昨年は多くの演劇作品が中止を余儀なくされましが、浅利演出事務所の『夢から醒めた夢』もその一つ。劇団四季作品として80年代から長く愛されてきたミュージカルです。2017年には浅利慶太氏が立ち上げた浅利演出事務所の作品として、演出や衣装に手を加えました。2020年の延期と中止を経て、ようやく実現した再演。演劇業界が活気を失っていた昨年、劇中の「人生を生きるには夢が必要だ」という台詞を思い出し、『夢から醒めた夢』を待ち焦がれていました。念願の公演初日の様子を振り返ります。(2021年5月・自由劇場)

「苦しいとき、悲しいときは劇場へいらっしゃい」

『夢から醒めた夢』は、劇場を舞台にして始まります。夢の配達人が俳優の体を借りて劇が作る夢の世界を体験するように観客を促すのですが、その台詞の1節が心に沁みました。

「苦しいとき、悲しいときは劇場へいらっしゃい」。

観劇がままならない今、この台詞はまるで自分に語り掛けてくれたかのような親近感を覚えました。夢の配達人を演じるのは、劇団四季版でエンジェルを演じていた鈴木涼太さん。優しい笑みを浮かべながら観客を誘う姿に吸い寄せられてしまいます。 そんな夢の配達人が用意した俳優は、好奇心旺盛な少女ピコ。観客はピコの体を借りて、非現実的な霊の世界を冒険します。

てめぇのことだけではなく、みんなのために

ピコは夜の遊園地でマコという少女に出会います。彼女は幽霊で、自分が事故で死んだことを嘆く母親を励ますために自分と入れ替わってくれる人を探していました。同情したピコは1日だけマコと入れ替わり、霊魂が集まる霊界空港に向かいます。

霊界空港で魂の旅立ちを案内するのは、エンジェルとデビル。デビルは人間を「てめぇのことばかり考える卑しい生き物」だと思っていました。ところが優しいピコが自分を犠牲にして霊界空港の魂たちを助けようとするので、デビルは心底驚きます。

約束の1日が過ぎ、マコの元に戻るピコ。しかしマコの母親が、我が子を二度と手放したくないとマコを引き留めてしまいます。同情から元に戻ることを躊躇うピコでしたが、マコは「ピコも自分のお母さんに私のお母さんと同じ思いをさせる気なの?」と諭すのでした。 みんなのために自分を犠牲にしてまで優しさを注ぐ純粋なピコと、大切な人のために生きる素晴らしさを教えてくれるマコ。こんな時代だからこそ、2人のように「てめぇのこと」だけではなくてみんなのためにできることを考えたいですね。

変わらないものが与える切なさと安心感

『夢から醒めた夢』は、今年で上演34周年。登場人物や演出は時代に合わせて改変されていますが、その中で変わらないものもあり、切なさや安心感があります。

霊界空港にはさまざまな理由で亡くなった魂が集まるのですが、注目すべきは戦争や飢えの犠牲になった子供たち。時代が変わっても、彼らの存在は消えません。観劇の前日も、中東パレスチナのガザ地区では空爆で多くの死者が出たとテレビで報道していました。

一方で、霊界空港には妻が来るのを待ち続ける老医師もいます。老夫婦の再会シーンには、思わず涙が溢れました。愛する人と共に生きる人生の尊さは、変わらないままであってほしいものです。

さきこ

平日の昼間だというのに、客席には子供からご老人までさまざまな年代の観客が座っていました。物語の終盤にさしかかると、あちこちで鼻をすする音が。劇場全体がピコとマコの優しさに包まれて感動の涙を流していました。 自分のことに心がいっぱいで、他人への優しさを忘れてしまいそうになる今日この頃。劇場で観た少女たちの不思議な夢が、泣きたいくらいあたたかくてずっと心に残っています。 公式HPはこちら