1991年の初刊行以来、累計1200万部(2025年1月時点)を突破した、小野不由美さんによる『十二国記』シリーズ。本編第1作となる『月の影 影の海』が、2025年12月9日よりミュージカル『十二国記-月の影 影の海-』として上演されます。壮大でありながら緻密に作り込まれた「十二国」の世界観について、観劇前に知っておくとより作品を楽しめる用語や舞台設定について解説します。

おさえておきたい『十二国記』世界の地理

まずは、この壮大なシリーズの根幹となる「十二国」について触れていきましょう。ここは、私たちの生きる現実世界とは異なる世界です。

この世界には、12の国が花模様のように配置されており、各国を統治する王がいます。

中心には、女神や女仙と呼ばれる存在が暮らす「黄海」があり、その周囲を黒海、青海、赤海、白海という4つの海が取り囲んでいる状態です。

その4つの海を取り囲む形で、北から時計回りに柳、延、慶、功、泰、才、範、恭という8つの国が存在しています。

さらに外側には、こちらも北から時計回りに芳、戴、舜、漣の4ヶ国があり、これらを合わせて「十二国」と呼ばれているのです。

私たちの住む現実世界とこの世界とは「虚海」と呼ばれる広大な海で隔てられています。
しかし、まれに蓬莱(ほうらい、日本)や崑崙(こんろん、中国)と呼ばれる異世界から、人が流れ着いてしまうこともあるようです。

 “王”と”麒麟“の関係とは?統治システムを解説

王とは?麒麟によって選ばれる、不老不死の統治者
各国にひとりずつおかれる統治者のことです。
この世界では、王は血筋ではなく民の間から選出される決まりがあります。

十二国の世界で王を選出するのは「麒麟(きりん)」と呼ばれる生き物です。
王となる者は年齢や性別、経歴に関係なく、麒麟によって直感的に選ばれ、麒麟と誓約を交わしたのち、神籍に入ります。そうして不老不死の力を手に入れ、国を統治するのです。

 麒麟とは?王と運命を共にする最高位の霊獣
麒麟とは、十二国に存在する最高位の霊獣です。
各国に一頭ずつ存在しており、天意(天命)によって各国の王を選出し、王と誓約を交わした後は、宰補(さいほ)として王のそばに仕えます。

普段は人の姿をしており、角とたてがみを持つ美しい獣になることもあります。オスの麒麟は「麒」、メスの麒麟は「麟」と呼ばれており、慶国の麒麟は「景麒(けいき)」、功国の麒麟は「塙麟(こうりん)」です。

麒麟は、争いや血の匂いを極端に嫌うほど慈悲深い存在であり、そのために王が悪政を敷くと病に襲われます。これらのことからわかるように、麒麟は王を選ぶだけではなく、運命共同体でもあるのです。

『十二国記』のベースには“讖緯(しんい)思想”が関係している? 

麒麟と王の関係など、独特な世界観が魅力の『十二国記』。
予言によって王が選出されるというシステムは、古代中国の讖緯(しんい)思想がベースになっているといいます。


讖緯(しんい)思想とは、政治の是非は自然現象に関係し、悪政が続けば、地震や雷雨など天変地異がおこるという考えのことです。この考えに則り、為政者は交替を余儀なくされます。

十二国の世界においては、王が悪政を行うと麒麟が病み、やがて国内が荒れ始めるといった設定が、まさに讖緯(しんい)思想に該当すると言えるでしょう。

また、麒麟という生き物も、中国において古来から龍や鳳凰と並ぶ聖獣とされてきました。

儒教では、麒麟は情け深い動物であり、徳のある王者の時代に姿を見せると言われています。逆に殺生を好む王者が国を治める際には姿を隠すと伝えられており、『十二国記』の世界に登場する麒麟を彷彿とさせます。

知っておきたい『十二国記』の 主要な用語集

このセクションでは、『十二国記』の世界を楽しむための主要な用語集を紹介します。
用語を理解しておくことで、本作の独特な世界観をより楽しむことができるはずです。


なお、本記事では『月の影 影の海』に大きく関わる用語をピックアップしてご紹介しています。

蝕(しょく)
蝕(しょく)とは、十二国の世界と異世界(蓬莱や崑崙)を繋ぐ時に起る現象です。
王や麒麟が月の呪力を借りて蝕を起こし、ふたつの世界を行き来できるものの、同時に大災害を巻き起こします。

海客(かいきゃく)
虚海を越え、蓬莱(日本)からやってきた人々に対しての呼称です。一方、崑崙(中国)からやってきた人々は「山客(さんきゃく)」と呼ばれます。

 胎果(たいか)
生命を宿した卵果(らんか、十二国のあらゆる生命が宿る果実)が、まれに蝕によって蓬莱や崑崙に流れ着き、女性の胎内に宿ることがあります。このようにして生まれ、後に十二国の世界へ戻ってきた者が胎果です。

妖魔(ようま)・使令(しれい)
獰猛で人を害する獣のことです。世界の中央にある黄海から出ることはありませんが、荒廃した国には出現し、人間を襲うことも。
麒麟は妖魔を使い魔とすることがあり、それらの妖魔は使令と呼ばれます。


半獣(はんじゅう)
獣と人間の姿、どちらにも変化できる者です。
人間と獣のハーフというわけではなく、この世界の人間たちと同じように卵果から生まれてきます。時には差別を受けることもあり、進学や就業を困難とする扱いを受ける者もいるのです。

ミュージカル『十二国記 月の影 影の海』の主要人物を紹介

ここからは、『十二国記』の主な登場人物について紹介します。※一部ネタバレを含みます。ご了承ください。


中嶋陽子(ヨウコ)

陽子は『月の影 影の海』での主人公で、東京の私立校に通う高校一年生でしたが、突然現れた景麒に連れられ、蝕によって地図にない世界へとやってきます。
異世界で景麒とはぐれてしまった陽子は、日本に帰るために、見知らぬ世界を一人きりでさまよい続けました。
妖魔に襲われ、人々に裏切られ続ける孤独な旅の中、陽子は半獣の楽俊(らくしゅん)と出会い、共に旅をすることになりました。そんな陽子は、やがて衝撃の真実を知ることになります。

景麒(ケイキ)
慶国の麒麟(きりん)で、陽子を景王に選出しました。
20代後半くらいの男性の見た目をしており、長い金髪を膝裏まで伸ばしています。
高校生活を送っていた陽子の目の前に現れ、主従の誓約を交わしましたが、慶国に帰る途中で陽子とはぐれてしまいます。その際、一時的に偽の王のところで囚われの身となっていました。


楽俊(らくしゅん)
陽子が流れ着いた功国出身の「半獣」です。人間の青年の姿になれるものの、普段はネズミのような生き物の姿をとっています。
度重なる苦難により人間不信に陥っていた陽子に寄り添い、よき友人となりました。
利発で心優しい青年ですが、半獣であるために差別を受け、進学することができませんでした。
そこで、陽子とともに、半獣でも進学が許されている雁国(えんこく)を目指し、無事に大学へと入学しました。

延王・尚隆(えんおう・なおたか)
陽子と楽俊が訪れた雁国の王で、陽子と同じく蓬莱から戻った胎果です。
一流の剣の使い手であり、名君として国内外に知られています。しかし、王宮を抜け出して遊郭や賭場に入り浸るなど、型破りな一面も持っています。海客や半獣など、あらゆる背景を持つ人々にも寛容な人物です。

蒼猿
功国での旅の道中、陽子がひとりきりになった時に限って現れる謎の猿です。
陽子の不安や疑念を煽ることばかり口にし、陽子の心をかき乱して去っていく謎の存在ですが、物語終盤にその正体が明らかになります。

舒栄(じょえい)
慶国の先女王である舒覚(じょかく)の妹で、彼女の死後、慶国の女王として君臨していました。
しかし、舒栄は麒麟によって選出された王ではなかったために、慶国は荒廃することとなりました。蜂起した陽子たちによって倒されます。

参考書籍:
『十二国記 月の影 影の海(上・下)』作:小野不由美(新潮社)
『「十二国記」 30周年ガイドブック』編:新潮社(新潮社)

糸崎 舞

『十二国記』シリーズの世界観はあまりにも壮大なため、一見すると理解しにくい部分もあるかもしれません。この記事で解説した知識をおさえておけば、より良い観劇体験に繋がると思います。ぜひ、ご活用ください。