2023年9月7日(木)より新国立劇場 中劇場にて幕を開けるDaiwa House presents ミュージカル『生きる』。黒澤明監督が1952年に発表した映画『生きる』を原作にした日本オリジナルのミュージカルで、評判につき本年、3度目の上演が叶いました。日本を代表する演出家の宮本亞門さん、数多くの名作で脚本・作詞を担当する高橋知伽江さん、ブロードウェイで活躍する作曲家のジェイソン・ハウランドさんがタッグを組み、主役の渡辺勘治役を初演から引き続きダブルキャストで市村正親さんと鹿賀丈史さんが演じるとあって期待が高まります。今回、上演に先立ち、歌唱披露と製作発表会が行われたのでレポートします。

日本オリジナルミュージカルの魅力を十全に体現しようとする個性豊かな座組

舞台は、とある市役所の市民課で30年間休まず、無欲に勤め続ける真面目な渡辺勘治課長が「生きる」事の本質を見つける物語です。妻を早くに亡くし、息子夫婦と同居していますが、あまり仲が良くありません。そんなある日、胃ガンが発覚し、自分の余命を知った彼は、生まれて初めて自分の人生の意味を探し始めます。そして彼は市民のために小さな公園を作ろうと奮闘しますが、一筋縄では行かなくて……。

今作の最大の見所は、メインキャストの多くが初出演となり、これまでとは違った手触りのミュージカル『生きる』の誕生を目にすることができる点です。

物語の語り手としても重要な小説家役をダブルキャストで演じるのは、平方元基さんと上原理生さん。勘治を励まし、彼に生きる活力を与える存在の小田切とよ役には、音楽座ミュージカルの高野菜々さんが挑みます。高野さんが音楽座ミュージカル以外の作品に出演するのはデビュー以来初めてとなり注目です。

その他にも、光男の妻で芯の強い女性の一枝役には実咲凜音さん、勘治の公園作りを妨害するヤクザの組長に福井晶一さん、本作の登場人物の中で最も腹黒い人物の助役を鶴見辰吾さんが演じます。 もちろん、市村正親さんと鹿賀丈史さんは初演・再演と同様に勘治役を演じ、父親と対立しながらも複雑な思いを抱えている勘治の息子・光男役の村井良大さんは2020年の再演から続投となるので、これまでのメンバーと今作が初参加のフレッシュな俳優達がどんな化学反応を起こすのか。これまで観た事のないミュージカル『生きる』を作るために集った個性豊かなカンパニーに胸が躍ります。

伝説の名曲『二度目の誕生日』が聴ける喜び

製作発表会の前に行われた歌唱披露では、ピアノ演奏の村井一帆(稽古ピアノ兼音楽監督補助手)さんによる美しいピアノの旋律に合わせて数曲のナンバーが披露されました。

1曲目は、小説家役の上原理生さんが歌う『人生の主人になれ』です。胃ガンで余命幾ばくもないと悟った勘治は、自暴自棄になりながら小説家と出会います。小説家は金の使い方も遊び方も知らない勘治を夜の街に誘い、「もっと人生を楽しむべきだ」と歌います。上原さんの伸びやかな歌声には、夜の街のいかがわしさが伺えるビターなテイストがほんのり加わっていて聴き応えがありました。

撮影:竹下力

続いては、小田切とよ役の高野菜々さんが歌う『ワクワクを探そう』です。勘治は、夜の繁華街に出歩いてみたものの、心は満たされませんでした。そんな時に出会ったのが、同じ部署で働く部下の小田切でした。彼は彼女に生きる喜びを教えてもらいます。高野さんの伸びやかで溌剌とした歌声はきっと皆さんを元気にすることでしょう。

撮影:竹下力

3曲目は、今作のハイライトでもある勘治が歌う『二度目の誕生日』です。小田切に励まされた彼は、残りの人生で何ができるのか考え始め、新しい出発を試みようと決意するナンバーです。それを鹿賀丈史さんが歌いました。鹿賀さんの芳醇な歌声が誰しもの気持ちを必ずポジティブに変えてしまう大名曲でした。

撮影:竹下力

さらに、勘治の病気を知らない息子の光男は、勘治が毎日遅くまで家に帰らない本当の理由を理解できず、思わず父親に怒りをぶつけます。そんな息子が父親に対する思いを素直に吐露する切ないナンバー『あなたに届く言葉』を村井良太さんが朗々と歌い上げました。

撮影:竹下力

5曲目は、組長役の福井晶一さんが歌う『金の匂い』です。勘治は市民のために公園を作ろうと行動しますが、組長はその場所を金儲けのために使おうと彼の行いを邪魔します。福井さんのどこか乱暴な歌声が危険な香りを漂わせる迫力のある楽曲です。

撮影:竹下力

最後に披露されたのが、死を目前とした勘治がそれでも最後まで生き抜くことを決意するナンバー『最後の願い』です。ここでは市村正親さんが歌いましたが、ブレない意思の強さを感じさせる歌声には、今を精一杯「生きる」事の大切さが胸に響いて感動的でした。

撮影:竹下力

ミュージカル『生きる』を再び上演できる幸せを胸に

その後、製作発表会が行われ、市村正親さん、鹿賀丈史さん、村井良大さん、上原理生さん、高野菜々さん、実咲凜音さん、福井晶一さん、鶴見辰吾さんが登壇しました。

撮影:竹下力

今回で3度目の上演となる本作について、市村さんは「初演の2018年は、稽古場に入ると毎日台本の内容が変わってしまうスリリングな稽古でした。今回は、これまでより濃いキャストが揃っているので、皆さんに負けないようにしっかり演じたいと思います」とコメント。鹿賀さんは「初演から再々演の間に、世界の情勢は随分変わり、日本人も様々な問題に直面し『生きる』事に戸惑いを覚えていると思います。こういった時期に、この舞台をご覧になって、『日本人はこれからどうやって生きていくのか』という問いの答えを見つけていただければ、これに勝る喜びはありません。皆さんに感動と生きる力をお持ち帰りいただきたいと思います」と抱負を語りました。

撮影:竹下力

前回から出演している村井さんは「再演はコロナ禍で上演できないかもしれないという状況の中、キャスト全員が本番ギリギリまでマスクをして、入場規制でお客様も50%の状態でしたが、誰一人かけず、一日も中止になることなく千秋楽まで上演できた喜びを今でも覚えています。今作は入場規制がないので、2023年版のミュージカル『生きる』のメッセージをより多くの方の心に届けたいと思います」とコメント。

撮影:竹下力

続いて新キャストの皆さんが感じた作品の印象について上原さんは「僕が演じる小説家という役は、勘治とは180度違う人生を歩んできた人物だと思います。勘治の生きる姿勢を浮き彫りにする、彼の影のような人物だと思っているので、これからの稽古で役を深めていきたいと思います」と語りました。

撮影:竹下力

高野さんは「日本のオリジナルのミュージカルに携わらせていただけるのは光栄で、身の引き締まる思いで一杯です。今作は死生観をテーマにしているにも関わらず、ダンスや歌ありのもの凄く華やかなエンターテインメントの世界になっていて皆さん楽しめると思います」と語りました。

撮影:竹下力

実咲さんは「新しい作品に向き合う時はいつもワクワクします。演じた事のない役や初めて共演するキャストとの出会い、そして自分の新しい課題を見つけられる事が幸せです。一枝は意志の強く、小田切とはまた違った性格の女性だと思います。高野さんとは同い年なので、一緒に対照的な役を作って行けたら嬉しいです」と意気込みを語りました。

撮影:竹下力

今作のカンパニーに加わる事に特別な思いがある福井さんは「市村さんと鹿賀さんは、僕の所属していた劇団四季の大先輩で、初めて共演できる事を嬉しく思いますし、お二人の背中を見て色々な事を学びたいと思います」と語りました。

撮影:竹下力

鶴見さんは「黒澤監督がお亡くなりになり、これから監督の作品に出演することは訪れないと思うと寂しかったのですが、ミュージカルとして復活し、監督の作品に携われるのは夢が叶ったようで嬉しいです」とコメント。

撮影:竹下力

最後に鹿賀さんは「この間まで、いっちゃん(市村正親さん)とは、ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール 籠の中の道化たち』で共演していましたが、今作とは全く違う役所で、舞台は面白いものだとつくづく実感しています。今作はこういった混迷深める時代だからこそ考えさせられる作品で、ぜひ観ていただきたいと思います。お友達、ご家族とご一緒に、劇場にいらしてください」と挨拶。最後に市村さんは「初演の時に、日本を代表するコメディアンの志村けんさんがご覧になって、感動して下さったのが良い思い出です。そんなミュージカル『生きる』を再び上演できる幸せを胸に、多くのお客様にお会いできることを願っています」と語り、製作発表会を締め括りました。

撮影:竹下力

東京公演は9月7日(木)~9月24日(日)まで新国立劇場 中劇場にて上演。大阪公演は9月29日(金)〜10月1日(日)まで梅田芸術劇場メインホールにて上演されます。詳しくは公式HPをご確認ください。

竹下力

生きる意味を考えさせられるだけでなく、例え人生のどん底に落ちたとしても、必ず助けてくれる人が側にいる事を感じさせるハートウォーミングな作品ですが、3度目の上演でどんな進化と深みが見られるのか楽しみです。日本ミュージカル界屈指の名ナンバー『二度目の誕生日』を聴きに観劇するだけでも価値があると思います。