5月9日(木)から日生劇場で開幕するミュージカル『この世界の片隅に』。舞台化が発表されたとき、「あの映画/漫画がミュージカルになるんだ!」とピンときた方も多いことでしょう。開幕前に原作漫画やアニメ映画、ドラマで作品の世界観やあらすじを知り、ミュージカルの予習をしてはいかがでしょうか?

何度も読み返したくなる原作漫画

漫画『この世界の片隅に』は、2007年から2009年まで双葉社の漫画アクションで連載されていました。2009年に第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しています。

太平洋戦争真っ只中の1943年。
おっとりしていて絵を描くことが大好きな浦野すずは、18歳の時に4歳年上の北条周作と結婚し、広島市から呉市の北条家へ嫁いできます。

優しい周作と義理の両親、すずと性格が正反対な義理の姉の黒村径子、姪っ子の黒村晴美と共に、つつましくも楽しく暮らすすず。

その生活の中には、着物をモンペにリメイクしたり配給の食材に野草を加えて食事を作ったり、限られた資源を上手くやりくりする当時の人々の生活の様子がうかがえます。

本作を描いたのは、舞台化された漫画『夕凪の街 桜の国』の作者としても知られるこうの史代さん。『この世界の片隅に』はフィクションですが当時の人々の衣食住が史実に基づいて丁寧に再現され、すずが暮らす北条家は広島市出身のこうのさんの親戚の家をモデルとしています。

人々の普段の暮らしと、すずの日常に空想が入り混じった絵がほのぼのと描かれ、何度読んでも味わい深い作品。

すずが艶紅を薬指に付けて絵を描くシーンは実際に口紅で描かれていたり、空襲中に突如現れた不思議な鷺を描くのにペンではなく鉛筆を使っていたり、細やかな表現も読み返したくなる要因の一つです。

単行本はオリジナル版が上・中・下の3冊と、新装版が前編・後編の2冊。すずの少女時代をテーマにした短編の『冬の記録』、『大潮の頃』、『波のうさぎ』が、本編の前に収録されています。

クラウドファンディングから始まったアニメ映画

『この世界の片隅に』を一躍有名にしたのが、2016年に公開されたアニメーション映画。監督の片渕須直さんが本作のアニメ映画化を熱望し、スタートアップ資金がクラウドファンディングによって集められました。

3,374人の支援者から約4,000万円の支援金が送られ、それによって宣伝用パイロットフィルムの制作が叶い、映画化が実現したのです。

映画は大ヒットし、2026年から2019年にかけて1133日連続で上映され、累計210万人の観客を動員しました。第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション賞、第21回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞、第41回アヌシー国際アニメーション映画長編部門審査員賞などに輝き、日本のみならず世界中で上演されています。

主人公のすずの声を演じたのは、『あまちゃん』でお茶の間に愛されるのんさん。片渕監督のオファーによって起用され、ちょっと抜けていてときには芯もある声、柔らかな広島弁がすずさんにぴったりだと評判です。

ザ・フォーク・クルセダーズの名曲をカバーした主題歌「悲しくてやりきれない」や「みぎてのうた」など、シンガーソングライターのコトリンゴさんが手掛けた劇中音楽も、優しく包み込むような歌声が物語の世界へ没入させます。(映画『この世界の片隅に』はこちら

2019年には、新たなシーンを追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開されました。ミュージカル版でも主要人物の一人になっている呉の遊女白木リンとすずの交流、周作とリンの関係、すずたち主婦の目線に加え男性から見た戦時下などが描かれ、当時さらにいいくつもの人生があったことをより深く感じられます。(映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』はこちら

すずさんたちのその後に想像が膨らむドラマ

ドラマ作品としては、アニメ映画の公開よりも前の2011年に日本テレビ系列にて『終戦記念スペシャルドラマ この世界の片隅に』が放送され、北川景子さんがすずを演じました。

このときは1話限りのスペシャルドラマでしたが、2018年にTBS系列の日曜劇場の枠で連続ドラマ化されています。すず役は松本穂香さん、周作役は松坂桃李さん。すずと三角関係となるリン役は二階堂ふみさんが演じ、原作と比べてすずより年上の大人の女性の色気が漂います。

北条家のセットは、呉市に実在する古民家を東京のスタジオに移して使用したそう。世界観は原作に合わせつつもストーリーにはドラマのオリジナル要素が散りばめられており、大きく変わるのは2018年を舞台にした現代のパートが入る点です。

こちらのドラマのすずさんは、2018年も存命で熱心な広島カープファンとなっています。原作では詳しく語られていない登場人物たちのその後が想像できることでしょう。

TBSドラマ版の音楽は久石譲さんが担当しており、日本の風景を彷彿とさせる劇伴がどこか懐かしく、松本さんが歌う劇中歌「山の向こうへ」はメロディーが印象的で耳に残ります。

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さきこ

映画版はコトリンゴさん、TBSドラマ版は久石譲さん、そしてミュージカル版はアンジェラアキさん。作曲家が異なり、すずの物語がそれぞれどのような音楽で紡がれるのかにもぜひご注目ください。映画のサントラやアンジェラ・アキさんの「この世界のあちこちに」といった関連音楽を聴きながら原作漫画を読んで、ミュージカルの予習をするのも良いですね。