1987年6月に本邦初上演され、その後も長きにわたり多くの観客に愛されるミュージカル『レ・ミゼラブル』。原作はフランスの作家ヴィクトル・ユゴー(1802-1885)の同名長編小説で、19世紀のフランスを代表する文学作品として知られています。
そんな『レ・ミゼラブル』は、単なるフィクションではなく、作家であるユゴーが生きた当時のフランスを反映した物語だということをご存じでしょうか。本記事では、『レ・ミゼラブル』の舞台となった19世紀のフランスがどのような時代だったのか、作中の出来事と合わせて紐解きます。
『レ・ミゼラブル』とはどんな話?|パンひとつの罪から始まる壮大な人間ドラマ
パンを一つ盗んだ罪によって19年間投獄されていたジャン・バルジャン。
『レ・ミゼラブル』は仮釈放で司教との出会いをきっかけに新しい人生を歩もうと決意したバルジャンと、彼を取り巻くさまざまな人々の生きざまが交差した群像劇です。
主人公であるジャン・バルジャンはもちろんのこと、彼を追い続ける警察官のジャベールや、娘の養育費のために身を粉にして働く女性ファンテーヌ、その娘コゼット、コゼットの恋に落ちる青年マリウスや、マリウスに恋するエポニーヌなど、多くの魅力的なキャラクターが登場します。
これらの登場人物の心情をより深く感じるためには、作品の舞台となった19世紀のフランスの時代背景を知っておくとよいでしょう。
『レ・ミゼラブル』以前のフランス|革命からバルジャンの投獄まで
『レ・ミゼラブル』の舞台となる19世紀のフランスは、まさに激動の時代でした。
その少し前、1789年には「フランス革命」が起こりました。これはそれまで市民に重税を強いていた貴族・王族階級の人々に対し、市民階級の人びとが起こした暴動のことです。
フランス革命の結果、絶対王政は倒され、1793年にはルイ16世と王妃マリー・アントワネットが処刑されました。
王政を倒したものの、そこからしばらくの間、フランス国内では多くの混乱が巻き起こります。ロベスピエールによる恐怖政治や、近隣国からの侵攻など、民衆はさらに苦しめられることになったのです。
そこへ登場したのが、のちにフランス皇帝の座に就くナポレオン・ボナパルトでした。
この頃『レ・ミゼラブル』の作中では、姉とその子供たちを養うために貧困にあえぐ青年、ジャン・バルジャンが、たった一つのパンを盗んだために投獄されてしまいます。
物語の幕開けと時代の転換|ナポレオン失脚とバルジャンの仮釈放
1815年、ナポレオンはイギリスやプロイセンなどの連合王国に敗北したことにより、失脚します。
ナポレオンの失脚により、ルイ16世の弟であるルイ18世が王位に就くことになりました。フランス革命で王位を倒した民衆でしたが、ここへきて再び王位が復活してしまうのです。
その頃、『レ・ミゼラブル』では、ジャン・バルジャンが刑期を終えて仮出所していました。ミュージカル版『レ・ミゼラブル』では、ここから大きく物語が動き出します。
ファンテーヌの悲劇|当時の労働者の過酷な現実
『レ・ミゼラブル』の主要人物のひとり、薄幸の女性ファンテーヌの物語が展開するのは、1817年から1823年ごろのことです。
1817年に恋人に捨てられたファンテーヌは、娘のコゼットをテナルディエ夫妻に預け、工場で働いていました。しかし工場を解雇されたファンテーヌは、次の仕事もあてもなく、髪や歯を売り、ついには公娼として自分の身を売らざるを得ない状況に追い詰められます。
そして1823年、客ともめごとを起こし、ジャベールに連行されるも、マドレーヌ市長(実はジャン・バルジャン)に救われたファンテーヌは、彼にコゼットの救出を託し、短い生涯を終えたのでした。
当時のフランスでは、資本主義が始まったばかりでした。そのため、労働者を守る法も整備されておらず、労働者は低賃金と長時間労働を余儀なくされていたのです。
苦しめられていた労働者のなかには、女性や児童も多く存在していました。これらの労働問題は次第に深刻化していきます。
『レ・ミゼラブル』と6月暴動|ユゴーが見た民衆の戦い
ミュージカル『レ・ミゼラブル』のクライマックスシーンのひとつに、マリウスやアンジョルラスといった若者たちと、政府軍との戦いのシーンがあります。これは、1932年にパリで起きた「6月暴動」を描いたものです。
それまで、民衆の味方として多くの市民に愛されていたラマルク将軍が病死したことで、約3000人の反政府勢力がパリで蜂起しました。当時のフランスでは、経済的な危機や食糧不足、労働者の権利の要求、コレラの流行など、さまざまな面で社会不安が高まっていたのです。
ユゴーは、この6月暴動に直接的に関わった経験を持っています。
当時、詩人でありながら議員でもあったユゴーは、蜂起した人々に降伏を説得するという任務を帯びていました。
しかし、説得にはいたらず、最終的には3000人近くの死者と2万人を超える逮捕者を出すという大惨劇となったのでした。
これらの歴史を振り返ってみると、『レ・ミゼラブル』は当時のフランスの世相を反映し、そのなかに生きる人々の想いを深く描いた作品であることがわかります。
参考書籍:
西永良成「『レ・ミゼラブル』の世界」(岩波新書)
西永良成「ヴィクトール・ユゴー 言葉と権力 ナポレオン三世との戦い」(平凡社)
ユゴーは政治的な理由で亡命を経験し、亡命先のガーンジー島で『レ・ミゼラブル』の執筆を完成させました。権力に対する反骨精神や、社会問題に向ける真摯なまなざし。それが、過酷な環境のなかでも前を向く登場人物たちに色濃く映し出されている気がします。