劇団四季の最新オリジナルミュージカルは、シアター・ゴーストとナイチンゲール女史の不思議な絆を描いた『ゴースト&レディ』。原作漫画のドラマティックな世界観と、劇団四季が掲げる「人生は素晴らしい、生きるに値する」のメッセージが融合した魅力的な舞台についてレポートします。※演出など一部ネタバレあり(2024年6月・JR東日本四季劇場[秋])

シアター・ゴーストと絶望した淑女の出会い

『ゴースト&レディ』は、藤田和日郎先生の中編コミックス『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を原作としたミュージカルです。

舞台は19世紀のイギリス。ドルーリー・レーン劇場に棲む芝居好きなゴーストのグレイの元に、1人の令嬢がやってきます。彼女はフローこと、フローレンス・ナイチンゲール。看護の道に進むと決心するも家族から猛反対され、生きる気力を失うほど追い詰められていました。

フローはかつて腕利きの決闘代理人だったグレイに、「私を殺してください」と頼みます。最初は申し出を断ったグレイですが、彼女が悲劇のヒロインになるのを見届けるため、フローが絶望した時に殺すという条件で願いを聞き入れることに。

この契約によってフローは死を覚悟して看護にあたることを決意し、看護団を引き連れてクリミア戦争の負傷兵で溢れるスクタリの野戦病院へ赴きます。病院の改革に尽力するフローは「クリミアの天使」と讃えられますが、その勇気ある行動の背景には、見守ってくれるグレイへの特別な感情がありました。そしてグレイも、絶望するどころか瞳に希望を宿していくフローの姿に惹かれていきます。

ただ1人、軍医長官のジョン・ホールだけは、フローをよく思っていません。ホールの陰謀によってフローの元に現れたのが、ゴーストのデオン・ド・ボーモン。実はデオンとグレイの間には、古くからの因縁があり・・・。

驚きに溢れた演出が、物語へいざなう

1本の照明から鬼火が揺れて、シアター・ゴーストのグレイが出現。本物の幽霊が現れたかのような登場に驚くと、舞台にはドルー・レーン劇場のセットが展開され、グレイが私たち観客に語り掛けてきます。

後になって冒頭に登場する照明は劇場が使われていない時に場内を照らす「ゴースト・ライト」であることを知りました。劇場を愛するグレイらしい、なんともにくい演出です。

クリミア戦争を題材にしているため難しい物語なのかと思うかもしれませんが、演出やダンスにはファンタジックな要素があります。ゴーストの非現実的な描写を表現したイリュージョン、擬闘とフライングを掛け合わせたアクションシーンには、驚くこと間違いなし。

イリュージョンを監修しているのは舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のインターナショナル・イリュージョン・魔法アソシエイトを担当しているクリス・フィッシャーさん、擬闘の指導は、『バケモノの子』の擬闘も手掛ける栗原直樹さんです。

受け継がれるフローの精神

上流階級の家に生まれたフローは、16歳で神の天啓を受けてからゴーストが見えるようになり、病人を看護することでその召命に応えようとします。しかし病院は貧しい患者が収容される場所であり、看護婦はお酒を常飲して怠ける卑しい存在だと忌避されていました。

家族に理解されないまま、慕っていた男性からの求婚を断り、野戦病院へ旅立つフロー。彼女と後に続く女性たちが歌う「走る雲を追いかけて」では、スカートをたくし上げて突き進む看護団の勇ましくも美しい姿に胸が熱くなりました。

それまで主人公のフローの心情に寄り添って観ていましたが、看護婦1人1人が彼女と同じように「多くの患者を救おう」と強い意志を持っているのだと感動したシーンです。

ナイチンゲール女史はオイルランプを片手に患者の様子を見まわる姿から、「ランプの淑女」と呼ばれていました。ラストシーンでは、沢山のオイルランプが劇場を照らします。

舞台は史実を題材にしたフィクションですが、フローの精神が現代社会に受け継がれていることは、まぎれもなく現実。歴史が紡いだ事実を噛みしめながらフローとグレイのファンタジックな物語の結末を見届けるのは、得も言われぬ感動があります。

原作ファン、劇団四季ファンの双方が楽しめるミュージカル

観劇前に原作を読むべきなのか、作品にまつわる史実を予習しておく方が良いのか、気になる方も多いのではないでしょうか。

筆者は原作を読んでから観劇しましたが、漫画のミュージカル化作品としてはもちろん、劇団四季のオリジナルミュージカルとしても楽しめる要素が多々あり、予備知識が無くても十分堪能できる作品だと感じました。

劇中でフロー、グレイ、ホール、デオンといった個性的なキャラクターたちの生い立ちと心情が丁寧に表現されているので、舞台を観た後でも、原作が気になってくることでしょう。劇場のグッズショップでは、原作コミックスも販売されています。

池上彰さん、原作漫画の資料協力を手掛けた佐久間康夫さんらが寄稿されている公演プログラムも、作品を深く知るためのガイドになるのでおすすめです。

原作漫画は登場人物たちの力強い眼差しも印象的で、筆者が観劇した日にフローを演じていた真瀬はるかさんは、燃えるような眼差しが原作のフローと重なりました。2階の客席ロビーには、藤田先生が公演のために寄贈されたオリジナルアート作品と特性パネルが展示されているので、原作のビジュアルや世界観を味わえます。

劇団四季のミュージカル『ゴースト&レディ』は、JR東日本四季劇場[秋]にて2024年11月10日(日)までの期間限定公演です。感動と驚きに満ちたフローとグレイの物語を、ぜひ劇場でご覧ください。

さきこ

原作には描かれていないナイチンゲールの史実、イギリスの上流階級のダンスとアイリッシュダンスを取り入れたダンスシーンなど、舞台ならではの見どころも満載!国内初演というよりも、世界初演であるという意気込みが感じられる完成度の高いオリジナルミュージカルです。