『レ・ミゼラブル』や『エリザベート』などと並ぶ名作『ミス・サイゴン』。「命をあげよう」「世界が終わる夜のように」のほか、コンサートで聞く機会も多い楽曲が満載のミュージカルです。2022年は日本初演30周年なのですが、筆者は今回が初めての観劇。そんな初めての目線からの『ミス・サイゴン』観劇レポートをお届けします。(2022年8月・帝国劇場)※ネタバレ有り

ベースになったのは名作オペラ『蝶々夫人』

『ミス・サイゴン』は、ベトナム戦争末期のサイゴン(現在のホーチミン)で、アメリカ兵のクリスと家族を亡くしたベトナムの少女キムが出会ったことから始まる、愛と苦悩と喪失の物語。

ストーリーのベースになったのは、日本の長崎に住む芸者の蝶々さんとアメリカ兵のピンカートンの愛と悲劇を描いたジャコモ・プッチーニの名作オペラ『蝶々夫人』。異国感で育まれた愛、望まぬ別離、離れていても愛を信じ続ける姿など『ミス・サイゴン』の作中にたくさんの要素が含まれています。

飄々とした中に見えてくる、エンジニアの内面

サイゴンの街で「ドリームランド」という売春宿を営むエンジニア。観劇前には、自身の「アメリカに行く」という夢のためならば何でもする男という印象が強くありました。今回筆者が拝見したのは、東山義久さんが演じるエンジニア。観劇前の印象通りの面もありましたが、タムと初めて対面した際に発した「なんてきれいな子なんだ」には、フランスとベトナムの血が流れるエンジニアと同じ境遇を持つタムへの慈しみも感じられました。

そして、エンジニアの一番の見せ場「アメリカン・ドリーム」。自由の女神像の顔面を模した巨大なオブジェ、キャデラックが舞台上に登場する非常に華やかなシーンの1つです。曲中にダンサーが多数登場する中、エンジニアはダンサーに向かって「お前たちのボスは誰だ?」と問い、華やかなステージを見渡して「これぜーんぶ俺の物だ!ハハハ!!」と高笑い。一見すると欲深いようにも見えますが、曲中でも語られるような不遇な幼少期をすごしたエンジニアが夢見た「幸せ」が「アメリカン・ドリーム」で表現された世界なのではないでしょうか。本編でエンジニアについて深く掘り下げられることはありませんが、彼の抱える悲しみや闇が垣間見えたような気がしました。

痛切に表現された「分断」と、舞台上に現われるヘリコプター

サイゴン陥落により避難命令が出たクリスは、キムをアメリカに連れ帰ろうとし、キムもクリスの元へ行こうとしますが、2人の間を1枚の金網が阻みます。アメリカ大使館の前にいるキムの周りには、同じような境遇の人だかりができているのですが、大使館側は金網を固く閉ざします。

やがて、大使館の屋根にアメリカ軍のヘリコプターが接近。駐留しているアメリカ人たちをどんどん詰め込んでいきます。クリスは最後までキムを探し続けましたが、ジョンに強引に引き寄せられ、ヘリコプターは大使館を離れていきます。

金網の前は、見捨てられた事実に絶叫する人たちであふれ、キムとクリスの別れとともに、アメリカ・ベトナムの人々の心を傷つけた「無情の分断」の実態を観客の目に焼き付けました。

このシーンで登場するのは極めて本物に近いヘリコプター。座席に座っていても感じる地響きとプロペラが回転する爆音、客席天井に設置された照明が光り、今目の前にヘリコプターがいることをほうふつとさせます。

さらにヘリコプターはオブジェのようにその場に留まるだけでなく、人が乗り込み、飛行も再現。目の前で繰り広げられるリアルな光景に「分断」の絶望が痛いほどに伝わってきました。

ミュージカル『ミス・サイゴン』は9月19日まで梅田芸術劇場メインホールにて上演予定。作品の詳細は公式HPをご確認ください。

戦争を扱った作品は数多くありますが、『ミス・サイゴン』は直接的に描くのではなく、それによって起きうる悲劇を描いています。知っておきたいことだけど、直接的な表現が苦手という方にはおすすめの作品です。