「完璧」とは何か?そんな素朴な問いから始まる舞台があります。それが、劇団俳優座の80周年を記念して上演される新作『PERFECT』。社会に寄り添い、人間を見つめ続けてきた俳優座が、今の時代だからこそ挑戦する物語です。劇団のこれまでの歩みとともに、記念すべき舞台の魅力をご紹介します。

80年の軌跡──劇団俳優座を灯し続けて

劇団俳優座が誕生したのは、太平洋戦争の戦局が悪化し、日本が劣勢を強いられていた1944年。常に高い理想を掲げ、演劇の正道を目指す10人の俳優たちによって創立されました。人々の暮らしが大きく揺れていたとき、俳優座は演劇の力を信じて、いち早く舞台に立ち始めたのです。

戦後の混乱下でも、俳優座は志を揺るがすことなく作品を届け続け、やがて日本の演劇界を牽引する存在へ成長していきます。登場人物の心情や葛藤に深く踏み込んだドラマチックな芝居と、社会のひずみを丁寧に描き出す演出は、観る者の心を揺さぶり、考えるきっかけを与えてきました。

また、数々の名作に取り組む中で多くの名優を輩出してきたことも、俳優座の大きな功績です。仲代達矢さんや田中邦衛さん、山崎努さんといった俳優たちが、この劇団から巣立ち、舞台や映画・テレビなど多方面で活躍しました。

変わりゆく時代の中でも、「俳優座ルネッサンス」実現に向けて信念を貫いてきた俳優座。その歩みは、日本の現代演劇史そのものとも言えるでしょう。そして2024年に80周年を迎え、劇団はこれまでの伝統を引き継ぎながら、未来へと次なる一歩を踏み出そうとしています。

「完璧」とは何か──物語に込められた現代への問い

弁護士のサナエは、長きに渡る不妊治療の末、夫との間に距離が生まれて離婚したばかりだ。そのサナエのもとに、ミカとユウという夫婦がやってくる。彼らは「出生前診断」の誤診をめぐって、医師を訴えるつもりだという。

テクノロジーの発展によって、さまざまな「選択肢」が存在する現代。
選ぶことは幸せなのか。
私たちは本当に自分の意志で選んでいるのか。
その選択肢は全員に与えられたものか。
完璧を求める、完璧ではない人間たちの物語。

※出生前診断とは、生まれてくる子どもに先天的な疾患があるかなどを妊娠中に調べる検査です。医学の進歩により選択肢は増えましたが、それに伴って新たな葛藤も生まれています。

日々必死に生きていると、ふと「失敗しない人生」「悩まなくていい生き方」に憧れる瞬間があります。もし叶えば、心という海に波風は立たず、とても穏やかな状態でいられるはずです。けれど、表面的には整っているその生活は、果たして本当に幸せと呼べるものなのでしょうか?

作・演出の瀬戸山美咲さんが描き出すのは、テクノロジーが進化する現代だからこそ浮かび上がる「人間らしさ」の輪郭。感情や葛藤、不確かさといった、人が人であるために必要なゆらぎが、物語の中で静かに、しかし確かに問われていきます。

あらすじだけ読むと「なんだか難しそう」と感じてしまうかもしれません。でも『PERFECT』は、今のわたしたちにとっての「自由」や「選択」を見つめ直す、哲学的でありながら親しみやすい舞台です。観る人それぞれが自分自身の「完璧とは何か?」に向き合う、そんな時間が待っています。

記念公演に集う俳優たち──交差する伝統と革新

80周年記念公演という特別な舞台に集うのは、劇団俳優座の歩みと現在地を象徴するような多彩な俳優たちです。長年劇団を支えてきたベテラン勢と、新しい時代を担う若手たちが、それぞれの人生と演技の蓄積を胸に、『PERFECT』という物語に命を吹き込みます。作・演出は瀬戸山美咲さんです。

今回、天野眞由美さん、森一さん、若井なおみさん、千賀功嗣さん、小泉将臣さん、深堀啓太朗さん、天明屋渚さん、髙宮千尋さんの8名がキャスティングされました。創立80周年記念公演にあたっての2025年度テーマ「未来へつなげる 人間の可能性を考える」を踏まえ、完璧でない、しかし完璧を望んでしまう人間の心の揺らぎを丁寧に描きます。

筆者が特に注目しているのは髙宮千尋さん。筆者と同じ福岡出身で、劇団俳優座28期生(2017年入団)の若手です。俳優活動に加え、アニメやゲームでの声優や外画の吹き替えにも挑戦されています。瑞々しさに加え、一言発するとハッと意識が向いてしまうような引力を持っていて、今回の出演もとても楽しみです!

劇団俳優座が培ってきた「リアリズム演劇」の真髄と、現代の感性が重なり合うことで生まれる、静かで力強いドラマ。伝統と革新が交差するその瞬間を、ぜひ劇場で体感してください。

舞台『PERFECT』は、2025年6月5日(木)から19日(木)まで俳優座スタジオにて上演予定です。アフタートークやバックステージイベントが開催される回もありますので、気になる方はお早めに!詳細は公式サイトでご確認ください。 

さよ

「出生前診断」や「選択の自由」など、一見すると重く感じられるテーマも、演劇というフィクションの世界を通して触れると、少し違った角度から考えられる気がします。観ているうちに登場人物の揺らぎが自分の心と重なったり、ふとしたセリフにハッとさせられたり。物語に没入しながら、完璧じゃないからこそ生まれる強さや美しさに気づかされる時間となるかもしれません。