1897年にパリ初演、世界中で愛される戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』。日本でも文学座、劇団四季、宝塚などで上演されてきた名作です。今回はこの戯曲をもとにした、2022年公開のミュージカル映画『シラノ』をご紹介します。
壮大なスケール、美しい衣装、息づかいまで細やかに魅せる演出
大きな鼻がコンプレックスである詩人であり軍人のシラノが、心を寄せる相手ロクサーヌが恋した口下手な美青年クリスチャンとの仲を取り持つため、クリスチャンの手紙を代筆するという儚い恋の物語『シラノ・ド・ベルジュラック』。
4月まで加藤シゲアキ主演で上演されていた舞台「エドモン~『シラノ・ド・ベルジュラック』を書いた男~」でも描かれていた詩人で劇作家のエドモン・ロスタンの傑作です。
本映画『シラノ』は、エリカ・シュミット翻訳・演出のオフ・ブロードウェイ・ミュージカルを、『アンナ・カレーニナ』『PAN ネバーランド、夢のはじまり』などで知られるジョー・ライト監督によって再構築したもの。
シラノの見た目へのコンプレックスを大きな鼻から小柄であることへと変え、身長132センチの役者ピーター・ディンクレイジさんが、コンプレックスを抱えながらも純愛を貫くシラノを熱演しています。
イタリア・シチリア島で撮影されたという壮大なスケールの映像と、第94回アカデミー賞で衣装デザイン賞にノミネートされた洗練さとノスタルジックさの漂う衣装、『テ ヅカ TeZukA』『プルートゥ PLUTO』で知られるシディ・ラルビ・シェルカウイさんの独特な振付により、ファンタジックで美しい世界観を表現。
さらに撮影中に演じながら歌うライヴレコーディングによって、登場人物たちの心の機微がそのまま音楽に乗り、息づかいまで細やかに伝わる作品に仕上がっています。
演劇ファンの心を擽る至高の“バルコニーシーン”
恋の鍵を握る手紙をインクの滲みや紙の擦れる音で生々しく、ロクサーヌが恋に落ちていく様子を官能的かつロマンティックに…と数々の美しいシーンで綴られる『シラノ』。
様々な名シーンの中でも演劇ファンとして触れずにはいられないのは、ロクサーヌ、クリスチャン、そして陰でクリスチャンの言葉を紡ぐシラノによるバルコニーシーンです。言わずと知れた『ロミオとジュリエット』の名シーンを彷彿とさせながらも、本作特有の“三角関係”を見事に表現した、美しくも儚いシーンとなっています。
正体を明かさない中で、手紙に綴られた言葉で惹かれ合うロクサーヌとシラノ。離れた場所にいる相手にも簡単に言葉が届けられる今だからこそ、2人が言葉に込めた愛の尊さが強く心に突き刺さります。
また人々の偏見と闘い、巧みな言葉で存在感を放つシラノの中に秘められた孤独と、愛するロクサーヌを想うからこそ打ち明けられないどころか、ロクサーヌが惹かれた恋敵のために自分の文才を差し出してしまうその姿には、哀しみと純粋さを感じます。
切なくも美しく、心震えるミュージカル映画『シラノ』は、プライムビデオ、U-NEXT等で視聴が可能です。
手紙で愛を伝える、ということは減った現代ですが、オンラインで言葉を伝えることも多い時代、目の前にいない相手を想って言葉を綴るという行為は共通しているのかもしれません。