2026年9月、新国立劇場の新たな演劇芸術監督に就任した上村聡史さん。そのシーズンオープニング作品として選ばれたのが、20世紀ロシア文学の傑作、ミハイル・ブルガーコフによる『巨匠とマルガリータ』です。主演の成河さん、ヒロインの花乃まりあさんをはじめとする豪華キャストで、2026年11月、新国立劇場・中劇場にて上演されます。

20世紀ロシア文学の傑作を、成河・花乃まりあら豪華キャストで

『巨匠とマルガリータ』は、1928年〜40年にかけて、ミハイル・ブルガーコフ(1891-1940)によって書かれた小説です。本作は英国ナショナル・シアター等で活躍したエドワード・ケンプさんによって翻案された戯曲版を採用しており、主人公である「巨匠」が小説家から劇作家に変更されています。

ブルガーコフは20世紀のロシアを代表する作家で、『巨匠とマルガリータ』は映画、テレビドラマ、舞台にもなりました。

1930年代のモスクワを舞台に、劇作家である「巨匠」と、彼が愛した女性「マルガリータ」の愛の行方が描かれる本作。出演者には、豪華俳優陣の名前が並んでいます。

主人公「巨匠」を演じるのは、演劇、ミュージカルと幅広い分野で活躍する成河さん。
2026年だけでも、セルヒオ・ブランコ作『ナルキッソスの怒り』やシェイクスピアの『ハムレット』など骨太な演劇作品の主演を務めています。

KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト『冒険者たち』『帰ってきた冒険者たち』では「神奈川県」というシュールな役を演じ、9月に上演されるミュージカル『ニコラ・テスラ~エジソンが恐れた孤高の天才~』にも出演が決まっています。日本を代表する舞台俳優のひとりである成河さんが、本作でどのような演技を見せるのか、非常に楽しみです。

そして、ヒロインであるマルガリータを演じるのは、元宝塚歌劇団花組トップ娘役の花乃まりあさんです。2017年に退団後は、舞台『二十日鼠と人間』(2018年)や『フランケンシュタイン』(2025年)など多くの作品に出演されています。

2026年は『ロマンティックス・アノニマス』『レッド・ブック~私は私を語るひと~』『愛の不時着』など、立て続けに舞台出演されている花乃さん。『巨匠とマルガリータ』では、「巨匠」への絶対的な愛を体現し続ける難役に挑みます。

そのほか、松島庄汰さん、菅原永二さん、明星真由美さん、小松利昌さん、富山えり子さん、内田健介さん、山本圭祐さん、山森大輔さん、柴一平さん、釆澤靖起さん、近藤隼さん、猪俣三四郎さん、篠原初実さん、笹原翔太さん、大鷹明良さん、そして篠井英介さんと、実力派がずらりと顔を揃えています。

<STORY>
舞台は1930年代のモスクワ。文学界は官僚主義と検閲にがんじがらめ。
そんな中、劇作家である、通称「巨匠」は、キリストの処刑を決めたローマ総督・ピラトを題材にした野心的な作品を書き上げる。
しかし、その作品は体制に受け入れられず、激しい批判にさらされ、絶望の淵に突き落とされた結果、彼は自分の原稿を焼き払い、精神病院へと姿を消してしまう。

一方、巨匠には愛する女性、マルガリータがいた。
彼女は美しく聡明で、巨匠の才能を誰よりも信じていた。
巨匠がいなくなり、絶望的な日々を送るマルガリータの前に、突如として奇妙な外国人ヴォランドとその取り巻きたちが現れる。

ヴォランドはモスクワの街で様々な騒動を引き起こしながら、市民たちの本性を試そうとしていた。
マルガリータは、唯一の願い”愛する巨匠と再び会うこと”を叶えてもらうためにヴォランドの取引に応じる。

ヴォランドの目的、巨匠の運命、そしてマルガリータの愛の行方は一体どうなるのか?
モスクワの日常と幻想的な世界が交錯する中で、人間の善と悪、愛と信仰、そして芸術の真価を深く問いかける壮大な物語。

「原稿は燃えない」。『巨匠とマルガリータ』を貫く、創造の力

2024年、上村さんは新国立劇場にて、同じくブルガーコフの『白衛軍 The White Guard』を上演しました。

この作品はウクライナを舞台にしたブルガーコフの自伝的小説で、本作を元に彼が『トゥルビン家の日々』として戯曲化したものです。上村さんはアンドリュー・アプトンさんによってリライトされた英語台本を採用し、小田島創志さんが日本語に翻訳しました。

「白衛軍」とは、1917年のロシア革命とそれに続く内戦において、ソヴィエト政権と戦った旧ロシア帝国軍のこと。ブルガーコフ自身も、軍医として白衛軍に従軍した経験があります。ロシアによるウクライナ侵攻が続く現代において、この作品が日本で上演されたことは、リアルタイムで起きている戦争について深い問いを残したことでしょう。

そんな『白衛軍 The White Guard』から2年の時を経て、今度は「原稿は燃えない」という強いメッセージを孕んだ『巨匠とマルガリータ』を上演する上村さん。

このメッセージこそが、作者であるブルガーコフの生き方そのものを表しているのでは、と筆者は感じています。

ブルガーコフは、1926年に『トゥルビン家の日々』をモスクワ芸術座で上演しました。当時は「第2の『かもめ』(※アントン・チェーホフによる名劇)」と言われるほど人気を博しましたが、次第に批判を浴びるように。これは、ソヴィエト連邦の敵軍を同情的に書いていたことが理由でした。

やがて1929年には、ソヴィエト政府の弾圧を受け、ブルガーコフの書いたすべての戯曲が上演禁止となってしまいました。その後1932年に『トゥルビン家の日々』が再演された際には、独裁者スターリンの意向が反映されていたといいます。


『巨匠とマルガリータ』が執筆されたのは、まさにブルガーコフが苦境に追いやられていた時期でした。ブルガーコフは死の1ヶ月前まで推敲を続け、死後26年が経ってからやっとこの作品が世界に認められました。

創造とは何か、信念とは何か。そこにある真の価値とは何か。
ぜひ劇場へ足を運び、目撃してほしい作品です。

『巨匠とマルガリータ』は、2026年11月7日(土)から11月23日(月・祝)まで、新国立劇場・中劇場で上演されます。公式HPはこちら

糸崎 舞

「原稿は燃えない」。このフレーズに強く惹かれました。 舞台は終わってしまっても、観劇して考えたことや感じた気持ちは残っている。その感覚に似ている気がします。