2021年、4・6月には、片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さんのコンビによる上演が36年ぶりに実現し、話題になった『桜姫東文章』。今回、木ノ下歌舞伎と劇作家・演出家の岡田利規さんのコラボレーションによって現代劇として生まれ変わります。
岡田利規、初の歌舞伎現代語訳に挑む
木ノ下歌舞伎は、歴史的な文脈を踏まえつつ、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信する団体です。あらゆる視点から歌舞伎にアプローチするために、さまざまな演出家とコラボレーションして作品を上演するスタイルをとっています。
代表作に『東海道四谷怪談—通し上演—』、『隅田川』、『娘道成寺』、『義経千本桜—渡海屋・大物浦—』などがあります。
木ノ下歌舞伎の主宰・木ノ下裕一さんは、小学校3年生の時に、上方落語を聞き衝撃を受け、独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学んだそう。2006年に古典演目上演の補綴(※)・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げしました。
今回、木ノ下歌舞伎『桜姫東文章』の脚本・演出を務めるのは、演劇作家・小説家でチェルフィッチュの主宰の岡田利規さん。『三月の5日間』、『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』で数々の戯曲賞を受賞している他、『プラータナー:憑依のポートレート』では第27回読売演劇大賞選考委員特別賞を受賞しています。
※補綴(ほてつ・ほてい):既存戯曲のテキストをカットしたり、書き換えたりする再編集作業。
木ノ下歌舞伎では、毎回、公演ごとに補綴作業を行っているんだそう。
補綴台本は、全て古語(歌舞伎の言葉)で書かれてあり、そのまま歌舞伎でも上演できる台本を目指して作成します。そこからさらに、現代語訳した「上演台本」を制作します。
今回は、1817年の「桜姫東文章」初演以来約200年ぶりに、上演が途絶えていたシーンを含む全幕を一挙上演。木ノ下歌舞伎初の全編書き下ろし現代語訳戯曲ということで、補綴作業は木ノ下さんが行い、現代語訳は岡田さんが行っています。
岡田さんは、ドイツの公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品『NŌ THEATER』、『未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―』など、能の形式を使った創作や翻訳に意欲的に取り組んできました。同じく日本の伝統芸能“歌舞伎”ですが、歌舞伎戯曲の現代語訳は今回が初めて。また、木ノ下歌舞伎にとっても、戯曲全編を劇作家が書き下ろす形式の作品上演は初めての試みとなります!
キャストには、2022年に紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した成河さんと、岡田作品の『未練の幽霊と怪物』に出演した経験のある石橋静河さん。2013年頃から木ノ下歌舞伎に出演し続けている武谷公雄さん、高山のえみさん。そして、岡田作品常連の足立智充さんなど、様々なフィールドで活躍する俳優たちが一同に集結しました。
2023年にどのように現代劇として『桜姫東文章』を描くのか
『桜姫東文章』は、『東海道四谷怪談』『盟三五大切』などで知られる四代目鶴屋南北の作品です。2021年の4・6月には、片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さんのコンビによる上演が36年ぶりに実現し、話題になりました。また、2022年10月には、ルーマニアの鬼才と呼ばれる演出家シルヴィウ・プルカレーテさんが大胆翻案した舞台『スカーレット・プリンセス』が上演されました。
『桜姫東文章』の物語は、新清水寺の高僧・清玄が、若い頃に稚児・白菊丸と恋仲となり心中を図るも、自分だけ生き残ってしまうというところから始まります。
それから17年が経ち、高僧となった清玄。ある日寺に、出家を望む「桜姫」という少女が新清水寺にやってきます。桜姫は生まれつき左手が開かないことが理由で許婚者からは婚約を破棄された身の上。さらに、家宝が盗まれた挙句、父も弟も殺されたため、出家を望んでいました。
しかし清玄が念仏を唱えると不思議なことに手が開き、中から香箱が出てきます。その香箱は、17年前、白菊丸と清玄が心中するときに互いの名前を書いて交換したもので、桜姫の握っていた香箱には「清玄」の文字が記されていました。
一方、桜姫がそこで再会したのは、かつて自分を犯した盗賊・釣鐘権助でした。
権助のことが忘れられず密かに慕い続けていた上、権助の子を産んでいた桜姫。出家を翻意して桜姫と権助は再び愛し合います。そこに桜姫の家来たちが踏み込みますが、権助はそそくさと逃走。名の刻まれた香箱が残っていたために相手だと思われた清玄は、桜姫と共に破戒堕落の罪で寺から追い出されてしまいます。
桜姫こそ白菊丸の生まれ変わりだと確信した清玄でしたが、桜姫はつれなく、ついには誤って清玄を殺してしまいます。
非道な権助に女郎として売られてしまった桜姫には、夜ごと枕元に清玄の幽霊が立つという噂が立ちました。ある夜、清玄の幽霊が桜姫の前に現れ…。
主人公の桜姫と、僧の清玄、釣鐘権助の三角関係で物語が展開していきます。
桜姫は奔放な恋愛をしていて、何にも縛られない女性として描かれています。
歌舞伎の劇作の考え方でいえば、「前世の因果」がとても強い力を持ち、前世からの恋人は生まれ変わってもまた恋人なんだそう。なので、その法則に則るならば、桜姫が清玄のことを好きにならないなんてありえないのですが、それを鶴屋南北は裏切って描いています。
今回、桜姫という人物が岡田さんの演出でどういうふうに描かれていくかは、一つの大きな見どころになるでしょう。
木ノ下歌舞伎『桜姫東文章』は2月2日(木)〜2月12日(日)まで東京・あうるすぽっとにて上演です。その後、愛知、京都、新潟、福岡を周ります。上演時間は途中休憩を含み3時間15分を予定しています。公式HPはこちら。
物語の内容だけでなく、歌舞伎の形式も現代劇の形に落とし込むという岡田さん。筆者は歌舞伎に明るくないのですが、翻案された本作にとても興味が湧きました。