11月18日(金)に紀伊國屋ホールで幕を開ける舞台『管理人/THE CARETAKER』。20世紀の演劇界に大きな影響を与えた劇作家のハロルド・ピンターの作品です。気鋭の演出家・小川絵梨子さんが演出を務め、イッセー尾形さん、木村達成さん、入野自由さんという布陣で不条理演劇の最高峰へと挑みます。
自分の居場所を巡っての三者の攻防を描く
『管理人』は、ノーベル文学賞受賞のイギリスの劇作家ハロルド・ピンターが1959年に発表、1960年に上演。ピンターは、本作で劇作家としての地位を確立するなど、代表作として名高い作品です。
不条理演劇の最高峰のひとつとして長年上演され続けてきました。
登場人物は、職を失くしたホームレス寸前の老人と、とある兄弟の3人だけ。狂気とユーモアの“ピンター・ワールド”が繰り広げられます。
舞台はロンドン西部の廃屋のような部屋。そこへ古ぼけてはいるがきちんとした身なりの青年アストン(入野自由さん)と脚を引きずる宿無し老人デーヴィス(イッセー尾形さん)がやって来ます。
デーヴィスは住み込みで働いていたレストランをクビになったところ、偶然知り合ったアストンの厚意でこの部屋に連れてきてもらい、居候することになったのでした。
しかし翌朝、いきなり現れたアストンの弟ミック(木村達成さん)に不審者扱いされ、激しく責め立てられてしまいます。切れ者のミックと無口で謎めいたアストン。彼らはそれぞれ、この家の「管理人」にならないかとデーヴィスに提案してくるのですが…。
『管理人』の戯曲冒頭のト書きには、「部屋は大量の廃品で溢れかえっている」という描写があるそう。そんな部屋に、ガラクタを拾い集めてくる男(アストン)と、部屋からガラクタを処分したい男(ミック)と、この部屋へガラクタ同様に拾われてきた男(デーヴィス)が集まります。
自分の居場所を巡っての駆け引きや闘争が、延々と容赦なく繰り広げられる本作。70年経った現代社会に通じる普遍的な問題が描かれています。
本作の演出を務めるのは、気鋭の演出家・小川絵梨子さん。小川さんは、2018年9月から新国立劇場の演劇芸術監督を務めており、10月に上演された『レオポルト・シュタット』でも演出を担当されました。人間の存在の脆さとたくましさが表裏一体となって描かれる、不条理劇の最高峰に挑みます。
出演者には、デーヴィス役に、「一人芝居」の第一人者として国内外で高い評価を得ているイッセー尾形さん。イッセーさんは、20歳頃、ハロルド・ピンターの『ダム・ウェイター』に出演したことがあるそうです。
ミックを演じるのは、『四月は君の嘘』や『血の婚礼』、来年には『マチルダ』への出演が決まっているなど、ミュージカルをはじめ多くの舞台作品に引っ張りだこの木村達成さん。
そして、声優として多くの映画やアニメでキャラクターを演じ、舞台『シンデレラストーリー』やミュージカル『ボディガード』など舞台作品でも幅広く活躍する、入野自由さんがアストン役を演じます。
人の存在についての疑問を投げかける、不条理演劇の魅力とは
ハロルド・ピンターは、20世紀後半を代表する不条理演劇の大家と評された劇作家です。ピンターポーズと呼ばれる、特有の“間”を多用し、人間をめぐる不条理を恐怖とユーモアのうちに描く独特の作風は「ピンタレスク」と名付けられ、英和辞典にも記載されているほど。
不条理演劇は、第二次世界大戦後の1950年代に発祥され、フランスの劇作家に多く見られる手法でした。第二次世界大戦での、多くの命と土地の喪失体験、神に祈っても戦争が終わらなかったという経験から、キリスト教の教えを含む様々な規範への疑いを抱くようになり、生まれた作風です。
代表的な作家として、『ゴドーを待ちながら』のサミュエル・ベケットや、『カリギュラ』のアルベール・カミュ、そして本作のハロルド・ピンターがいます。50年代後半には世界的な運動となり、日本でも、別役実さんをはじめ多くの作家たちに影響を与えました。
「不条理演劇」とは、生と死、人生の不合理性や無意味さ、人が生きることの不毛さなど、人の存在そのものを問うている演劇です。戯曲の書き方や、物語性、美術においても、従来の演劇作品とは異なります。
従来の演劇作品では、登場人物たちは状況の変化を求めて行動します。そして、その行動の結果、状況が打開されたり、悲劇的な結末を迎えるなど、行動の動機と行動と結果の因果関係が明確に描かれます。
対して不条理演劇は、登場人物たちの行動と結果の因果関係が切り離されたり、曖昧なまま描かれたりと、物語性を伴わずに進行していきます。登場人物たちは、自身の置かれた状況に対して打開策がないため、とりとめもない会話や不毛な行動をとり、状況は一層閉塞感を増すという作品が多くみられます。
『管理人』も、登場人物が何者で、どのような人生を送ってきたのか、ピンターははっきりと提示してくれず、全てが曖昧なまま描かれています。
また、言語によるコミュニケーションそのものの不毛性にも着目し、言葉に囚われすぎないように、言葉を切りつめて戯曲が書かれることも。舞台装置や小道具を、登場人物の心理的状況を象徴するものとして扱うことも多く見られます。このような手法で人間存在の不毛さを描きながらも、詩的で、時にコミカルな世界が描かれます。
「不条理演劇」と聞くと、普段聞き慣れない言葉で「難しそう」と思ってしまうかもしれませんが、「舞台『管理人/THE CARETAKER』を観ると、あなたも不条理演劇が分かります」とイッセー尾形さんが仰るように、身構えすぎずに是非観劇してみてください!
舞台『管理人/THE CARETAKER』は11月18日(金)〜29日(火)東京・紀伊國屋ホールで上演です。その後、12月3日(土)・4日(日)に、兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールにて上演予定です。詳しくはこちらから。
『管理人』と同じく不条理演劇作品の『ゴドーを待ちながら』を観劇したことがあります。不条理演劇の楽しさは分からないこと、理解できないことも楽しんでしまうことだと思うので、ぜひ、分からなさを楽しんでください!