生身の人間が空を飛ぶのは現実的にはありえないことですが、それがリアルにできてしまうのが、演劇・ミュージカルの世界。舞台作品の空中遊泳のシーンは、「フライング」という演出技術によるもの。「フライング」は舞台作品において古くから使われています。「フライング」の歴史や技術、演劇作品にもたらす効果をまとめました。
演劇作品における「フライング」とは?
演劇・ミュージカルにおける「フライング」とは、出演者を宙吊りにするワイヤーアクション技術の1つです。「フライング」を有名にした演劇作品といえば、『ピーターパン』。1954年のブロードウェイ公演において、舞台飛行演出のスペシャリストであるポーター・フォイが考案した『フライング』技術により、空を飛ぶピーターパンが誕生しました。ちなみに、歌舞伎には「フライング」と同じような「宙乗り」という演出があり、その期限はなんと1700年にまで遡るそうです。俗に「ふあふあ」とも呼ばれる「宙乗り」は、幽霊のような非現実的なものを表現するのに使われています。
危険と隣り合わせ?技術と努力で成り立つ「フライング」
「フライング」は観客の目線からは美しく幻想的ですが、演じている俳優には技術的な困難と危険が伴います。「フライング」は体にハーネスを装着してワイヤーで吊るされるため、物理の法則に従うと、体を一直線にするのは困難。回転やワイヤーのスピードの変化が加わると、見栄えの良い姿勢を保つには腰と腹筋の力が必要になるのです。フライングに臨む俳優は、体力づくりが欠かせません。
また、正しく実施できる技術・条件が揃わないと怪我や命の危険につながります。9代目ピーターパンを務めた女優の唯月ふうかさんは、2016年の『ピーターパン』の舞台稽古中にフライングの姿勢から逆さまに落下し、骨折の大怪我を負いました。「フライング」の美しさは俳優の強靭な体力と、危険と隣り合わせの中での努力で成り立っているのです。
「フライング」が作品にもたらす3つの効果
登場人物が空を飛ぶ「フライング」は、演劇・ミュージカルにおいて物語を盛り上げる3つの効果をもたらします。1つめは、空を飛ぶ架空のキャラクターを現実の舞台に創り出すため。ピーターパンのような空を飛ぶイメージが強いキャラクターが実際に舞台の上を飛ぶと、リアリティがあって感動が増しますよね。
2つめは登場人物の感情を表現し、観客を舞台に引き込む効果。代表的な例として、堂本光一さんのフライングシーンが有名な『Endless SHOCK』が挙げられます。ショーパフォーマーのコウイチが見せる「フライング」は、場面ごとに異なる感情が込められています。1幕の「フライング」は、舞台を楽しむように客席の上を優雅に旋回。2幕のワイヤーなしのリボンフライングは、肉体と精神を研ぎ澄ました魂を削るパフォーマンス。フライングシーンは、SHOCKの世界と客席を1つにする重要な演出です。
3つめは、非現実的な世界を空中浮遊で表現するため。劇団四季の『リトル・マーメイド』では、人魚たちが泳ぐシーンにコンピューターで操作する最新のフライング技術が効果的に使われています。ゆらゆらと体を動かしてしなやかに泳ぐ俳優の姿は、立体的で本当に人魚が泳いでいるようです。
演劇・ミュージカル作品に使われる「フライング」は、観客に幻想的な感動を与えます。俳優はその感動を与えるために厳しいトレーニングを重ね、細心の注意を払いながらパフォーマンスしているのです。夢のような美しさとナマモノならではの緊張感が味わえる「フライング」。ぜひとも劇場の客席から体感したいものですね。