笑いと恐怖の入り混じる怪作『こどもの一生』。1990年から上演が始まり、2022年版に設定をアップデートして生まれ変わりました。現代社会でも大きな社会問題となっているストレスから解放されるため、島で10歳の「こども」として過ごす登場人物たちの行く末とは…?(2022年4月・東京芸術劇場 プレイハウス)※以降、ネタバレを含みます
心の療養生活が、大きな恐怖体験に…
自己中心的な製薬会社の社長・三友にこき使われている秘書・柿沼、デジタル庁に勤務しながら大きな強迫観念に襲われている藤堂、コールセンターで働きながら万引きやスリが辞められない淳子、地下アイドルなのに自分の名前がサインできなくなった亜美。それぞれがストレスという共通の課題を抱え、孤島のクリニックで10歳の「こども」に戻るという治療を受けることに。
催眠によって自らを「こども」だと思い込む彼らに、院長・木崎と看護師長・井手はどんな行動も否定せず、思うがままに過ごすよう促します。力・暴力によって場を支配しようとする三友。困った藤堂らは空想の“山田のおじさん”という人物の話で盛り上がり、仲間はずれにすることで三友に対抗しようとします。しかし、彼らが語っていた通りの特徴を持つ“山田のおじさん”が目の前に現れたことで、物語は一気に恐怖劇へと急展開していきます。
怪演に目が離せない?!“山田のおじさん”のROLLYが怖すぎる
本作を観終わって誰もが口にするのが、「山田のおじさんが怖すぎる」の一言ではないでしょうか。「ちょっとよろしいでしょうかぁ?」を口癖に、何とも言えない表情で迫ってくる姿は、夢に出てきそうな不気味さ。恐怖の具現化のような存在を、ROLLYさんが見事に表現しています。ストレスの果てにこんな人物が待っているのだとしたら、もっと自分を大切に、心穏やかに過ごそうと反省してしまうほどです。
その他の出演は、今井朋彦さん、丸山智己さん、田畑智子さん、川島海荷さん、朝夏まなとさん、升毅さんと誰もが一度は目にしたことのある豪華なキャスト陣。それぞれの質の高い演技力で構成された作品だからこそ、惹き込まれ、恐怖心に駆られるのでしょう。そして本作で舞台初主演となる松島聡さん。ご自身の誠実さ、チャーミングさが柿沼を通して伝わってくる一方で、二重人格という難しい役どころも自然に演じ分けています。またキャストたちと織りなすダンス表現では、松島さんの美しくキレのある動きが作品に彩りを加えています。
「ある」と「ない」の狭間にあるもの
本作では登場人物たちの幻覚・恐怖の対象として山田のおじさんが現れます。柿沼が気づいたことで、様々な悲劇は幻覚だったと分かりますが、なぜか三友だけ山田のおじさんに襲われたまま、回復しない。その答えは回収されません。現実と幻覚の間に何かが起こったのか、そもそも三友とは現実だったのか…。多様な解釈ができそうです。ある俳優が「演劇は対話を生み出すものであり、答えを与えるものではない」と話していたことを思い出し、本作をどう捉えたのか、様々な人の声を聞いてみたいと感じました。公式HPはこちら
八乙女光さんが病気療養のため降板、松島聡さんが代役となった本作。八乙女さんが演じる柿沼は、また違う柿沼なのでしょう。いつか観られる日が来ることを願っています。