日本の劇作家の新作を届ける新国立劇場のシリーズ企画「未来につなぐもの」。第一弾としてお届けするのが『私の1ヶ月』。2019年〜2021年にかけて行われた、劇作家のためのワークショップを経て、様々なアプローチから作られた本作。3つの空間の芝居が同時進行で行われる作品なのだとか…?!
2年かけて綿密に練られた脚本がついに上演へ
「劇作家の劇場」と呼ばれている、イギリス・ロンドンのロイヤルコート劇場。ロイヤルコート劇場は、世界中で若い劇作家のための国際的ワークショップを行っており、2019年に日本に初上陸。新国立劇場とタッグを組んで開催されました。
ワークショップは、ロイヤルコート劇場からアソシエイトディレクター・文芸マネージャー・劇作家が来日して行われ、14名の劇作家たちが参加しました。
2019年5月から2021年2月までという2年近い期間をかけ、3段階のフェーズに分かれて、ワークショップ・ディスカッション・推敲を実施。最終フェーズでは演出家、俳優も参加してリーディングが行われました。様々なアプローチをしながら創作され、今回新国立劇場で上演することとなったのが、須貝英さんの脚本『私の一ヶ月』です。
須貝さんは、演劇サークル「Mo’xtra」を主宰しており、現在、俳優・脚本家・演出家・ワークショップ講師として活動しています。2009年に、北区王子小劇場主催佐藤佐吉賞で最優秀主演男優賞を受賞。また、脚本を担当した映画『カラオケの夜』が門真国際映画祭2019にて映画部門最優秀作品賞を受賞しています。
演出は、注目の若手演出家・稲葉賀恵さんが務めます。 稲葉さんは、文学座の座員で、主な演出作品に、『野鴨』(2016年)『川を渡る夏』(2017年)『ブルーストッキングの女たち』(2019年)『熱海殺人事件』(2021年)があります。新国立劇場では、2018年に『誤解』という作品で演出を務めました。
刺激的な創作の場となった2年に及ぶ劇作家ワークショップ
元々は上演を前提としていなかったため、「実験的な書き方に挑戦することができた」と須貝さん。第1フェーズは、メンバーが互いを知り合うための時間で、ロイヤルコートの講師の方々からノウハウを学んだり、課題の戯曲について議論し合います。
参加者が第一稿を書き終えたところで、第2フェーズへと移行しました。須貝さんは、「参加者から聞いていた話と出てきた戯曲を照らし合わせて考えることができ、“なるほどこういう形になるのか”“こんな表現になるとは意外だ”など発見の連続でした」と語っています。
作品について十分な意見交換をしたうえで、戯曲を推敲する第3フェーズへ。個々の作家が意見交換で出た何を採用し、何を変えなかったのか、その「選択」を知れたことも貴重な経験で、人によってはほとんど変えなかったり、逆に一から書き直した方もいたそう!この経験を経て須貝さんは「作家自身が考え抜いて選んだことは全て正解だと思えるようになった」と話します。
最終的には第三稿まで重ね、演出家と俳優がリーディングをし、全員でディスカッション。「演出家や俳優の立場からの意見は、作家の視点とは全く違う建設的なもので、戯曲に対するフラットな意見交換の機会は普段の作品づくりでも持つべきだと確信しました」と、今後の稽古場での創作にも意欲的な様子が伺えました。
同時に進む3つの時空!人物同士の関係が物語のキーに。
初日の稽古映像では、演出の稲葉さんが「遺された者たちが、死者を思ってどうやって生きようかという目線が凄く凛々しい作品。もう今はいない死者を巡って、きちんと繋がりがある人々の関係性。(死者が)不在ではないということを大事にしていきたい」と話しており、作品の内容について更に明かされるところがありました。
『私の一ヶ月』は3つの空間で物事が進んでいきます。2005年11月、とある地方の家の和室で日記を書いている泉。2005年9月、両親の経営する地方のコンビニで毎日買い物をする拓馬。そして2021年9月、都内の大学図書館の閉架書庫でアルバイトを始めた明結。
時間も場所も違うところにいるそれぞれの人物たち。やがて、3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていくと、それぞれが拓馬の選んだ辛い選択に贖いを抱えていたのでした…。
本作は、3つの空間の芝居が同時並行に進むということで、台本も通常のものとは違った特殊な形をしています。水面下で物事が深く静かに進行していくのも本作の特徴です。
稽古映像の最後に映る読み合わせでは、俳優が方言を話す様子も。脚本の須貝さんが本格的に方言で脚本を書くのは今回が初めてだそう!
方言での会話や、3つの空間で進行していくという特殊な作品を作り上げるのは、6人の出演者です。
出演者には、劇団ナイロン100℃の劇団員で、阿佐ヶ谷スパイダースのメンバーの村岡希美さん。NODA・MAP『贋作・罪と罰』『キル』ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの演出作品に多数出演する演技巧者。
映画『ソロモンの偽証』(2015年)でデビューし、第39回日本アカデミー賞新人俳優賞など数多くの賞を受賞。NHKテレビドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2019年)での主演や、NHK大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)では、主人公の妹・てい役を務めるなど目覚ましい活躍をしている、藤野涼子さん。
早稲田「新」劇場で俳優活動を始め、『十二人の怒れる男』(2010年)、『日本人のへそ』(2011年)など様々なプロデュース公演に出演。近年はテレビドラマなど映像作品に多く出演し幅広く活躍している久保酎吉さん。
文学座所属の俳優のつかもと景子さん。声優として、「もののけ姫」や「猫の恩返し」をはじめとするジブリ作品で数々の吹替えを担当。本作でも演出を務める稲葉賀恵さんの、ワールドシアターラボ『サイプラス・アヴェニュー』(2022年)に出演していました。
劇団ままごと、ナイロン100℃に所属。マームとジプシー『Kと真夜中のほとりで』、範宙遊泳『うまれてないからまだしねない』、サンプル『蒲団と達磨』、ロロ『いつ高シリーズ』など現代演劇の気鋭の演出家の作品に多数出演している大石将弘さん。
1995年、映画初主演作『渚のシンドバッド』が話題になった岡田義徳さん。映画『神様のカルテ』、『アイアムアヒーロー』、『今日も嫌がらせ弁当』、ドラマ『木更津キャッツアイ』、NHK大河ドラマ『篤姫』、『八重の桜』など数多くの映画やドラマに出演しています。
複雑な構成の本作を、6名の俳優たちが濃密に紡いでいきます。舞台『私の1ヶ月』は、新国立劇場小劇場で11月2日(水)〜11月20日(日)で上演です。公式HPはこちら。
通常とは異なる台本の作りや、稽古初日の動画を拝見して、どのような作品になるのかとより興味が湧きました。今後も新作を生み出すためのこのような企画が続くといいなと思います。