2023年3月、待望の日本初演を迎えたミュージカル『マチルダ』。児童小説を元にした、高い知性と豊かな想像力を持つ5歳の少女が主人公の物語です。実は筆者は“子供が主人公系ミュージカル”に苦手意識がありました。しかしミュージカル『マチルダ』には、所謂“子供が主人公系ミュージカル”のイメージを覆す、ウィットに富んだ仕掛けが詰め込まれていたのです!

可哀想で健気な子供が主人公でも、正義VS悪でもない

筆者が“子供が主人公系ミュージカル”に苦手意識を持ってしまう理由の1つとして、主人公に共感しにくい、という理由があります。自分が子供だったのは遥か昔…記憶もあやふやですし、他の作品に比べてあまりにも今の自分との共通点が探しにくいのです。しかし本作の主人公マチルダは、図書館にある本を読み尽くしているのではないかと思うほど知性が高い女の子。むしろ大人の私なんぞより冷静に物事を捉え、行動力もあります。

“本を読むなんておかしい”と言い切り、子供を愛してくれない両親を持っても、マチルダはただ悲劇的に過ごすことはしません。父親のミスター・ワームウッドのヘアオイルにヘアカラーを混ぜ、父親の髪色を真緑にしてしまったり、帽子にたっぷりと強力接着剤を付けて手渡したり、イタズラで仕返し。

「人生が不公平なら我慢より行動しなきゃ」「ただひたすら耐えていたら変わらない」と歌い、実際に行動に起こすマチルダは、“可哀想で健気な小さい女の子”ではありません。悲しい物語の主人公に対して、“なぜ書き換えずにいたの?”と疑問に思ってしまうほど、自らで運命を変えていく力を持っています。そんなマチルダに翻弄され、ジタバタ暴れ回る大人たちの方が幼稚に見えてしまうのが、本作の面白いところ。

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが手がけただけあって、本作には様々な皮肉やウィットに富んだ表現で溢れかえっています。そしてそれが単純に正義=マチルダ、悪=大人ではない点も、本作に惹かれた理由の1つ。マチルダが歌う楽曲も「NAUGHTY/ちょっと悪い子」というタイトルになっているように、彼女は意地悪な大人たちにイタズラを仕掛けるなど、正しいことだけをしているわけではありません。

マチルダが学校で立ち向かう相手となるミス・トランチブル校長も、恐怖で子供たちを支配しようとする点では“悪”ですが、元オリンピックのハンマー投げ選手で、規則を徹底的に守ったからこそ成功を勝ち得た経験があります。だからこそ規則を大切にし、例外はないと主張する。それが良いか悪いかは別にして、彼女はその環境の中で育ってきていて、彼女の中にも正義があるのです。

また、マチルダの両親は子供を愛さない大人として描かれますが、自分の子供こそが“奇跡”だと言う大人に対しても、冒頭の楽曲「奇跡」にて、“それなら奇跡はそこら中に溢れていることになる”と皮肉ります。キャラクター1人1人にそれぞれの育ってきた環境で培われた価値観があり、“正義と悪”で単純に分けることができない。だからこそマチルダは「誰も動いてくれない」「変えられるのは自分だけ」と行動を起こしていく。それが本作に共感できるポイントであり、大きな魅力であると感じました。

思わず鳥肌が立つほどの歌唱力で圧倒!

イギリスで大ヒットとなったミュージカル『マチルダ』。気になるのは音楽の魅力をいかに表現できるカンパニーかどうかですが、この点も本作は見事でした。まずマチルダ役はクワトロキャストで演じられており、筆者は嘉村咲良さんと寺田美蘭さんの回を観劇しましたが、2人とも高い歌唱力と凄まじいセリフ量を淡々とこなす姿が、マチルダそのもの。

さらにラストの大きな見せ場のシーンでブルース役の堀蒼寿さん(クワトロキャスト)が歌い上げる場面では、足元からブワーッと鳥肌が立ち、思わず身震いしてしまったほど。気づいたら涙が溢れていました。

ミス・ハニーを演じる咲妃みゆさんは、ハニーの弱さと優しさを繊細に表現。一方、昆夏美さんのハニーには可愛らしさと芯の強さが見え、神秘的な歌声を響かせます。子供たちが大人になった自分を夢見て歌う「WHEN I GROW UP/いつか」では、ハニーは“子供の頃描いた大人になっているか”を想いながら歌いますが、彼女の切なさ、自分を情けないと責める姿には共感せずにはいられません。

ミス・トランチブル校長は元ハンマー投げ選手という役柄のため、本国でも男性が演じていますが、筆者が観劇した小野田龍之介さんは可愛らしさと恐ろしさの両方を兼ね備えたトランチブルを見事に表現!リボンでキレキレに踊る小野田トランチブルは愛らしさたっぷりですが、5歳のマチルダ相手に感情的に捲し立てる恐ろしさと幼稚さと言ったら!キーキー喚くトランチブルを見て、悟りの境地にまで達してしまうマチルダの達観ぶりを見習いたいものです。

マチルダの学校の友人であるラベンダーを演じる石井亜早実さんは“ちょっぴりアホで可愛いラベンダー”にしか見えず、愛らしすぎて目で追っていたところ、キレキレに踊っていてすっかり見惚れてしまいました。

ダンスシーンも多い中で耳に残る美しい楽曲たちを歌い上げるキャスト陣は、まさに日本初演にふさわしいカンパニー!また、ブランコやキックボードを使った演出や、アルファベットのブロックが積まれたようなセットなど、エンターテイメントに溢れた空間づくりも素敵な作品。ぜひ日本で数年に一度は上演されるような定番作品に育って欲しいです。

ミュージカル『マチルダ』は5月6日まで東急シアターオーブで上演中。5月28日から6月4日まで大阪公演もあります。チケットの詳細はこちら

チケットぴあ
Yurika

ABCのアルファベット順に単語を並べながら歌っていく「School Song」を日本語で訳していたことも驚きでした!翻訳には多大な苦労をされたことでしょう…!言葉1つ1つをしっかり味わいたくて、何度も通ってしまう作品です。