高畑充希さんから根本宗子さんへの熱烈リクエストにより実現した、新作舞台『宝飾時計』。ファッションデザイナーの神田恵介さんが初めての演劇衣装を手がけ、劇中歌「青春の続き」を椎名林檎さんが書き下ろし。様々な観点から話題となっている本作の観劇リポートをお届けします。作品についてはこちら ※以降、ネタバレを含みます
過去と現在が交差する、時計のような円盤舞台
30歳を迎えた女優のゆりかは、自身の代表作である舞台「宝飾時計」の20周年記念コンサートで、共にトリプルキャストを務めた真理恵と杏香と再会することに。同じ作品・同じ役を務めた過去と、全く異なる人生を歩むことになった3人と周囲の人々の現在が、交差しながら演じられていきます。円盤の舞台にシンプルなセット、同じ衣装で自由に過去と現在を行き来する本作はまさに演劇の真髄。時計のようにゆっくりと回る舞台の中で発せられる役者たちの言葉について行こうと、観客の心が前のめりになるのが感じられます。
「たまには言ってくれよ、1年付き合ってて一回もわたしは好きと言われたことがないよ?」「いるよね、なんでもグループラインにする人って」「結婚して、子供ができるってのは幸せ?どんな感じ?」。根本宗子さんらしさ満載の、女性共感度の高い台詞の数々に頷き笑う1幕。
しかし徐々にゆりかの過去と現在が進んでいくにつれて、彼女の大きな悩みが明らかになっていきます。そして始まった2幕では、一見和やかな会話に見えていた1幕の言葉1つ1つが、ゆりかにとってどんな意味を持っていたか、どれほど切ない心情だったかが見えてきます。
“なぜあの時あんなことを言ってしまったのか”、“もし時間を巻き戻せるなら”。時計が進むにつれて、単純ではいられなくなっていくゆりか。大事な人を前にすると、失うことを恐れて核心を迫る会話ができない。そのすぐそばで奏でられるバイオリンは、キリキリと痛む胸の内を象徴するよう。彼女と全く同じ境遇であることはなくとも、彼女が抱える悩みや複雑性に共感する人は多いでしょう。
そしてゆりかの時の流れ、心の叫びを象徴するのが、椎名林檎さんが書き下ろした劇中歌「青春の続き」。“繊細さがだんだん増して行ってしまうしょっちゅう傷ついてしまう”“己自身のため生きるだけってもうしんどいの期待も落胆も知れている”。高畑充希さんの繊細かつ豊かな歌声が、染み込むように刺さるように空気を振動させ、胸を震わせます。
確かなキャラクター性で物語を作り上げる圧巻の役者たち
主人公の高畑充希さんはもちろんのこと、本作の全登場人物にキャラクター性があり、圧巻の演技力で過去と現在という複雑な構成の本作を作り上げていきます。ゆりかの現在の恋人・大小路を演じる成田凌さんは、優しさでコーティングされた奥にある心が読めない、掴みどころのない男を好演。冷静に考えれば“面倒でムカつくヤツ”なのに、全て許せてしまいそうな愛おしさもあって、ああこういう男に弱いんだ女性は…とゆりかに共感。
ゆりかと子役時代を共に過ごした杏香を演じる伊藤万理華さんは、宝塚入りを目指す熱心なママに後押しされ、周囲を見下すプライドの高い杏香を熱演。ライバルの子を蹴落とそうとしたり、3歳上なだけで「ババア」呼ばわりしたり、絶対に嫌なやつなのに、絶妙に無邪気で可愛らしいから憎めないのが不思議です。
真理恵を演じる小池栄子さんと、仕事の出来ないマネージャー・関を演じる後藤剛範さんのテンポの良い会話も、作品の良いスパイスに。なかなか心のうちまで踏み込めないゆりかと大小路のもどかしい会話と対照的でどこかスカッとする感覚です。全ての登場人物、セット、衣装、言葉が繊細かつ絶妙なバランスを保つ、総合芸術の極みのような作品に、圧倒され、呆然としてしまいました。
“セットを片付けていく”ことで、時間の経過を感じさせる演出も、演劇らしさを感じました。個人的には自分の名前「ゆりか」が何度も呼ばれてドキドキしてしまいました…。