2020年の初演で人気を博した劇団四季のオリジナルミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』が、2021年12月に再演の幕を開けました。原作は、デボラ・インストールによる同タイトルのSF小説。小説の世界を主軸に演出変更と新キャストを加え、冴えない負け犬青年のベンと壊れかけのロボット・タングの心温まる旅を描きます。2022年1月23日に千秋楽を迎えた東京公演の様子を、新たな要素を中心に振り返ってみました。(2022年1月・自由劇場)

ミュージカルナンバーが一部カット。その意図は?

本公演は初演のものをそのまま再演するのではなく、変更点を加えて新たにアップデートさせた新生『ロボット・イン・ザ・ガーデン』。親しみやすくもドラマチックな河野伸さんによる音楽が印象的な作品です。再演では、ベンがタングと旅に出る前に歌う楽曲「冒険の旅へ」がカットに。その意図を考察してみます。

ミュージカルにおける歌唱シーンには、登場人物の感情の高まりを歌に乗せて伝える役割があります。改めてこの場面を振り返ると、ベンはまだタングと出会ったばかりで、彼からは気持ちを歌に乗せて伝えたいという劇的な衝動はあまり感じられません。

ベンは、妻のエイミーに出ていかれて離婚寸前。おまけに、庭に侵入してきた壊れかけのタングをどうにも放っておけない。喪失感とタングへの同情心から旅を始めたベンでしたが、タングとの交流を通じ、まるで親子のように心を通わせます。旅路で構築される2人の絆を繊細に描きたいからこそ、今回は冒頭の楽曲カットが入ったのではないでしょうか。

ベンとエイミー、リアルな夫婦関係に注目

ベンとエイミーを演じていたのは、田邊真也さんと鳥原ゆきみさん。2人とも初演からのオリジナルキャストです。個人的には新キャストを交えた組み合わせに期待していたのですが、田邊さんと鳥原さんのリアリティのある夫婦の演技に、初演からのアップデートを感じました。

彼らの初登場シーンは、タングが家の庭にやってくる朝の風景から始まります。弁護士のエイミーは、仕事の難題を迎え撃つために胸をたたいてやる気を鼓舞するキャリアウーマン。自分の力で人生の成功を手にする自立心の強い女性です。

対するベンは、獣医師になりたいという夢があったけれど両親を事故でなくしてからは抜け殻状態。ニートのような生活を送り、妻が「帰りが遅くなるかも」と言うと「僕の夕飯はどうすればいいかな?」と答える始末で、覇気のない気弱な男性です。

パートナーが居る人なら思わず共感してしまう些細な言い合いと、歩み寄りたいのにお互いに話す言葉が見つからなくて悩むもどかしさは、リアルで胸に刺さるものがありました。会話の間があまりにも自然体で、夫婦のギクシャクした空気が客席にも伝わってきます。

新キャストの魅力は、仮面を付け替えるような演じ分け

配役の組み合わせにも注目したい今回の公演。ベンとタング以外のキャストは脇役を演じ分けるバイプレイヤーとして活躍するのですが、中でも2人の新キャストによる演じ分けが記憶に残りました。

まずは、タングの誕生の秘密を握るボリンジャー役の佐野正幸さん。オペラ座の怪人役で知られる佐野さんは、終盤では迫力のある歌声を響かせて舞台を盛り上げます。ダークな役が多い佐野さんですが、ベンの父親役や飛行機のパイロットなど、明るくてユニークなキャラクターも演じていて、新たな一面が見えました。

ベンの姉でありエイミーの親友でもあるブライオニーを演じるのは、『ノートルダムの鐘』のエスメラルダや『パリのアメリカ人』のマイロ役を演じた宮田愛さん。面倒見が良くて快活な宮田さんのブライオニーは、エイミーと似た者同士であると感じさせる強さがありました。サンフランシスコのホテルの場面では、愛撫用アンドロイドと手足を絡めるしなやかで迫力のあるダンスに惹きつけられます。新キャスト陣の仮面を付け替えるような演じ分けは、物語への没入感を誘いました。

さきこ

劇団四季の『ロボット・イン・ザ・ガーデン』は、2月23日から4月16日まで京都劇場で上演。5月14日からは全国ツアーが始まります。8月には二宮和也さんが主演する映画『TANG タング』の公開も控えており、ますます『ロボット・イン・ザ。ガーデン』旋風が日本に吹き荒れることでしょう。原作や映画と合わせて、劇団四季のハートウォーミングなミュージカルも楽しんでみては?