長年、ブロードウェイで愛された名作ミュージカル『The Fantastics』。日本でもこれまでに上演されてきた作品が、この秋、久しぶりに上演されることになりました。誰もが経験する人生の物語。名作のあらすじや注目の出演者についてご紹介します。
オフブロードウェイで42年のロングラン記録を持つ名作ミュージカル新演出に期待!
ミュージカル『The Fantastics』の初演は1960年。ニューヨークのこじんまりとした劇場で、音楽もセットも衣装もシンプルに、低予算で作られた作品でした。華やかで大掛かりな装置が魅力のいわゆるブロードウェイミュージカルとは対照的。それでも、演劇的な面白さや、子供から大人までもが共感できるストーリーの人気は根強く、2002年までの42年間、オフブロードウェイであることにこだわって上演を続けました。総公演回数17162回という記録はアメリカでのミュージカルロングランの最長記録。長く愛されたオフブロードウェイミュージカルの代表作です。
この作品はニューヨークのほか、これまでに世界67か国以上で上演されてきました。日本での初演は1967年。演劇賞の名前にもなっている、菊田一夫氏が手掛けました。その後も、宝田明版(1971年他)、宮本亞門版(2003年他)など、日本でも何度も上演が重ねられてきた作品です。
そんな名作ミュージカル『The Fantastics』が10月に新演出版で上演されます。演出は東宝ミュージカルの次世代を担う演出家、上田一豪さん。『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』のような名作から新作『四月は君の嘘』まで、絶え間なく作品演出を手掛けています。この作品でも、名作に新しい風を吹かせてくれるはず。発表された配役からもすでに新演出の予感を感じさせ、これはきっと面白くなる!と期待が高まります。
クラシックな戯曲のエッセンスを織り交ぜた、若き恋人たちと大人たちの物語
『The Fantastics』の出演者はたった8名。少人数ながら個性豊かな役者たちが、ミュージカルナンバーや軽妙な台詞の掛け合いで物語を進めます。
隣同士に住んでいる若き恋人、マットとルイーザ。将来を誓い合うふたりは、それぞれの父親たちが仲違いをして両家の間に壁を築いてしまっても、その壁越しに語り合い、仲睦まじく過ごしていました。そこへ訪れる怪しげな流れ者のエル・ガヨ、俳優のヘンリー、旅芸人のモーティマー。彼らの企みや父親たちの企みが、少しずつ思いがけない方向へと掛け違えていき、恋人たちの関係も少しずつ変化していきます。恋人たちの物語は、果たしてハッピーエンドに収まるのでしょうか・・・。
この物語には、フランスのコメディ・フランセーズで上演された恋物語や、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』『真夏の夜の夢』のエッセンスが織り交ぜられています。勘違いやタイミングのずれによってもつれてしまう恋人たち。計画したことがうまく運ばずに裏目に出てしまう大人たち。そんな可笑しな人間たちの物語を、ピアノとベース、ドラム・パーカッション、ハープというシンプルな音楽とミュージカルナンバーが彩ります。
「実力のある若手×盤石なベテラン×お笑い芸人」という最強の布陣に期待大!
この新演出版で注目したいのは、個性豊かな役を演じる8人の俳優陣。マット役は『刀剣乱舞』シリーズで人気と実力を磨いてきた岡宮来夢さん、ルイーザ役はデビュー作『アニー』から伸びやかな歌声で魅了する豊原江理佳さんが演じます。
注目の若手俳優が演じるみずみずしい恋人たちに茶々を入れる大人たちも充実したキャスティング。経験の長い舞台俳優とお笑い芸人という2つのペアが、舞台に一層の親しみやすさを感じさせてくれそうです。まずは恋人たちの父親ペア。ルイーザの父・ベロミー役にはミュージカルで大活躍の今拓哉さん、マットの父・ハックルビー役には『レ・ミゼラブル』出演もすっかり板に付いた斎藤司さん(トレンディエンジェル)。我が子の幸せを想う者同士、愛ある掛け合いが楽しみなペアです。
また、父親たちの計画によって登場する俳優たちには、ヘンリー役に巨匠、蜷川幸雄氏やジョン・ケアード氏からも高く評価される青山達三さん、旅芸人モーティマー役に本作がミュージカル初出演となる山根良顕さん(アンガールズ)が出演。ストレートプレイの重鎮である青山さんと、独特の脱力感を醸し出す山根さんの化学反応が楽しみな俳優ペアです。
重要人物エル・ガヨ役は愛月ひかる!作品らしさを象徴するミュート役にも注目!
さらにこの新演出を盛り上げるに違いないのが、物語のナレーター的存在のエル・ガヨ。これまで男性が演じることの多かったエル・ガヨ役を、元宝塚歌劇団の愛月ひかるさんが演じます。退団後、初めてのミュージカル出演となる愛月さんですが、男役スター時代にはかっこいい役から悪役まで幅広い演技に定評がありました。特に鮮烈な印象を残したのは、『エリザベート』のルキーニや『ロミオとジュリエット』の死の役など。ストーリーをかき乱す凄みのある男性や超人的な存在を演じてきたからこそ、愛月さんにしかできないエル・ガヨとして、作品の新境地を切り開くのではないでしょうか。
この作品にはもうひとつ特徴的なミュート(黙者)という役があります。これまでの演出では、このミュートが演劇的な装置として大活躍。シンプルな舞台上で小道具をお膳立てしたり、時には自ら大道具のような存在になってみたりしながら、人間関係を俯瞰して見つめる役割を果たしていました。今回、このミュート役を務めるのは俳優でダンサーの植田崇幸さん。幅広い身体表現を突き詰める植田さんが演じるミュートが、どのような動きで物語に関わっていくのかにも注目です。
ミュージカル『The Fantastics』は東京・日比谷のシアタークリエにて、2022年10月23日(日)から11月14日(月)まで上演されます。
8月13日(土)よりチケットの一般前売開始です。詳しくはこちら。
オフブロードウェイの作品は、ゆくゆくはブロードウェイでの上演を目指しているものが多いなか、どんなに人気が出ても、最後までオフブロードウェイにこだわったこの作品。小劇場の良さである演者と観客の近さ、反応の掛け合いが楽しい、生の舞台の観劇体験が味わえることも多くの人に愛される理由なのだと思います。 配信でも観られる作品が増えている今だからこそ、『The Fantastics』という作品は、劇場空間の楽しさを感じさせてくれるのではないかと思います。