トニー賞ではミュージカル作品賞をはじめとする10部門を獲得、日本でも菊田一夫演劇大賞や読売演劇賞選考委員特別賞などを受賞したミュージカル『ビリー・エリオット』。2024年の再演では、ビリーの兄トニー役として西川大貴さんが出演します。『ミス・サイゴン』をはじめとする数々のミュージカルに出演しながら、自身も脚本・演出を手掛け、クリエイターとしても活躍する西川さん。元々大ファンだという『ビリー・エリオット』の魅力を語っていただきました。

まさか自分が関われる日が来るとは

−西川大貴さんは、ブロードウェイでミュージカル『ビリー・エリオット』を観劇されたことがあるそうですね。
「2010年頃だったと思います。ブロードウェイで様々な作品を観劇した中でも本当に衝撃的で、初めてブロードウェイでのスタンディングオベーションに率先して参加したのが『ビリー・エリオット』でした」

−どういった部分が衝撃でしたか?
「印象に残っているのはアングリーダンスかな。ミュージカルで使われるタップダンスは群舞で踊る時に使われることが多いけれど、怒りの感情を地面にぶつけていく、感情の吐露としてタップダンスを使っているのが衝撃的でした。英語で言葉が分からなくてもこんなに伝わるんだ、響くんだというのも感じました」

−日本公演も初演・再演時ともにご覧になっています。
「日本語だと作品のディテールも理解できるし、やっぱり良い作品だなと思いました。2020年の再演では、コロナ禍で公演中止を乗り越えての上演で、公演を再開する先陣を切った作品の1つでしたよね。
演劇はまだやれる、やるぞという熱気に満ち溢れていて、もの凄い拍手だったんです。ビリーや子どもたちの表現もコロナ禍での色々な想いが反映されているように見えて…あれは一生忘れられない体験です」

−ご自身の出演が決まっていかがですか。
「まさか、この作品に自分が関われる日が来るとは。トニーは炭鉱夫なのもあって、もっと体の大きいガタイの良い人がやる役というイメージがあって、僕がやるというのは意外でした。オーディションでやれることは全部やりましたが、あとはお任せします、よろしければ使ってくださいという気持ちで。だから出演が決まって嬉しかったです」

−台本を読んでみて、ミュージカル『ビリー・エリオット』の魅力はどういったところにあると感じられましたか。
「音楽、お芝居、ダンスの融合の巧みさだと思います。普通、どんなにみんなに好かれるヒロインだとしても、4曲も5曲もソロがあったら飽きるものだと思うんです。でも『ビリー・エリオット』では何度もバレエやダンスのナンバーがあるのに一切飽きない。見せ方や音楽との絡ませ方が違うことで惹きつけ続けるのは、演出や構成の巧みさがあるからだと思います」

−『ビリー・エリオット』ではビリーのバレエへの挑戦だけでなく、炭鉱町でのストライキが大きな物語の軸となっていますね。
「強くお伝えしたいのは、”子どもミュージカル”ではないということですね。子どもミュージカルには子どもミュージカルの良さがありますが、子どもたちがたくさん出ているからと言って、子どもたちだけに刺さる作品ではない。『ビリー・エリオット』はむしろ大人たちが見るべき作品だと思います。大人たちの葛藤が描かれていて、それをビリーも見ていて、全部がクロスしていくというのも特徴ですよね」

−『ビリー・エリオット』の中でも特に好きなシーンは?
「おばあちゃんが“二度と誰かの嫁になるのはごめんだ”と軽やかに歌うシーンがあるのですが、最後にビリーがおばあちゃんの手にキスするんです。歌の中では哀愁もありながら、でもビリーは、おばあちゃんが”嫁”になったから生まれてきたわけで。色んな思いがこのキス1つで感じられるのがグッときますね」

『アニー』での子役経験が自分のベースに

−トニーは炭鉱ストライキの先頭に立つリーダー的な存在ですが、描かれていないことも多いキャラクターです。どのような人物だとイメージされていますか?
「トニーもボクシング習っていたんだろうな、とかは考えますね。ただ稽古前の今は、どう演じようとか固めない方が良いだろうなと思っています。歌の資料はもらったのですが、事前に歌稽古しないでくださいという注意書きがあって。まっさらな状態で臨むことを求められているのかなと捉えています」

−トニーは、ある種時代に取り残されていく存在でもあるように思います。西川さんご自身とは離れたキャラクター像にも見えますが、どのように役作りをされますか。
「お客様から見て近いと思うキャラクターは意外に演じる上で近くないことがあって、逆に距離があるように見えている役の方が自分に近いように感じるんです。だから、トニーもあまり遠く感じていなくて。自分との共通項が見えるのでグッと近づけそうな感覚はあるのですが、今はまだ自分の得意なところに役を引っ張っていきすぎないようにしています。ただどの役をやるにしても、台本の中で、自分が理解できることを見つけていくという作業はしていますね」

−事前には固めないように気をつけられているのですね。
「台本を読んでこういう風に演じたい、と1人で思うことは邪魔にしかならないと最近感じていて。相手がいての芝居ですし、ましてや今回は子どもたち相手なので、お芝居なのかリアルなのか、境目が曖昧なところでぶつかってくると思うので。稽古を重ねるうちに勝手に構築されていく気がするので、比較的まっさらでいたいなと思っています。ボクシングやっていたのかな、とか妄想はたくさんしておくけれど、こういう風に演じようとは思わないようにしています」

−ビリー役の4名の印象はいかがですか?
「2月の製作発表と今回の(4月の)日比谷フェスティバルでビリーのパフォーマンスを観ましたが、どんどんスキルアップしているのを感じるし、公演中も変わっていくんでしょうね。僕が同じくらいの年齢の時を思い返すと、調子に乗り出したり、気分が乗らなかったりすることもあるかもしれない。そういう日々の変化もひっくるめて、決めつけないで交流できたらと思いますね」

−西川さんご自身も『アニー』で11歳の時にミュージカルデビューをされています。
「そうですね。『ビリー・エリオット』でビリーとして過ごす数ヶ月は彼らの人生に大きな影響を与えるだろうし、価値観の軸になっていく気がします。僕自身、『アニー』での経験は自分のベースになっていると思うし、そこでワクワクすることより嫌なことの方が多かったら、続けていなかったかもしれない。『アニー』では、『アニー』に出演するという夢を叶えたので俳優は続けなかった子もいたし、それでも良いと思うんです。そういった様々な選択肢があるという意味でも、やはりこの作品は彼らの価値観を決める一歩になるだろうなと思います」

−西川さんはクリエイターとしてもご活躍で、直近ではソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界なら』の公演も開催されました。俳優としての感じ方に変化はありますか?
「先日の公演ではシンガーやミュージカル、ストレートプレイなど様々なジャンルで活躍されている方に出演していただきました。そこで改めて感じたのは、取り繕わない人は魅力的だなということ。舞台に立つことは怖いことでもありますし、よく見られようと取り繕ってしまうものですが、生身でさらけ出してポンと舞台にいられる人が素敵だなと、クリエイターとして前から見ているからこそ感じたので、俳優としてそうあらねばと強く思いました」

−様々なジャンルの方に出演いただくというのは意識されているのでしょうか。
「そうですね。ミュージカルは音楽とお芝居の融合というところが大きいと思いますが、その融合の仕方はもっと色々あるような気がしていて。特に『雨が止まない世界なら』はそういうことが出来る作品だと思っていますし、僕がそこでアーティストの方々と出会って気づいたことが『ビリー・エリオット』に出演するときに生かされていく、ミュージカルに還元されていくものだなとも思います」

撮影:鈴木文彦

−最後に、改めてミュージカル『ビリー・エリオット』の見どころを教えてください。
「バレエのお話なので、ダンスミュージカルだと思っている方もいるかもしれませんが、歌・ダンス・芝居、全てが一級品で、バランスが本当に素晴らしい作品だと思います。こんなにも、どの世代のどんな人にもおすすめできるミュージカルは他にない。そのくらい、全世代の方に観ていただきたい作品です」

ミュージカル『ビリー・エリオット』は7月27日(土)から10月26日(土)まで東京建物Brillia HALLにて東京公演、11月9日(土)から11月24日(日)までSkyシアターMBSにて大阪公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

ミュージカル『ビリー・エリオット』と縁の深い西川さん。作品の魅力を熱量たっぷりに語ってくださいました!西川さんがお好きなシーンを、ぜひ劇場で確かめてみてください。