男性科学者しかいない時代に、ノーベル賞を二度受賞した科学者マリー・キュリーを、フィクションを織り交ぜて描いた韓国ミュージカル『マリー・キュリー』。日本では2023年に初演され、大きな反響を呼びました。そして2025年、待望の再演が行われます。マリー・キュリー役を演じる昆夏美さん、星風まどかさんにお話を伺いました。

夢を叶えるだけではない、人間らしさが描かれたドラマ

−ミュージカル『マリー・キュリー』への出演が決まった時の心境をお聞かせください。
昆「マリー役にお声がけいただいた時の正直な感想は、“なんで私なんだろう?”でした。どんな作品でも観ていると私がやるとしたらこの役かな、この役は違うかな、と役者脳が働いちゃうんですけれど、初演を拝見して『マリー・キュリー』にもし出演するとしたらマリーよりアンヌの方を皆さんはイメージするかなと思っていたんです。視覚的なバランスも含めてそう感じていたので、お話をいただいたことは嬉しかったのですが、なぜマリー役なのかという理由をプロデューサーさんにお聞きして、その答えをいただいた上でしっかり務めさせていただきたいなと思いました」

星風「日本初演での評判は聞いておりましたし、宝塚歌劇団の上級生でいらした愛希れいかさんがマリー役をやられていたので、初めはプレッシャーに感じました。今回はダブルキャストで、もう一人のマリーが昆さんということで、ミュージカル界を引っ張っていらっしゃる中のお一人ですし、宝塚時代なかなか宝塚以外の舞台観劇をさせていただく時間は取れない中で、YouTubeなどでずっと昆さんの映像を観ていたので、とても光栄ですし頑張りたいなという気持ちでいっぱいでした」

−初演を観て、作品についてどう感じられましたか。
昆「女性の人生が描かれた作品は、日本ではまだ指を数えるくらいしかないんじゃないかと思います。女性が科学の研究をするなんて、と思われていた時代に立ち向かっていく姿に私を含めてお客様は心を揺さぶられただろうし、ただの女性が夢を追う物語だけではない、犠牲や別れといった幸せではない部分も描かれているからこそ、マリーの人生の美しさに人は惹かれるんだろうなと思いました」

星風「私は映像で拝見しました。昆さんがおっしゃったように、美化するのではなく、壁にぶち当たったり葛藤があったりと、人間らしさが描かれたドラマであることに心を打たれました。それを素敵な歌に乗せて表現していらっしゃる皆さんの姿に感動したのを覚えています」

−お二人ともコメントでマリーについて「信念」という言葉を使われていましたが、マリーの持っている信念をどのように理解して、これからの稽古に臨みたいと思われていますか。
昆「これからの稽古で理解していくことも多くあるとは思うのですが、マリーはラジウムを見つけ、成功させなければ自分自身の存在を否定されてしまうという思いで研究をしていたと思います。時代背景を思うと、ただ研究を成功させるだけでなく、女性の研究者が存在することを世の中に表現したかったのかなと思いますし、それが彼女の信念になるのかなと感じています」

星風「彼女にとって逆境が多い中で、自分の成し遂げたいことや守りたいもののために突き進むパワーは凄まじいと思いますし、女性として尊敬するところがあります。そういう強いパワーが彼女の信念に繋がるんじゃないかなと思います。また自分一人ではなく、一緒にお芝居をする方によっても変わっていくものですし、それが面白いところだと思うので、皆さんと一緒に世界観を作っていければと思います」

キャストの空気感で生まれるマリーを大切に

−楽しみにしていることや、楽しみにしているシーン・楽曲はありますか。
昆「マリーの楽曲はもの凄く難しい楽曲ばかりです。マリーの人生がどんどんと進んでいって、色々なことが降りかかっていくので、平坦ではない彼女の人生における感情を歌に乗せて歌えると良いですし、そう出来るようにお稽古したいと思っているんですけれど、あまり感情に引きずられすぎて歌をお届けできないといけないですし、そういうミュージカルの一番難しい要素が詰まっている作品だなと思います。一方で歌だけではなく、むしろ芝居要素の方が多い印象もある作品なので、自分の中でも挑戦だなと思います」

星風「昆さんでも難しいと思われる楽曲なんだと聞いてちょっと安心しました。昆さんはパワフルに役の人生を歌われる印象が凄く強いので、実際にお会いしてみると華奢でびっくりしたんです。どこまでお稽古をご一緒できるか分からないですけれど、お稽古場で昆さんのお歌を聞くのが凄く楽しみです。演者の方の歌を聞けるってこんなにありがたいことはないですし、ましてやこんなにミュージカル界を引っ張っていらっしゃり、私がYouTubeで見まくってきた(笑)昆さんの歌を聞けるなんて、単純に凄く楽しみです」

昆「こんなに褒められたのは初めて(笑)」

−チェ・ジョンユンさんが作曲をされている音楽の魅力について、もう少し詳しく教えてください。
昆「1曲で完結する大ナンバーというより、お芝居の流れの中で作られている楽曲という印象があります。マリーの感情の揺れ動き1つ1つが音階になっていて、音階で言うと凄く難しく、音が取りにくいと思うんですけれど、お芝居を通して、感情を理解すると歌いやすくなるのかなと思います。役の感情に近く作曲されている楽曲が多いですし、韓国ミュージカルはキーが高いですね。本作はリプライズも効いていて、夫婦で歌う楽曲が2幕で印象的なシーンになっているなど、散りばめられているなと思いました」

星風「楽曲を聴いただけで勝手に涙が出てしまうような、すっと心に寄り添える楽曲が紡がれてこの作品が出来ているんだなと感じます。昆さんがおっしゃるように感情を音階にしているので難しいけれど、逆にちゃんと譜面に向き合って歌うことが出来たら、自然とその役の感情まで運んでくれるのかなと思うので、芝居心と、正確に譜面と向き合うバランスをどうするのがベストなのかを、勉強できたら嬉しいです」

昆「どうなるか分からないけれど、最初のうちは一緒に稽古できたら良いよね」

風「ぜひそうしたいです!」

−歴史上の人物を演じることについてはいかがでしょうか。
昆「まどかちゃんは歴史上の人物を演じたことってあるよね?」

星風「結構、多い方かもしれないですね。マリー・キュリーは小学生でも絵本や教科書で知るくらい世界的に偉業を成し遂げた科学者で、伝記もいっぱい残っているじゃないですか。でもこの作品はフィクションを織り交ぜた、「ありえたかもしれない」もう一人のマリー・キュリーの物語ということなので新鮮です。ただ伝記や書籍を読んで勉強すれば良いのではなく、歴史上の人物でありながら作品の世界観で生きるというのは新しい扉を開く感じがします」

昆「私は舞台上で歴史上の人物を演じたことがないんです。なので、まどかちゃんのお話が興味深いなと思いました。もちろんマリーの情報を知るという面では伝記や本を読むのも必要な過程だと思うのですが、作品の中で、我々キャストの空気感で生まれるマリーが一番大事だなと思います。もし事前に知った情報とは違った部分があったとしても、舞台で皆さんと作るマリーを第一に演じたいと思います」

「まどかちゃんは愛らしくて気品がある」「心を委ねてもいいと思わせてくれる安心感」

−昆さんと星風さん、お互いの印象について教えてください。
昆「もちろん宝塚の娘役時代から知っていて、可愛らしい愛らしい人なんだろうなと思っていました。こうしてお会いしてみると、もちろん可愛らしい方なのですが、やはり宝塚の方々ならではの気品があるなと感じます。まどかちゃんは親しみやすさを持ちつつ、本来持っていらっしゃる優雅さや気品を感じるので、それがマリーとしても凄く重要な個性になっていくんだろうなと思います。歌声も、ふわっとした声も出るけれども、カーンとした通る強い声を持っているんだなというのが印象的でした。私が持っていないところをたくさん持っている方だなと思いました」

星風「いえ、私は昆さんのような強い歌声に憧れています。これまで映像での俳優の昆夏美さんしか知らなかったのですが、実際にお会いしてみるとこんなにもクリッとした目で見つめてくださって、心を委ねてもいいんだなと思われてくれる安心感を醸し出してくださるので、本来のお姿を拝見できてすごく心が満たされております」

−演出の鈴木裕美さんに期待することを教えてください。
昆「実は10年以上前に裕美さんのワークショップに参加させていただいたことがありまして、それ以降お会いすることがありませんでした。裕美さんの演出を受けられたことのある皆さんのお話を聞いていると、しっかり芯を貫く、厳しさもあるお方と聞いていたので気を引き締めなければと思っていたんですけれど、ピエール役のお二人のお話を聞いているとそこには愛があるんだなと、とても感じました。私たちに熱く教えてくださる裕美さんのエネルギーは、きっとマリーの研究に対して燃やすエネルギーと似ているんじゃないかと思っています。ビシバシ教えていただきたいなと、心から思っています」

星風「皆さんのお話を聞いているとパワーと愛が凄い方だなと思いますし、実際にスチール撮影の時にお役についてお話しさせていただいた時も熱い温度感が伝わってきました。稽古のはじめはいつも緊張しますが、とても楽しみですし、しっかりと心を柔軟にして頑張りたいです」

−共演者の皆さんの印象はいかがですか。
昆「最近は見知った方とご一緒のカンパニーが多かったので、ここまで初めましての方が多いカンパニーは久しぶりです。ピエール役の松下優也さんと、アンヌ役の鈴木瑛美子さんとお会いして、波長が合いそうで良かったなと思いました。この作品は大きな旅路になるので、皆さんと手を取り合って、時には支えてもらいながら、時には自分が引っ張りながらやっていかなければいけませんが、あまり負荷をかけると苦しくなってしまうので、時には稽古場で笑顔や朗らかな空気が大事だと思います。そういう空気感が作れそうな方々だなと思いました」

星風「私もピエール役の葛山信吾さん、アンヌ役の石田ニコルさんにお会いして、優しい方で安心しました。お会いする前日からドキドキしていたんですけれど、お兄さん、お姉さんという感じで、お二人は「マリーを支える役どころ」とおっしゃっていたけれど、私自身としては、しっかり大人なお二人に付いて行って、時には信頼しているからこそ身を委ねて全力でぶつかっていきたいです」

マリーの女性としての強さが共感に繋がる

−様々な作品でご活躍のお二人ですが、様々な役を演じる上で大切にされていることはありますか。
昆「動作から大きくしたり、声から作ったりなどキャラクターの外側から作るよりも、内側から作ったものが表現になっていくように役作りをしたいと思っています。よく「役や歌によって声を変えているんですか?」とご質問いただくのですが、私は変えている意識はなく、明るいキャラクターでテンションが高いとどんどんトーンは上がっていくし、落ち着いた感情で歌うと声も自然とそうなっていくと思うんです。外側から作らないというのは、役作りで大切にしているところです」

星風「どんな人物でも演じるのは自分なので、例え悪役の場合だったとしても、自分が好きになれる、友達になれそうな人にしたいという思いはあります。それで偏りすぎたり、引き寄せすぎたりしてしまってはダメなのですが、役の信念はブレないようにしつつ、私自身が好きになれる部分がないと演じられない気がするので、そこは心がけています」

−役を理解するために最初にやることはありますか?
昆「最初にやると決めているわけではないですが、役の空気感を掴むのは凄く大事だなと思います。例えばマリーのように研究し続けている人であれば、頭の回転も早いだろうし、ゆっくりとした空気感は流れないだろうなとか。役の空気感を見つけることが自分にとって重要なところかなと、今お話ししていて思いました」

星風「架空のお話だとまた変わりますが、時代設定があるものであれば、その時代の映画を見たり、写真を見たりして想像を膨らませることは役立つと思います。役として情景を思い浮かべるときに、その景色が近いのかなと思い出します」

−ミュージカル『マリー・キュリー』はジェンダー後進国の日本において、多くの女性に勇気を与える作品だと思います。
昆「いつの時代も、女性が黙っていることはないというか、女性は本当に強いなと感じます。声をあげても叶わなかった歴史もあるけれど、いつでも女性の尊厳や自立に対して声をあげていた人はいたんだろうなと。きっとマリーだけが特別な女性ではないと思いますし、そういった女性としての強さ、自我が皆さんの共感に繋がると思います」

星風「マリーさんは女性としてかっこいいなと尊敬できる部分がたくさんあります。彼女の強さ、素直さ、突き進んでいくパワーに憧れますし、私もパワーをもらいました。今の日本に生きていらっしゃる女性の方でも、色々な状況の方がいると思いますが、私が響いたように、少しでもパワーになったら良いなと思います」

撮影:山本春花、昆夏美ヘアメイク:TAKUMI INOUE(a-pro.)、昆夏美スタイリスト:下平純子、星風まどかヘアメイク:菊地由美子

−最後に観客に向けてメッセージをお願いします。
昆「初演がとても好評で、回を追うごとに評判が広がっていった作品だというのはもちろん重々承知しています。だからこそ、再演でこれだけメインキャストが変わることはお客様にとって意外だったと思います。でも今回は2パターンのキャストがあると言うことで、より愛していただける作品になるチャンスをもらえたと思っています。楽しんでいただけるよう、我々一生懸命頑張りますので、ぜひ楽しみにしていてください」

星風「お話をいただいた時点から大きな挑戦だと思っているので、千穐楽まで常に挑戦し続ける気持ちを忘れずに臨みたいですし、こんなにも素敵なキャストの皆様に恵まれているので、このチャンスを逃すわけにはいかないと思います。昆さんから出来るだけたくさん吸収したいですし、共演させていただく皆様とも日々化学変化を楽しみながら、務めてまいりたいと思います」

ミュージカル『マリー・キュリー』は2025年10月25日(土)から11月9日(日)まで天王洲 銀河劇場、11月28日(金)から30日(日)まで梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

昆さん、星風さんの柔らかい空気感に包まれて、とっても癒される取材現場でした。『マリー・キュリー』は初演で、気がついたらボロボロと涙が溢れたのを覚えています。新キャストでの再演も楽しみです!!