『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と聞いて、ちょっと不思議なタイトルだなと思った方も多いかもしれません。これは、村上春樹さんが1985年に発表した長編小説です。物語の中に、まったく異なる2つの世界が描かれていて、読み始めるとどんどん引き込まれていきます。
そんな不思議で奥深い「村上ワールド」が、2026年に舞台化されます。映像や音楽、ダンスをふんだんに盛り込んだ表現で、舞台ならではの楽しさがギュッと詰まった作品になりそうです。村上作品が好きな方も、舞台がはじめての方も、想像力を広げて、異世界へ足を踏み入れてみませんか?
世界文学としての村上春樹
いまや世界中にファンを持つ作家、村上春樹さん。『ノルウェイの森』や『1Q84』をはじめとする数々のベストセラーで知られ、ノーベル文学賞の有力候補としても名前が挙がる、日本を代表する小説家です。海外での評価も高く、彼の小説は50以上の言語に翻訳され、多くの読者に読み継がれています。
村上作品の魅力といえば、どこか現実離れした世界観と、静かな孤独を抱える登場人物たち、そしてジャズやクラシックが織り交ぜられた軽やかな文体ではないでしょうか。そこから発される独特なユーモアに、現実と非現実のあいだをふわりと行き来するような感覚で、物語に引き込まれてしまいます。
そんな中でも『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)は、とりわけ異色の作品です。「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という2つの物語が交互に語られる構成になっていて、SF的かつ哲学的なテーマが色濃く漂っています。
周囲が高い壁に囲まれた世界と、情報社会を舞台にしたディストピア的な世界。まったく異なる2つの世界が次第につながっていく構造は、初期作品としては実験的で野心的な挑戦といえます。
他の村上作品と比べても、「自我とは何か」「意識とはどこから来て、どこへ向かうのか」といった、より深い内面や精神世界をテーマにしている点が特徴です。それでいて村上春樹らしいリズムやユーモアも忘れられていないのが、この作品の面白さだと感じます。
日常と非日常、現実と夢、理性と無意識。そのあわいで揺らめく『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、世界文学としての村上春樹の代表作といえるでしょう。そしてその魅力が、今回の舞台でどんな形で立ち上がってくるのか、期待が高まります!
交錯する2つの物語ーー「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」
この物語の最大の特徴は、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という世界が同時進行で描かれることです。それぞれに「僕/私」と呼ばれる語り手が登場し、読者は2つの視点を行き来しながら、物語の深層に迫っていくことになります。それらの物語が織りなす、思いもよらない結末とは?
「世界の終り」
周囲が高い壁に囲まれた街に“僕”はやって来た。街の人々は一見平穏な日々を過ごしている。僕は街に入る際に影を切り離され、いずれ“影”が死ぬと同時に心を失うと知らされる。僕は古い図書館で美しい少女に助けられながら一角獣の頭骨に収められた夢を読む仕事を与えられていたが、“影”から街の地図を作成するよう頼まれる。影は街から脱出する方法を模索していたのだ。僕は地図を完成させるために、図書館の彼女や大佐、発電所の青年から話を聞き、街の正体を探るのだった。
「ハードボイルド・ワンダーランド」
“組織”に雇われる計算士である“私”は、依頼された情報を暗号化する「シャフリング」という技術を使いこなす。ある日私は謎の博士に呼び出され、博士の孫娘の案内で地下にある彼の秘密の研究所に向かい、「シャフリング」を依頼される。博士に渡された贈り物を開けると、そこには一角獣の頭骨が入っていた。私は頭骨のことを調べに行った図書館で、心魅かれる女性司書と出会う。だが博士は研究のために、私の意識の核に思考回路を埋め込んでいた。世界が終るまでの残された時間が迫るなか、私は地下世界から脱出し、どこへ向かうのか。
はじめは無関係に見える世界が、やがて深いレベルでつながっていく展開に、きっと誰もが引き込まれるはずです。物語を追ううちに、私たちは「心とは何か」「世界とはどこにあるのか」という根源的な問いに、そっと触れることになります。そして辿り着く最後に、観客の心は強く揺さぶられるでしょう。
唯一無二の村上ワールドへ
「どうやって舞台化するの……?」と思わずにはいられない複雑な構成、幻想と現実の入り混じる独特の世界観、そして深く静かな精神の旅。まさに「村上ワールド」と呼ぶにふさわしい本作が、新たな形で輝きを放ちます。
主演を務めるのは、日本屈指の実力派俳優・藤原竜也さん。15歳で蜷川幸雄さんに見出され、『身毒丸』で鮮烈な舞台デビューを飾った藤原さんは、以来、数々の名作で観客を圧倒してきました。今回、彼が村上作品に初めて挑むということで、いったいどんな「僕/私」を見せてくれるのか。その一挙手一投足に注目です。
そして、この挑戦的な物語の演出・振付を手がけるのは、フランスを代表する世界的アーティスト、フィリップ・ドゥクフレさん。1992年のアルベールビル冬季五輪の開・閉会式を演出し、世界にその名を知らしめた彼は、サーカス、ダンス、映像トリックを融合させた唯一無二のスタイルで知られています。シルク・ドゥ・ソレイユやディオール、エルメスなど多岐にわたるジャンルでの活動も話題を集めてきました。
無意識の選択に翻弄される主人公。心と世界の輪郭が揺らぐ2つの物語。そこにフィジカルな演出と言葉の力が重なりあったとき、観客はきっと、これまでにない感覚の旅へと誘われることになるでしょう。
世界的な才能と出会い、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が舞台上に創り出されるのか。唯一無二の表現で描き出される、唯一無二の物語。あなただけの「村上体験」を、ぜひ劇場でお楽しみください。
舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、東京芸術劇場プレイハウスにて2026年1月に開幕します。また、宮城・愛知・兵庫・福岡でのツアー公演も予定されています。詳しい情報は公式サイトをご覧ください。

海外で最も読まれている村上作品のひとつ『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。そんな名作の世界に舞台という新たな形で飛び込めるなんて、これ以上ラッキーなチャンスはありません!少しでも気になったなら迷わず劇場へ。難しそうと思っている方にも、きっと思いがけない出会いが待っていますよ。