待ちわびた舞台の日。幕が上がると、舞台上に演者が立っているーー。そんな光景を思い浮かべると、思わず心が躍りますよね。では、この光景を表す舞台用語があることを知っていますか?今回は「板付き」の意味や効果、「板付き」が活用された有名舞台作品を解説します。
「板付き」の由来と意味
板付きは、歌舞伎の舞台において、床が木材の板だったことに由来するといわれています。経験を積み重ねて仕事に慣れている様子を表す「板に付く」という単語がありますが、その「板」も舞台の床板を指すそうです。
板付きの意味は「開幕時や転換時、舞台上に演者がいること(あるいはその役・人物)」。幕が上がってから登場するのではなく、最初から立ち位置に役者がいるんですね。ほかにも、テレビ撮影などでカメラが回りはじめた際、すでに画面に演者が映っていることも指します。
具体的なフレーズとしては「板付きでスタートします」「登場するのに時間がかかるから板付きでお願いします」などが用いられます。
なお、板の上になにかが乗っている状態であることから、板付きは「カマボコ」とも呼ばれているそう。なんだかお腹が空いてしまう別名ですね。
また、板付きの反対、つまり「俳優が舞台袖で登場を待つこと」を示す単語には、「影板(かげいた)」「舞台空(から)のまま」「ブランク・イン」などがあります。
「板付き」の効果
古来から歌舞伎の世界に根付いてきた板付き。今では演出技法としても活用されています。ここでは、その効果を2つご紹介したいと思います。
効果の1つ目は、演出の可能性が広がることです。
影板の場合、演者は音楽が流れるなかで舞台に登場します。観客の気持ちを少しずつ高めていく演出に適しているでしょう。
それに対して板付きは、幕が開いた瞬間から演者は舞台にいるため、観客の目に強いインパクトをもたらせます。また、静止画から動き出す演出は、緩急の差を明確にしたいときに向いています。
効果の2つ目は、時間短縮です。
影板の舞台では、役者が舞台袖から舞台上の立ち位置に出てくるまで、多少の時間がかかります。しかし板付きなら、作品の導入をスムーズに進行できます。さらに、時間が押しているときでも時間短縮が可能なので、普段は影板を採用している舞台で、突然の板付きが発生することもあるかもしれません。
「板付き」と『ハムレット』
ウィリアム・シェイクスピアによって執筆された『ハムレット』は、彼が生み出した四大悲劇のひとつ。デンマーク王国の王子ハムレットが、父王を毒殺して王位に就き、母を妃とした叔父に復讐するストーリーです。
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この作品は、シェイクスピア作品のなかでも高い人気を誇り、何度も舞台化・映像化されています。実は舞台版では度々、板付きを用いた演出が取り入れられてきました。主人公ハムレットが登場する冒頭。 劇が始まった瞬間、彼の存在が目に入ることで、観客の意識は物語の世界へ一気に没入していきます。
『ハムレット』のように劇的な作品では、舞台上における登場人物の立ち位置が、物語の進行や演技の効果に大きな影響を与えます。そのため、シェイクスピアは予想もしていなかったと思いますが、歌舞伎に由来する板付きが演出の幅をぐんと広げてくれたのです。
きっと今まで耳にしたことがなかった人も多い舞台用語「板付き」。舞台を鑑賞する際には、「この作品は板付きかな?影板かな?」なんて考えながら開幕を待ってみてはいかがでしょうか?
わたしが最近観た舞台はどれも板付きでした。役者さんが世界観に馴染んでいる感じがして、スムーズに物語へ没入できたのを覚えています。また、歌舞伎に由来する他の舞台用語も調べてみたくなりました。