・チューリングの人生は悲劇か希望か?
本作で描かれるのは、第二次世界大戦時、複雑難解なドイツの暗号「エニグマ」を読み解いたイギリスの数学者アラン・チューリングの人生。数学への深い探究心を持ち、“コンピューター”を発明した人物です。イギリスどころか世界をも変えた人物でありながら、極秘任務だったため彼の功績は知られず、それどころか同性愛者ということで罪に問われてしまう。
こういった要点だけを辿るととても悲劇的な人生のように思えますが、本作でのチューリングは常に希望や探究心に満ち溢れていたように見えます。何億通りもの組み合わせが存在する難解な暗号に取り組むこと、コンピューターがいずれ知性を持つかもしれないこと。周囲からの賞賛を得られなかった状況はもちろん彼を孤独にしたでしょうが、彼の目の前には他人が無謀と言うような未来が見えていた。そんな数学とチューリングの純粋な関係性がとても尊く思えました。
また彼の功績が奪われた大きな要因として、当時は犯罪とされた同性愛者であったことが挙げられますが、チューリングはどんなに罪に問われても、好みの青年に出会うと舞い上がり、関係を持ってしまいます。恋になると理性的ではない行動を起こしてしまうところも、チューリングの愛らしいキャラクター像です。
実力派・亀田佳明の演技を堪能
アラン・チューリングを演じるのは、2019年度 第五十四回紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞した亀田佳明さん。周囲とのコミュニケーションは得意でなく、数学のこととなると早口にのめり込むチューリングを、時に愉快に、時に迫真を持って演じていきます。膨大な台詞量、そして難解な数学用語も多い中で、本当に数学に心から魅了されているチューリングそのものに感じさせる演技力。
さらに、本作では少年時代、第二次世界大戦中の国立暗号研究所に勤務していた時代、晩年と、3つの時間軸を交錯させながら描かれていきますが、大きなセット転換はなく、天井にぶら下がった印象的な蛍光灯と、亀田さんを始めとするキャスト陣の演技のみで時代の変化を見せていきます。ほぼ舞台に出ずっぱりの亀田さんが、少年にも、41歳の男性にも見えてくるのですから、これは凄い人の演技を見てしまった、という脱力感すら覚えました。
またチューリングを取り調べる刑事ミック・ロスを演じる堀部圭亮さんや、チューリングの良き理解者となるパット・グリーンを演じる岡本玲さんら、実力派キャストが本作をさらに魅力的に彩っていました。
舞台『ブレイキング・ザ・コード』は4月23日まで、シアタートラムにて上演中です。
不器用な天才、アラン・チューリングを演じた亀田さんはもはや“演じている”のではなく“チューリングそのもの”のようで、すっかり魅了されてしまいました。