12月9日から日生劇場で開幕したミュージカル『ベートーヴェン』。音楽の天才ベートーヴェンが「不滅の恋人」に宛てた手紙からインスピレーションを受けた物語で、ミヒャエル・クンツェさんとシルヴェスター・リーヴァイさんが手掛けた最新作です。ベートーヴェンの数々の名曲と共に、彼の孤独と愛に迫っていきます。

俺の音楽に敬意を払え。荒々しくも孤高に立ち向かうベートーヴェン

舞台上に置かれた1台のグランドピアノ。バックにはベートヴェンの赤い文字と光る赤い稲妻。音楽の歴史を変えた孤高の天才ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの物語が幕を開けます。

宮廷音楽家として宮廷に仕えて生計を立てるかつての音楽家とは異なり、1人の音楽家として独立して活動した最初の音楽家とも言われるルートヴィヒ。パトロンであるキンスキー侯爵の舞踏会で演奏を行った彼は、貴族たちの高慢な態度や、かつらをつけずラフな格好で演奏するルートヴィヒへの陰口、音楽を真剣に聴こうとしない姿に憤慨し、演奏をやめて会場を出ていってしまいます。身分など関係ない、自分の音楽に敬意を払え、と貴族に刃向かう彼の怒りに満ちた姿から、音楽への強い想いとプライドを感じさせられます。

写真提供/東宝演劇部

翌日、ルートヴィヒが念願だった宮廷劇場でのコンサートが突然中止に。侯爵の弁護士フィッツオークの差し金で、侯爵の恥をかかされたとことを理由に妨害されてしまったのです。納得のいかないルートヴィヒは侯爵の宮殿で撤回を求めますが、彼らは聞き入れようとしません。しかしそこに立ち合わせたアントニー・ブレンターノ(愛称トニ)が、彼女も参加していた舞踏会での貴族たちの態度について中立的に発言し、コンサートは仕切り直すこととなります。

保身に回らず、貴族たちに進言してくれたトニの姿に驚きと感銘を受けるルートヴィヒ。トニはルートヴィヒの音楽に敬意を表し、また彼の音楽を敬愛していました。

一方、ルートヴィヒの弟カスパールは、出会ったばかりの女性ヨハンナとの結婚についてルートヴィヒに話しますが、ヨハンナの悪評を聞いた彼は猛烈に反対します。しかしルートヴィヒとは対照的に愛に溢れ、純粋なカスパールの結婚の決意は固く、理解を示そうとしないルートヴィヒの元を去ってしまいます。ルートヴィヒは愛を知らないのだと。

写真提供/東宝演劇部

ウィーンの宮殿で父の遺産を整理するトニ。彼女は夫フランツとの間に愛はなく、恵まれた環境ながらも満たされない想いを抱えています。詩人の恋人との愛に満たされる義妹のベッティーナの姿を見て、まだ自分は本当の愛を知らないということをひしひしと感じさせられるトニ。そんな彼女の元に、助けてくれたお礼を伝えに来たルートヴィヒ。2人は不器用ながらも少しずつ心の距離を縮めていきます。

ルートヴィヒは耳の不調を徐々に感じ始め、遂に医者から「いずれ何も聞こえなくなる」と宣告されます。絶望に打ちひしがれる彼の元に、トニが訪れます。美しい自然を眺めながら、羊飼いの笛の音色に耳を澄ませるトニと、雷や稲妻から音楽を生み出すルートヴィヒ。対照的ながら心の内を見せ合う2人の間に生まれる愛。

写真提供/東宝演劇部

しかしトニはフランツと結婚しており、ルートヴィヒとは階級の身分も異なる存在。簡単に2人が一緒になることは許されません。徐々に聴こえなくなる耳によって、唯一の救いである音楽からも見放されていくルートヴィヒ。せっかく訪れてくれたカスパールとも歩み寄れず、絶望感や喪失感に飲み込まれていってしまいます。

絶望の日々の中で再び再会するトニとルートヴィヒ。フランツの抑圧的な態度に我慢が出来なくなったトニは、ルートヴィヒと共に歩んでいく覚悟を決めますが…。

稲妻が鳴り響く中で生まれる絶望、音楽、そして愛

本作を手掛けたのは、ミヒャエル・クンツェさん(脚本/歌詞)とシルヴェスター・リーヴァイさん(音楽/編曲)のゴールデンコンビ。『エリザベート』『モーツァルト!』など日本でも高い人気を誇る作品を手がけ、『ベートーヴェン』は2人が構想10年以上をかけて作り上げた最新作。2023年1月に韓国で世界初演の幕を開け、日本が世界で2番目の上演国となります。

『モーツァルト!』ではオリジナルの音楽を制作した2人ですが、本作は「悲愴」「運命」「エリーゼのために」「月光」「第九」などベートーヴェンの楽曲を用いて作られた、いわばベートーヴェン楽曲のジュークボックス・ミュージカル。誰もが一度は聴いたことのある楽曲たちを、特に後半にかけてエモーショナルに演出していくのはさすがクンツェ&リーヴァイの世界。

前半はクラシック音楽ならではのスローなテンポに戸惑いもありましたが、徐々によく知られた楽曲をミュージカル楽曲へと進化させている本作の魅力にはまっていきます。クンツェ&リーヴァイが初日前会見で語った通り、クラシック音楽をよく知る方々にとっては、より多くの発見に満ち溢れる作品となることでしょう。(関連記事:『ベートーヴェン』初日前会見でミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイが語った製作秘話とは?井上芳雄&花總まりは初の恋人役に

ベートーヴェンは稲妻や雷が轟く嵐の日に亡くなったと伝えられていますが、本作では「稲妻」「雷」が非常に重要なモチーフとして使用されています。彼の音楽は喜び溢れるシーンよりも深い絶望に包まれた時、音楽の精霊・ゴーストダンサーたちが現れ、人生の絶望や喪失も全て音楽にしろと囁きます。音楽が生まれる瞬間は、素晴らしき創造の瞬間であると共に、ルートヴィヒの喪失の瞬間でもあります。

写真提供/東宝演劇部

そして本作のもう一つの特徴が、豪華なセット。日生劇場の一面に広がる巨大なLEDパネルの映像は圧巻で、特に1幕ラストのベートーヴェンが歌い上げるシーンは必見です。

孤独に苛まれながらもトニとの出会いによって愛の喜びを見つけていくベートーヴェンの姿を、井上芳雄さんが熱演。膨大なる楽曲を歌いながら、不器用な彼の姿を繊細に表現していきます。ベートーヴェンとして、実際にオーケストラを指揮する場面も。本作ならではのオーケストラと一体となる演出には驚かされます。

そしてベートーヴェンの理解者であり、自分の自由と愛のために立ち上がるトニを演じるのは、花總まりさん。美しく気品溢れる佇まいと、彼女の恵まれた環境の根底にある疑問に気づき、本当に求めている愛に立ち向かっていく凛々しい姿を演じ抜きます。トニが歌う本作唯一のオリジナル楽曲「千のナイフ」はクンツェ&リーヴァイの魅力が凝縮された一曲です。

出番が少ないながらも強く心を揺れ動かされたのは、カスパールを演じる海宝直人さん(小野田龍之介さんとWキャスト)。愛に溢れ、無愛想なルートヴィヒにも理解を示し、手を差し伸べ続ける彼の姿は、希望そのもの。温かい太陽のような彼と、ルートヴィヒによるデュエットには涙を流さずにはいられません。

トニに愛について考えさせるきっかけを与えるベッティーナを演じるのは、木下晴香さん。美しい歌声で、無邪気に恋について語る彼女は重要な役柄ながらシーンが少なく、特に後半の彼女の行動には謎もあり、もう少し彼女の人物像も知りたいと思わされました。

写真提供/東宝演劇部

稲妻が鳴り響く中、ルートヴィヒとトニが見つけた美しく強い愛の物語。ミュージカル『ベートーヴェン』は12月9日(土)から29日(金)まで日生劇場にて上演。2024年1月4日(木)から7日(日)まで福岡公演(福岡サンパレス)、1月12日(金)から14日(日)まで愛知公演(御園座)、1月19日(金)から21日(日)まで兵庫公演(兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール)が行われます。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

Yurika

カーテンコールまで美しい演出が盛りだくさんです!