世界中の誰もが知るイギリスのロック・バンドのビートルズ。そんな彼らの下積み時代を描いた舞台『BACKBEAT』が、4月23日(日)より江戸川区総合文化センター 大ホールにて開幕しました。今作は1994年公開の同名の映画の舞台化。日本では2019年に初演され、好評につきこの度再演されます。初演の主要なメンバー、戸塚祥太さん、加藤和樹さん、辰巳雄大さん、JUONさん、上口耕平さんなどが続投し、彼らの熱い生演奏が再び披露されることも話題になっています。そんな舞台のプレビュー公演前のゲネプロと取材会の模様をお届けします。
舞台のテーマが濃縮されている見事なオープニング
舞台は何もない空間を額縁のようなセットで区切り、そこにスチュアート・サトクリフ(スチュ)役の戸塚祥太さんが絵を描くマイムから始まります。何かに取り憑かれた恐怖すら感じさせる引き締まった表情や絵の具を塗る真剣な仕草、時折吐き出すひび割れたうめき声には、彼の青春時代の熱い夢が託されていますが、21歳で夭折した彼の悲劇的な未来を暗示するかのような儚さと危うさがあります。
そんな彼の元にビートルズの面々が一堂に会すると、劇中のBGMとして彼らの結成初期の朗らかなカヴァーナンバーが流れ始めます。そうして観客はかつて「5人目のビートルズ」と呼ばれたスチュの歩む人生を一旦脇に置いて、世界一有名になるビートルズの産声に歓声を上げ、興奮するに違いありません。スチュの運命とビートルズの輝かしい未来が光と闇のように対比されながら、物語がテンポよく進み、「これから何が起こるのか」と観客の期待度は高まり、たった数分で舞台に没入してしまいます。作品の物語の主題が一瞬で描かれた見事なオープニング。
その後、スチュ、ジョン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、ピート・ベストが、ドイツ・ハンブルクの『Indra Club』で劣悪な環境や条件のもとライブをしている様子が描かれます。それでも、彼らは湖岸不遜な態度と誰にも負けない自信だけを持ち合わせた血気盛んな若者で、明日のリトル・リチャードやチャック・ベリー、エルヴィス・プレスリーになることを夢見て奮闘し続けます。
その最中、スチュは彼のミューズとなる写真家のアストリッド・キルヒへアと出会い恋に落ちると、彼女のアドバイスで音楽よりも絵画の道へ進むことを改めて決心し、バンドも大きな転機を迎えます。観客はいつの間にか、メンバーそれぞれの「人生において輝ける何か」を探して生きる姿に自分の人生を投影しています。オープニングから華やかな仕掛けが随所に散りばめられて、観客を一時も飽きさせません。
最高のロックン・ロール・ショー!
その立役者は翻訳・演出の石丸さち子さんです。情感豊かな日本語の脚本に仕立て、ダイナミックで時にスタティックな抑揚のついた演出で目を引きます。さらに音楽監督の森大輔さんの音楽の使い方も絶妙です。そんな二人とその他のスタッフとのケミストリーは、観客の感情を知らず知らずの内に高ぶらせる刺激的な空間を作り上げることに成功しています。
それでもやはり、20数曲ある生演奏に心揺さぶられます。ステージ上にいるメンバーの演奏はタイトで音程もブレず、各楽器の鳴りのタメが効いてアタック感が強い。戸塚さんのベースと上口耕平さんのドラムのリズム隊が、加藤和樹さんやJUONさんの奏でるメロディー、辰巳雄大さんの演奏する闊達なギターソロをしっかり支え、グルーヴが感じられる音楽を届けてくれます。まさにロックン・ロールです。
さらに、ジョン役の加藤さんがリードを取る曲の艶やかな歌声に合わせて、ポール役のJUONさんが渾身の力で歌うリトル・リチャード直系の高音コーラスを聴くだけで全身がシビれます。これぞビートルズといった趣です。そうして我々は一夜限りの最高のショーを体感します。
生演奏を豊かにするリアルなお芝居
もちろん、生演奏の魅力を余すことなく支えるお芝居も見応えがあります。スチュ役の戸塚さんは、人間の実存の抱える必然的な悲しみと壮絶な人生をお芝居やダンスで饒舌に肉感的に表現していました。
ひたすら毒を吐きまくる皮肉屋のジョン役の加藤さんは、子憎たらしいのに、どこか憎めないクールさと愛嬌のある卓抜な演技。今作はスチュとジョンの友情物語でもありますが、二人の生々しい息遣いのするお芝居が絡み合うと、魅惑的な感情が行き交い、「友情」の本質には「愛」があることが垣間見えます。
ポール役のJUONさんは、ジョンとは正反対の明るく屈託のない性格で、バンドの成功のためにはなんでもやろうとする傍若無人な若さを爆発させたお芝居が圧巻です。
ジョージ役の辰巳さんは、元気一杯でユーモアが溢れる性格なのに、どこか静かにメンバーを見守る繊細な演技が見事でした。
ピート役の上口さんは、すぐに暴走してしまうジョンやポール達を戒めるお兄さん的な役割を担いながら、スチュと同様にビートルズの華やかな歴史から消えていく寂しさを感じさせるお芝居が美しかった。
さらに、アストリッド役の愛加あゆさんは愛に殉じた女性の生き様を献身的に清々しく演じて観客の胸を打ちます。エルヴィスやブルーノ・コシュミダー役の尾藤イサオさんのお芝居や歌には迫力とリアリティがありました。それ以外にも、どの俳優を観ても共感できるし、俳優陣の台詞回しや所作に隙がなく、カンパニーのチームワークの高さが伺えます。
この舞台は、ビートルズだけでなく、彼らを取り巻く時代の歴史物としても興味深いです。一方で、多感な青春期の現実と理想の狭間で揺れ動きながら「今、この瞬間」を懸命に生きる若者達の青春群像劇にもなっています。そのため、いつの時代でも、どの世界にもいる若者達の喜びや、怒りや、悲しみ、孤独な魂の叫びを代弁しつつ、観客の人生そのものに寄り添ってくれる壮大で優しいバイブスに満ちた作品にも仕上がっています。
4年ぶりの再演で思うこと
公開ゲネプロの前に行われた取材会では、戸塚祥太さん、加藤和樹さん、辰巳雄大さん、JUONさん、上口耕平さん、愛加あゆさん、尾藤イサオさんが登壇しました。
4年ぶりとなる再演について、戸塚さんは「再演が決まった時、今作は僕の人生において大切な舞台だと改めて思いました」と述べると、加藤さんは「この座組でしか集まらない奇跡のメンバーだと思うので、どの公演も大切に命をかけて頑張りたいです」と意気込みました。
初演との違いについて、辰巳さんは「4年前の『BACKBEAT』よりもドライブ感のある作品になったと実感しています」と述べると、JUONさんは「バンドの演奏もさらにレベルアップしたと思います」と語り、上口さんは「みんな成長して大人になった気もしたのですが、音を合わせるとあっという間にみんなで初めて演奏の練習をした頃のまるで青春時代に戻った気がして感動しました」と語りました。
稽古を振り返り、尾藤さんは「ビートルズのメンバーを演じるみなさんが稽古でぶつかり合う姿を見ると、僕も頑張ってみんなと千秋楽まで怪我なく過ごしたいと思いました」と述べ、愛加さんは「稽古場では色々なシーンでご一緒するスチュ役の戸塚さんがアドバイスをしてくれて頼もしかったし、みんなに負けまいと自分の役に近づくために、人生で初めて金髪ショートヘアにしました」と今作に賭ける並々ならぬ想いを語りました。
最後にカンパニーを代表して戸塚さんは「初演から時を経て、熟成されながらも、瑞々しくもある作品になったと思います。僕達の奏でる新しいサウンドと、スピード感のあるお芝居をぜひ劇場で見届けてください」と挨拶し、取材会を締め括りました。
舞台『BACKBEAT』は、プレビュー公演として2023年4月23日(日) 江戸川区総合文化センター 大ホールにて上演。その後、4月28日(金)~5月3日(水・祝) 兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールにて公演。さらに5月6日(土)~5月7日(日) 熊本・市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)大ホール、5月20日(土)~5月21日(日) 大阪・枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホールにて上演。そして再び東京に戻り、5月24日(水)~5月31日(水) 東京建物 Brillia HALLにて上演します。詳細は公式HPをご確認ください。
ビートルズを知らない方も、詳しく知っている方でも、結成当時の彼らを描いた本作は、普遍的なお話に昇華されているので感情移入できます。筆者としては『The Beatles (White Album)』というアルバムが好きなので、中期から後期にかけてのビートルズのお話もいつか舞台化されたら嬉しいと思いました。