日本では、世界のさまざまなミュージカル作品が輸入され、全国で公演されています。ミュージカルの本場といえば、アメリカのブロードウェイというイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。しかし、世界にはミュージカルが盛んな国が多くあり、それぞれに独自の特徴や文化を築いています。このコラムでは、ミュージカルが盛んな5つの国と地域を紹介し、それらの特徴や有名作品、クリエイターについて解説します。
アメリカ合衆国|ミュージカルの聖地ブロードウェイ
ミュージカルは、20世紀初頭のアメリカで生まれた舞台芸術です。その前身はヨーロッパで盛んに上演され、主に上流階級の間で楽しまれてきた「オペラ」、そしてオペラをよりカジュアルに改変した「オペレッタ」でした。特にニューヨークの「ブロードウェイ」では、連日多くのミュージカル作品が上演され、文化的な発展だけではなく、大きな経済効果を生んでいます。
ブロードウェイ・シアターとオフ・ブロードウェイ
ブロードウェイにあるミュージカル・演劇を上演する劇場は「ブロードウェイ・シアター」と呼ばれ、41もの劇場から成り立っています。これらの劇場は、すべて500席以上の客席がある大きな劇場です。
また、立地にも共通点があります。これらの劇場は、タイムズスクエア周辺の40丁目から54丁目、6番街から8番街の間に建っているのです。(リンカーンセンターのなかにあるビビアン・ビューモント劇場を除く)
そのほか「オフ・ブロードウェイ」と呼ばれる劇場もあります。こちらは、ブロードウェイ周辺以外の地域に点在する劇場のことを指します。
また、客席も500席以下と小規模な劇場であり、ブロードウェイほど商業的な条件に囚われることなく、より実験的なスタイルの作品が多く上演されています。
また、オフ・ブロードウェイで上演開始された作品がヒットし、ブロードウェイ(オフ・ブロードウェイと分けて「オン・ブロードウェイ」とも呼ばれます)での上演が開始されるパターンもあります。
その一例として、今や名作ミュージカルの一つとなった『RENT』や、俳優がパペットを使って上演される風刺作『アベニューQ』、映画でもヒットした『ディア・エヴァン・ハンセン』、リン=マニュエル・ミランダの処女作『イン・ザ・ハイツ』などがあります。
多彩なミュージカル作品を楽しめるブロードウェイ
ブロードウェイで上演されるミュージカル作品のジャンルは、多岐にわたります。
過去には「20世紀最高のミュージカルの作詞作曲家コンビ」として知られる、オスカー・ハマースタイン2世と、作曲家のリチャード・ロジャース(1902-1979)が活躍し、『サウンド・オブ・ミュージック』や『回転木馬』『南太平洋』など、現代も愛される多くの名作を生み出しました。
近年では、リン=マニュエル・ミランダが手掛けた『ハミルトン』がメガヒットし、爆発的な人気となりました。また、2024年に映画版が公開され、世界中で大ヒットした『ウィキッド』も、2003年の初演からヒットを記録し続けています。
さらに、『アナと雪の女王』、『美女と野獣』や『ライオンキング』など、ディズニーのアニメーション作品の舞台化も人気を博しています。このように、ブロードウェイでは、多岐にわたるジャンルの名作が上演されており、まさにミュージカルの代表国と言えるでしょう。
演劇、ミュージカル界の最高峰である「トニー賞」の存在も、アメリカのミュージカル界を支える重要な存在です。
1947年から続くこの伝統的な式典は、毎年5月にノミネート作品の発表があり、6月に授賞式が開催されます。受賞作品のチケットは入手しづらくなるなど、作品の興行に大きな影響を与えているのです。
イギリス|演劇大国が誇る有名地、ウエストエンド
世界有数の「演劇大国」として有名なイギリス。ロンドンにあるウエストエンドでは、演劇だけではなく多くのミュージカルが上演されています。
ウエストエンドでは、『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』など、誰もが知っているメガヒット・ミュージカル作品を楽しめ、世界中から多くの観光客が訪れる場所です。そんなウエストエンドにある劇場の数は、ブロードウェイと同じく約40軒となっています。
さらに、ウエストエンドの郊外には、ブロードウェイと同じく「オフ・ウエストエンド(フリンジ・シアターとも)」と呼ばれる中小規模の劇場が多く立ち並んでいます。こちらもオフ・ブロードウェイと同様に、より革新的で実験的な作品が上演される傾向にあります。
そして、イギリスのミュージカル界において特筆すべきは、イギリスがミュージカル界の巨匠を多く世界に輩出している点でしょう。
その代表的存在が、先述の『オペラ座の怪人』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』、そして『キャッツ』など、多くの名作を生み出したアンドリュー・ロイドウェバー氏です。
また、『レ・ミゼラブル』や舞台版『千と千尋の神隠し』で演出を務めたジョン・ケアード氏も、最も有名なミュージカル界の人物ではないでしょうか。ケアード氏は、イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで20作品以上のシェイクスピア劇や古典劇の演出を手掛けてきました。
注目したいのが、ケアード氏は演劇やミュージカル作品において、ひとつの役を二人の役者が演じる「ダブルキャスト」制度を初めて取り入れた演出家であるということ。
ダブルキャスト制度の導入により、長い公演期間で質の高い作品を観客に提供し続けることができるようになりました。
また、イギリスではミュージカル作品を制作するための教育機関も整っています。
特に、英国王立音楽院では「ミュージカルシアター」の学位プログラムが存在しており、学生は卒業後すぐにプロの舞台で活躍できる能力を身につけられるのです。
質の高い作品や才能あふれるクリエイターだけではなく、未来に向けて優秀な人材を育てるという面でも、演劇大国の名に恥じない体制が整っています。
ヨーロッパ大陸|フレンチミュージカルやドイツ語圏の名作
かつて、ミュージカル作品の8割はブロードウェイ、もしくはイギリス発の作品と言われていました。そのような状況の中で、フランスで生まれたのが「フレンチミュージカル」という新しいジャンルです。
これまでの米英ミュージカル作品では、演劇の要素が色濃く反映されていましたが、フレンチミュージカルではダンスや歌に力を入れ、よりエンターテインメント性を重視した作品が作られています。
代表作として、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を下敷きにした『ロミオ&ジュリエット』や、フランス革命時の若者たちを描いた『1789 バスティーユの恋人たち』などが挙げられます。
一方、オーストリアの首都・ウィーンは、ドイツ語圏ミュージカルの中心地です。最も有名なのは、ハプスブルク家の皇妃・エリザベートの生涯を描いた『エリザベート』、オーストリア出身の天才作曲家モーツァルトの生涯を描いた『モーツァルト!』でしょう。
いずれも、歴史と人間の普遍的な感情を融合させた、独自の芸術性を持っています。これらの作品は、ウィーンにおける観光面にも大きな役割を果たしています。
オーストリア観光局は、2022年に『エリザベート』の世界初演30周年を記念し、観光誘致のためのプロモーション動画を作成しています。ミュージカルは、外交的にも重要な文化のひとつになっているのです。
韓国|トニー賞受賞で注目される韓国ミュージカル
韓国も、世界的にみても活発なミュージカル作品が上演され、注目されている国のひとつです。
ヴィクトル・ユゴーの小説を原作とした『笑う男』など、独自の魅力が光る作品が韓国で初演されています。韓国発のヘルパーロボット同士の恋を描いた『メイビー、ハッピーエンディング』は、2025年6月に発表された第78回トニー賞で、最多の6部門を受賞しました。
このように、韓国ミュージカルが躍進する背景には、K-POPが世界的に評価されたことや、「大学路(テハノン)」という70軒以上の劇場を有する演劇街があることなど、音楽や演劇に対する感度の高さが関係しているのでしょうか。
一方で、日本と同じように欧米でのヒットミュージカルの輸入も特徴的です。『エリザベート』や『モーツァルト!』など、日本でも人気の作品が上演されています。
日本|2.5次元ミュージカルで世界から注目
日本では、株式会社東宝の演劇部門や、劇団四季といった大きな劇団が、年間を通してさまざまなミュージカルを上演しています。
なかでも日本独自のコンテンツとして、海外からも注目されているのが「2.5次元ミュージカル」の存在です。
2.5次元ミュージカルとは、日本の漫画やアニメ、ゲームといった2次元のコンテンツを原作にしたミュージカル作品のことで、2次元と3次元(舞台空間)の間の存在であるという意味です。中には歌やダンスを伴わない作品もありますが、それらも「2.5次元」に含まれます。
高い再現度や、原作にはない歌唱シーンを追加すること、プロジェクションマッピングなどの現代的な演出を駆使していることから、多くの観客の心を掴んでいます。
一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会によれば、2023年度の年間上演作品数、ならびに年間動員数が過去最高を記録したとのことです。
また、スタジオジブリの名作『千と千尋の神隠し』の舞台化は、日本国内で高い評価を受けたほか、ロンドンにも進出し、イギリスの演劇賞「WHATSONSTAGE AWARDS」で最優秀新作演劇賞を受賞しました。2025年7月には上海での公演も控えており、世界中から注目される作品です。
ほかにも、劇団四季では、細田守監督によるアニメーション映画『バケモノの子』を上演するなど、人気アニメーション作品の舞台化が成功を収めています。
日本のオリジナルによるメガヒット作品は、欧米に比べると少ないのが現状であり、多くの輸入ミュージカルが国内での人気を支えています。
一方で、全上演作品をオリジナルミュージカルによって展開している「音楽座」や、先述の「2.5次元ミュージカル」の確立など、日本でも上質な作品が多く制作されています。

ミュージカルといえばまずブロードウェイを思い浮かべてしまいましたが、近年では韓国の躍進が目覚ましいのだなと気づきました。日本でも、輸入ミュージカルはもちろんのこと、独自のミュージカル文化を発展させているのが素晴らしいですね。