2018年のトニー賞授賞式で10部門を独占したミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』。2023年2月に日本初上陸を控えた本作の製作発表の様子をお届けします。作品内容について詳しくはこちらの記事から。
不思議な癒しの力を持った唯一無二のミュージカル
ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』は、2018年、米演劇界の最高名誉であるトニー賞でノミネートされた11部門のうち、作品賞を含む10部門を独占しました。イスラエルに演奏旅行に来たエジプトの音楽隊が道に迷い、地元のイスラエル人と音楽を通して交流をする。シンプルな物語の中に、ユーモラスな芝居、オリエンタルな音楽、叙情的な空気が流れ、人々を魅了してきました。
そんな話題作ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』がついに日本上陸!製作発表に登場したのは、アレクサンドリア警察音楽隊を率いる誇り高い楽隊長、主演のトゥフィーク役の風間杜夫さん。迷子の警察音楽隊を気前よく助ける、食堂の女主人・ディナ役には濱田めぐみさんと、トランペット奏者・カーレド役の新納慎也さんが歌唱披露されました。
さらに、演出の森新太郎さんも登壇。森さんは第21回読売演劇大賞・最優秀演出家賞、第47回菊田一夫演劇賞を受賞。古典から現代劇の演出まで手がけ、近年では『パレード』や『ピーター・パン』とミュージカルの演出も務めています。
中東独特のオリエンタルな世界観が心地よい楽曲
製作発表ではまず風間さん、新納さんが物語の導入を演じ、その後新納さんによる「Haled’s Song About Love」、風間さんと濱田さんによる「Omar Sharif」が披露されました。
アラブやイスラエルのメロディーにジャズの要素が加えられたポップな楽曲たち。新納さん演じるカーレドの「Haled’s Song About Love」は、ミュージカルらしさのあるジャズナンバー。
遊び人のカーレドが、パピという若い男の子に女の人との接し方を指南する曲で、オリエンタルな他の楽曲とは毛色が違う唯一の楽曲となっています。
濱田さんの披露した「Omar Sharif」は、今までの日本のミュージカルではなかなか上演されることがなかった、独特な中東のオリエンタルな世界観。濱田さんの伸びやかな歌声と、曲調がマッチして会場全体が引き込まれました。
楽曲について、新納さんは「僕の個人的な感想ですけど」と前置きした上で、「中東の楽曲の雰囲気がとても、日本人に合うと思うんです」と話します。「ミュージカルでは聞いたことがない音色ですし、太鼓ひとつ叩いた音でも、アメリカやイギリスとは違う音だとわかる。もちろんポップな曲やリズムの曲も多いけど、ヒーリング効果のような楽曲。すごく癒されるので、音楽をぜひ体感しに劇場に足を運んでいただけたら」と語りました。
以前ミュージカル『リトル・ナイト・ミュージック』に出演した際には、「歌わなくていい、踊らなくていい」と言われたものの、いざ稽古を始めるとソンドハイム氏の難解な楽曲に取り組むことになり、騙された!と話した風間さん。今回も「歌わなくていい、踊らなくていい」と言われてオファーを受けると、踊らなくてはいいものの、濱田さんとのデュエットが。しかも、風間さんの歌う部分は歌詞が全てアラビア語なんだそう!またもや難しい挑戦となりますが「確かにアラビア語なんですが、間違えてもわからないだろうなって(笑)」とお茶目な姿を見せました。
なんでもないことが実はすごく大切で、素敵なこと。人生の中では物凄く大切な1ページになっている
本作は、映画版もミュージカル版も、「さほど遠くない昔、楽隊がエジプトからイスラエルへやってきた。あなたは聞いたことがないだろう、大したことではなかった」という字幕から始まります。
演出の森さんは、その言葉の中でも、「あなたは聞いたことがないだろう、大したことではなかった」というフレーズに着目していると話します。
本作を語るときに、皆さんの口から何度も出てきたのが、「大したことが起きない」ということ。
しかし、森さんは、「第三者からしたらちっぽけなことだけれど、登場人物の一人一人にとっては、これ以上ないくらい、とてつもない、大したことが起きている」と言います。
それは、ほんの一瞬、心と心が通い合う瞬間が訪れること。
作品の中では、音楽の力を媒介にして、お互いがお互いの心の傷を分かち合えるような、奇跡的な瞬間が訪れます。こういったささやかな出来事こそが、本当は日常生活で我々が一番待ち望んでいること、求めていることなのではないでしょうか。
また、「中東の歴史や情勢に詳しい方の中には、そんな現状認識は甘いよ、夢物語だよと思われると思う。僕も実際夢のような物語だとは思うんです」と話します。
「ただ、原作者のエラン・コリリンさんは、そんなこと全部重々承知の上で、それでも、人と人とが繋がることへの希望を描いたのではないか。その希望というのも、大きい声で高らかに歌い上げるというのではなくて、静かに囁くような声で届けたかったのではないか。その繊細さを舞台上にどう載せることが出来るかというところが今回の僕の最大の課題」と、本作の魅力でもあり、難しさでもある繊細な表現について語りました。
そして、森さんは、演出において台本を読んだ印象で、登場人物たちがひたすらに「待っている」様子から、「確実にこれは、チェーホフ劇だったり、一種の不条理劇のようなものをイメージにおいて書いているな」と思ったそう。
「ちっぽけな人間とそれを押し流して行く時間ということを、全体的に捉えられるような舞台セットにしようかなと思っています」と演出プランを明かしてくれました。
濱田さんは、本作がトニー賞を受賞した時からずっと「この演目には、どういう魅力があるんだろう」と考えていたと言います。
日本で上演することになり、「今この時代に、何が一番みなさまに喜ばれて、大切なギフトとして持ち帰っていただけるのか」と考えていたところ、森さんのコメントを受け、「なんでもないことが実はすごく大切で、素敵なこと。他の人は何も気がつかないし、何事もなかったかのようなことだけれども、当人達の経験、人生の中では物凄く大切な1ページで人生の宝物である一場面であるんだ」と腑に落ちた様子を覗かせました。
濱田さんは、それを踏まえてディナを演じるにあたり、まず一番思っていることは「自然に、素朴に、素直に、そして情熱的に」ということだと話します。ディナの色々な事に対して物怖じせずにチャレンジして行くところや、門戸を閉ざさないところには共通点を感じるそう。
「中東のオリエンタルな風を吹かせられるといいな」と、これからの稽古、そして本番に向けて濱田さんのディナがどのように出来上がるのか、上演が楽しみです。
2018年にブロードウェイで『バンズ・ヴィジット』を観たという新納さん。観劇後、あまりの素晴らしさに、即座にプロデューサーに「ぜひトランペッターの役で出させてください」と連絡したそうで、念願叶っての出演。
当時のプロデューサーが覚えていて下さって今回の日本上演かと思いきや、すっかり忘れていたようで、別のプロデューサーからオファーを頂いたという新納さんは、「いかにこの役が、日本で僕しかできないのかということを、良く分かりました」と発言し、会場を和ませました。
ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』は2023年2月7日(火)〜2月23日(木・祝)まで日生劇場で上演。その後、3月6日(月)〜8日(水)に大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、3月11日(土)〜12日(日)に愛知・刈谷市総合文化センター大ホールにて上演予定です。公式HPはこちら。
2曲聞いただけですが、本作の楽曲にとても心を掴まれました!勝手に難しい内容の作品だと思っていたのですが、真逆で、人間の根源的な喜びについて触れた素朴な作品でした。森さんの想定している演出プランのお話も面白く、上演がとても楽しみになりました。