ミュージカル界の巨匠スティーブン・ソンドハイムが作曲し、1976年にブロードウェイで初演された『太平洋序曲』。江戸時代末期から明治時代へと移り変わっていく日本の様子が描かれています。

今回はゲネプロ(狂言回し:山本耕史さん、香山弥左衛門:海宝直人さん、ジョン万次郎:ウエンツ瑛士さん)の様子と、海宝直人さん、廣瀬友祐さん、ウエンツ瑛士さん、立石俊樹さん、脚本のジョン・ワイドマンさんが出席した取材会の様子をお届けします。(あらすじなど、詳しくはこちらの記事へ)

「この作品が日本で上演されることは、とても特別」

2023年版『太平洋序曲』では、狂言回し役に、山本耕史さん、松下優也さん。香山弥左衛門役に、海宝直人さん、廣瀬友祐さん。ジョン万次郎役にウエンツ瑛士さんと立石俊樹さんのWキャストで挑みます。

3月7日(火)のゲネプロは、狂言回しを山本耕史さん、香山弥左衛門を海宝直人さん、ジョン万次郎をウエンツ瑛士さんで行われました。

写真:山本春花

また、取材会には、海宝直人さん、廣瀬友祐さん、ウエンツ瑛士さん、立石俊樹さん、脚本のジョン・ワイドマンさんが出席しました。

ジョン・ワイドマンさんは、本公演の開幕を見届けるために来日したとのこと。前日に舞台稽古をしている様子を少しだけ見たというワイドマンさんは、「全てが一流で素晴らしかったという印象を受けました」と絶賛。

本作の作曲を務めたスティーブン・ソンドハイムさんとは3作品一緒に作っているワイドマンさん。

「それぞれの作品が、さまざまな国・状況下で上演されていますが、この作品が日本で上演されることは、とても特別だと思っています」と語りました。

また、偉大な友人でありコラボレーターであったソンドハイムさんについて、「ここに一緒に居られないことを唯一残念に思う。彼も来ていたら、とても喜んでいたと思います」と話しました。

ウエンツさんは、脚本を読んだ時に、「日本人以上に日本に詳しいくらいに、幕末から明治時代にかけての時代のことを忠実に再現した上で、史実とは異なることも織り交ぜながら、エンターテイメントにしている。情熱や、日本をリスペクトしてくれている気持ちを感じた」と言います。

それもそのはず、ワイドマンさんは、ハーバード大学の4年間、東アジアの歴史を専攻していたんだそう!中でも日本の歴史を学び、「ペリーの日本遠征」をドラマ化したいと願っていたことが本作誕生のきっかけになったとのことです。

そして、皆さんが気になっているであろう、今回は“一幕もの”であるということ。今回上演となるマシュー・ホワイトさんによる新演出版、そして2017年に上演したジョン・ドイルさん演出版は、上演内容を時代や社会背景の変化から内容に考慮を重ね、再編成された一幕ものとなっています。

ワイドマンさんはこのことについてこのようにコメントされました。

「スティーブンと私と、(2017年の)演出のジョン・ドイルとで、改めてじっくりと見返していく中で、この作品やストーリーにとって、必要なものを抽出して、エッセンシャルでないものを取り除いていきました。そうすることで、観客がより本作のピュアな核心に触れられるようにするためです。なので、香山と万次郎の物語にフォーカスさせて、彼らと共に前に進めていくようにするため、「Chrysanthemum Tea」の1曲だけカットしました」

写真:山本春花

2023年新演出版の舞台セットは、シンプルで、木目調のデザインなどから日本らしい「和」の要素を感じさせます。シンプルながらも「いつの間に!」と驚くような仕掛けや、余白の美しさを感じる演出に息を呑む瞬間が何度もありました。

写真:山本春花

「スティーブンの意図をこんなにもしっかりと理解して歌ってくれていることをとても嬉しく思う」

香山弥左衛門というキャラクターに関して海宝直人さんは「日本が歩んできた、開国までの動乱の時代を、まさに象徴している人物と感じている」と話します。演出のマシューさんからも「香山というキャラクターは、とてもニュートラルで、周りのキャラクターが立っている中、いち人間として描かれている」という話があったのだそう。

海宝さんとWキャストを務める廣瀬友祐さん、2人とも「観客が感情移入できるキャラクター」ということを大切に役作りされたそうです。

ウエンツさん 立石さん演じるジョン万次郎は、史実に基づいて描かれている部分と、フィクションで描かれている部分があり、「そのバランスがとても難しかった」のだとか。

幕末の鎖国していた日本においては、国外に出ること、そして国外から帰ってくることのどちらもが、死罪になってしまう状況。そのような状況下で、船に流され、アメリカ人に助けられ米国に渡り、そして日本に帰国したジョン万次郎の存在が、恐れられていた存在なのか、それとも日本色が色濃く残っていたのか…。

ウエンツさんは、「ジョン万次郎のどの側面をピックアップするのかすごく難しかった」と稽古場で何パターンも試し、悩みながら、自分なりの結論を出したことを教えてくれました。

立石さんは、「謙虚なところ、エネルギッシュなところ、人懐っこいところなどを全面に出せるように心がけて作ってきました」と、ウエンツさんとはまた異なる魅力を持ったキャラクターであることがコメントから感じ取れました。

写真:山本春花

そして、なんと言っても特筆すべきはミュージカル界の巨匠ソンドハイムによる楽曲の素晴らしさ。

日本が鎖国している間は、笛や太鼓、三味線など使われている楽器やメロディーから日本らしさを感じます。そして開国すると、ペリーが歩いてくると行進曲のようなメロディーになったり、「Please Hello」 では、アメリカ、イギリス、オランダ、ロシア、イギリスと各国の提督が現れるごとに曲調が変わったりと遊び心を感じます。

「A Bowler Hat」では、段々と西洋文化に傾倒していく香山と、反対に武士道に目覚めて侍へと変化していくジョン万次郎の対比が演出により皮肉的に描かれていたのが印象的でした。

写真:山本春花

アメリカ人海兵3人が、日本人の少女を誘って歌う「Pretty Lady」では優しいメロディによって、シーンの暴力性が上がっており、現代にも通じる性暴力の問題を想起させられました。

取材会では、それぞれに好きな曲を聞かれると、廣瀬さんは悩みながらも、「冒頭の「The Advantages of Floating in the Middle of the Sea」は1853年の日本という物語の世界に入り込む最初の楽曲なので好きです」と答えました。

立石さんは、香山と香山の妻・たまて(綿引さやかさん)が歌う「There is no other way」が、「涙ぐみながら稽古場で見ていたくらい、好きな楽曲」と話します。浦賀奉行に配属となり、覚悟を決めていくしかない香山と、それを見守るたまての、二人が引き裂かれていく様子が描かれる切なくも美しい楽曲です。
たまての「必ずお帰りを」「他に道が」という歌詞に胸を打たれます。笛の音色や、楽器の音かずが少ないことで切なさが増しており、ソンドハイムの作曲の巧みさに感服してしまいます。

写真:山本春花

海宝さんが挙げた楽曲は、「Four Black Dragons」。
黒船の来航で江戸が大騒ぎになる混乱を描いた楽曲で、黒船が黒い竜に喩えられて歌われます。
「黒船を見たぞ!」という興奮や畏怖が市民たちの視点で描かれており、スペクタクルな楽曲です。漁師役の染谷洸太さんの力強い歌い出しに心を掴まれました。

写真:山本春花

ウエンツさんとワイドマンさんが選んだのは「Poems」。
ジョン万次郎と香山が歌う楽曲で、2人が俳句を読む様子が歌になっています。三味線の音から始まり日本の要素を多く感じますが、どこか西洋の感じもする不思議さがあります。

写真:山本春花

ウエンツさんは「俳句を詠む時の音のつながりや綺麗さに楽曲がのって、更に、英語で書かれたものをまた日本語の俳句として戻している」と楽曲の仕掛けとしての面白さについて話してくれました。

ワイドマンさんは、「ジョン万次郎と香山が、2人で旅をするのがなかなか難しい状況から始まり、歌いながら旅をしていくことで、最後には2人組に行き着くというところを美しく描いている曲だと思います」と話しました。

「俳優の皆さんがスティーブンの意図をこんなにもしっかりと理解して歌ってくれていることをとても嬉しく思っています」というワイドマンさん。ソンドハイムさん自身が気に入っていた楽曲は「Someone In a Tree」だったそう。

ワイドマンさんはこの楽曲を「彼の頭の中にある頭脳的な問題と感情的な問題のパズルを解いていくような楽曲」と表現していました。日米の歴史的な階段が海辺の小屋で行われた様子を「外から見ていた」人々の視点から描いている楽曲です。

写真:山本春花

「歴史について詳しくないし、難しそう…」と身構えての観劇で、実際に狂言回しのセリフは難しいところもありますが、楽曲とストーリーに身を委ねると自然と物語に入り込めるのが『太平洋序曲』の凄いところ。ぜひ、気負わずに劇場に足を運んでみてください。

ミュージカル『太平洋序曲』は、3月8日(水)〜29日(水)東京・日生劇場にて上演、4月8日(土)〜4月16日(日)大阪・梅田芸術劇場メインホールにて上演を予定です。詳しくは公式サイトをご確認ください。

ミワ

なんと今回オフィシャルグッズとして販売されるTシャツとクリアファイルは廣瀬さんがデザインしたものなんだそう。「デザイナーとしての仕事をしてみたい」という廣瀬さんのためにも、ぜひグッズをゲットしてください!