井上ひさしさんの傑作であり、音楽を宮川彬良さん、演出を藤田俊太郎さんが手がける祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』。12月9日、日生劇場での開幕を前に、浦井健治さん、大貫勇輔さん、唯月ふうかさんらが公開稽古と囲み取材に臨みました。

佐渡の三世次、きじるしの王次、お光/おさちの象徴的なシーンを披露

『天保十二年のシェイクスピア』は、『リア王』『マクベス』『オセロー』『ハムレット』『リチャード三世』『ロミオとジュリエット』などウィリアム・シェイクスピアの37作品を横糸とし、江戸末期の人気講談『天保水滸伝』を縦糸として織り込んだ井上ひさしさんの傑作戯曲。

音楽を宮川彬良さん、演出を藤田俊太郎さんが手がけ、2020年に上演された本作が、約4年を経て再演を迎えます。「佐渡の三世次」役を務めるのは、2020年公演では「きじるしの王次」を演じた浦井健治さん。「きじるしの王次」役を大貫勇輔さん、「お光/おさち」を2020年の公演に引き続き、唯月ふうかさんが務めます。

公開稽古ではまず、第3場「おとこ殺し腰巻地獄」(歌「いきなこしまき」「三世次のブルース」)が披露されました。佐渡の三世次が父親のルーツにあたる村である清滝村にやって来る場面です。

三姉妹のうち長女・お文(瀬奈じゅんさん)と旦那の紋太(阿部裕さん)、次女・お里(土井ケイトさん)と旦那の花平(玉置孝匡さん)が、まるで『ロミオとジュリエット』のモンタギュー家とキャピュレット家のように対立する清滝村。そこに顔に大きな火傷があり片足が不自由な佐渡の三世次がやってきて、2家族の対立を利用して村をかき乱そうと企みます。

浦井健治さんは佐渡の三世次のモデルの1つであるリチャード三世の、顔も心も醜い人物像を好演。佇まいから世の中への憎しみが滲み出し、陰謀への興奮が沸々と巻き起こっていく様が目に見えるようです。客席にまで不穏な空気を染み渡らせるように、「三世次のブルース」を歌い上げました。

続いて披露されたのは第9場「浮気もの、汝の名は女」。ヤクザとして縄張り争いで対立していた紋太一家と花平一家。紋太一家の跡取りであるきじるしの王次が、父の訃報を受け、数年ぶりに村に帰ってきます。

大貫勇輔さん演じるきじるしの王次は、軽快な楽曲「浮気もの、汝の名は女」に乗せて華々しく登場し、女たちに褒めそやされる勢いのある青年。大貫さんのしなやかで軽やかなダンスがきじるしの王次の人物像を創り上げています。

父の跡を継ごうと彼が勢いづいているのも束の間、佐渡の三世次の策略により、紋太そっくりの百姓が紋太の亡霊をフリをして現れ、叔父である「蝮の九郎治」への復讐をけしかけます。紋太の妻・お文が九郎治を色仕掛けで誘い、紋太を殺させたというのです。『ハムレット』を思わせる重い展開ですが、亡霊役で事情をよく理解していない百姓がヘマをするなどコミカルな一幕も。

人間の欲深さや闇深さと、それを面白がるようなコミカルさ、本作の“二面性”を感じられる場面です。

そして最後に、第11場「賭場のボサノバ」と第12場「時よとまれ、君はややこしい」が披露されました。かつて清滝村を取り仕切っていた「鰤の十兵衛」の末娘であり、『リア王』の如く、おべっかの言葉が出てこずに家を追い出されてしまったお光が村に帰ってきます。

長女・お文と次女・お里が父を蔑ろにしたことに怒り、父を殺したのはお文と紋太一家ではないかという復讐心に燃え、彼らが営む賭場に乗り込むお光。“復讐を誓って賭場に乗り込む”、と聞くとおどろおどろしい場面を想像しますが、流れる音楽は「ボサノバ」。

耳馴染みの良い軽快なリズムとメロディーは賭場というより、おしゃれなカフェのよう。しかし歌詞は “賭場”、“修羅場”、“墓場”と韻を踏みつつもしっかりヤクザらしさ満載。遊び心が詰まった本作の魅力をたっぷりと感じられるシーンです。

唯月ふうかさんは、賭場に堂々と乗り込んでイカサマを暴き、ヤクザの世界で強く生きるお光を熱演。するも、父の死の復讐を遂げようとしたところで語り部である隊長が時を止め、お光の双子であるおさちを紹介します。

そこで唯月ふうかさんは、おしとやかなおさちに一瞬で早替わり。お光とは正反対、光溢れる世界で生きる明るい女性像を、声色はもちろん、表情や指先、身のこなしなど全身で演じ分けます。

お光とおさちは、生き別れた双子が同じ街に行き着くことで起こる勘違いを描く『間違いの喜劇』を彷彿とさせる存在であり、シェイクスピア作品ではその他にも双子によって生じる行き違いが多く登場します。全く別の人間であるにも関わらず、同じ見た目に騙されてしまう人間の愚かさと可笑しさは、『天保十二年のシェイクスピア』でも色濃く描かれます。

語り部の隊長を演じるのは、本役を長年演じ続け、9月には藤田俊太郎さん演出の『リア王の悲劇』でリア王を演じた木場勝己さん。作中の年月を一気に飛び越えさせたり、時を止めたりと自由自在に作品を操る隊長の姿は、シェイクスピア作品でも観客と作品を繋ぐ役目を果たす道化師に重なります。様々な想いで蠢く登場人物たちの中心に一人スッと佇み、観客を作品の世界にいざないます。

「人間の暗部を光で抉り出すような痛烈な人物が今、誕生しつつある」

囲み取材には、音楽の宮川彬良さん、演出の藤田俊太郎さんと、浦井健治さん、大貫勇輔さん、唯月ふうかさん、土井ケイトさん、阿部裕さん、玉置孝匡さん、章平さん、猪野広樹さん、綾凰華さん、福田えりさん、瀬奈じゅんさん、中村梅雀さん、梅沢昌代さん、木場勝己さんが登壇しました。

宮川さんは「再演できるというのは非常に光栄なこと」と喜びを噛み締め、「井上ひさしさんとは一度、20分ほどしかお会いしたことがなく、もちろんシェイクスピアとはお会いしたことがないんですけれども(笑)。井上さんの向こうにシェイクスピアがいて、こちら側には僕とカンパニーのみんながいて、(再演にあたって)いずれの巨人ともちょっと距離が近くなったような感覚を持ちながら取り組んでいます」と再演での心境を語りました。

藤田さんは2020年の公演がコロナ禍によって途中で中断したことを踏まえ、「2020年の公演を共に作り、共に戦った仲間たちの想いと熱きその痕跡をきちんと胸に抱いております」と決意を語り、「作・井上ひさしさん、日本人のルーツを問う物語です。夢は大きく、世界中の劇場で上演したい」と意気込みます。

また浦井健治さん演じる佐渡の三世次について、「僕自身や、観客の中に、佐渡の三世次という人物がいるかもしれないと思わせてくださいました。また、佐渡の三世次は絶対に生き続けてはいけない人物だとも思わせてくれました。相反するようで、全くこれは相反してない。実は背中合わせのイコールだと思います。佐渡の三世次という人物は、今この世界にYesとNoを同時に突きつけているのではないか。そんな気づきを、浦井さんの三世次はカンパニーに与えてくださいました。人間の暗部を光で抉り出すような痛烈な人物が今、誕生しつつあるというのを感じています。それを一言で言うと、“好き”(笑)」と役柄の核となる部分が明かされました。

大貫勇輔さんは「きじるしの王次は前回、浦井さんが演じられていて、お話を頂いた時に光栄に思ったと同時に凄く不安と緊張があった」と振り返り、「素晴らしいカンパニーの方たちに支えられながら、自分にしかできない王次を模索する日々」だとコメント。

唯月ふうかさんは「井上ひさしさんの素敵な言葉がたくさん詰まっている作品に再び出演できること、そしてお光とおさちという魅力的な2人の女性を演じることができて光栄に思っています。本番まであと20日ほど、カンパニー一同もっともっと深めて、作品を皆さんにお届けできるよう頑張りたい」と挨拶しました。

本作と縁の深い木場勝己さんは、「カンパニーの年齢層を上げております」とお茶目に挨拶されつつ、「蜷川版の2002年からずっとこの役をやらせて頂いていました。役者を始めて55年になりますが、台詞の量の多さと戦っています。年齢です(笑)」と和やかにコメント。

撮影:鈴木文彦

浦井さんは「(井上ひさしさんとは)自分はお会いしたことがないのですが、諸先輩方、特に木場さんが、“三世次が亡くなるシーンにも井上ひさしさんはギャグをお書きになった、そこをちゃんと伝えないと泣いちゃうよ”、と言ってくれて。天才であり、筆で一生を捧げた井上ひさしさんの想いを受け取らせてくださるというのは、演劇というのは地続きだと感じますし、時代を映す鏡であり、栗山民也さんの仰るように“歴史を再生する装置”で。人から人に繋がっていって、お客様にも伝わっていって、亡くなった人もずっとその場にいること、忘れないことが出来る。忘れないってこんなに素敵なことなんだなということを井上ひさしさんから学ばせて頂いています。この作品は闇を描いていますけれど、お客様が、今の時代に闇を見たとしてもそれを光に変えていってくれるような演劇体験になっていければ」と想いが語られました。

『天保十二年のシェイクスピア』は2024年12月9日(月)から29日(日)まで日生劇場にて上演。2025年1月には大阪:梅田芸術劇場、福岡:博多座、富山:オーバード・ホール 大ホール、愛知:愛知県芸術劇場大ホールにて上演されます。公式HPはこちら

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Yurika

大きなセットがぐるりと回転するダイナミックさと、2階3階と縦にも空間を使う藤田さんらしい演出が詰まった本作。観れば観るほど、井上ひさしさんの言葉の面白さと深みにハマっていきます。遊び心、ユーモアの詰まった作品です。