2023年にイキウメ『人魂を届けに』、ケムリ研究室『眠くなっちゃった』2作品で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞、現代演劇の女方として唯一無二の存在感を放ち続ける篠井英介さん。1992年の上演中止を乗り越え、2001年、2003年、2007年とブランチを演じ続けた篠井さんが19年ぶりに再び本作に挑みます。ライフワークとなった本作にかける思いとは。
本能的に好き。お稽古をしているだけで胸が熱くなる

−19年の時を経て、再び本作への上演に至った経緯をお聞かせください。
「この作品がとにかく好きで、いつもやりたいなという思いはあったんです。でも体力的なこと、年齢的なことで、前回(2007年)を最後にしようと考えていました。ただここ2年くらい、割とハードなお芝居を何とかクリアできたので、またやれるかなという思いが生まれてきました。
それとプロデューサーであり事務所の代表でもある吉住が、過去この作品の上演を観たことがなかったため、“観たい”と言ってくれたのも実現のきっかけとなりました」
−ライフワークとなっている本作に惹かれる理由はなんでしょうか。
「本能的にこの作品が好きで、ブランチという役が好きという感じです。例えば、自分の出ていない場面をお稽古場で見ていますと、それだけで嬉しくなっちゃう。『欲望という名の電車』をお稽古しているという状態がとっても嬉しいんです。皆さんが一生懸命に取り組んでいらっしゃる姿を見て、胸が熱くなります。それだけ好きなんですけれども、大袈裟に言えば、僕にとっては何か巡り合わせ、天の啓示のような作品なんじゃないかと思います」
−本作に夢中になった中学生の頃から現在まで、作品の見え方に変化はありますか。
「全然変わっていないですね。日本では文学座の杉村春子さんが大変有名で、僕もそのお姿がずっと心にあります。映画ではヴィヴィアン・リーがやっているんですけれど、その2人は自分の中にいつも揺るがずにあります」
−篠井さんが感じられた、杉村春子さんのブランチの凄さというのをぜひお聞きしたいです。
「素晴らしい台詞術があるということ。ある種の杉村節というのがあって、翻訳ものなのに、借り物の言葉ではなく、的確に自分の言葉にしていらっしゃる。それと、チャーミングでユーモアがあることです。ブランチでユーモアを出すというのは難しいんですけれども、杉村春子さんにはそれがありました。チャーミングでユーモアなところが前半でずっと散りばめられているので、後半の悲劇性が浮きだってくる。それが素晴らしかったです。観ている間に、ニューオリンズだとか、外国人の物語だとか、そういったことを忘れさせて、女の生き様を感じさせてくれた。それが杉村さんの凄さだと思います」
ブランチとスタンリー、両者とも悪者に見えないように

−ブランチはどのような人物だと捉えていらっしゃいますか。
「以前は、可哀想な、美しいもの、儚いものが滅びていくというニュアンスを持っていたし、実際にこの作品は“滅びの美学”と形容されることが多いです。ただ今は…ブランチという人は、ちょっと変わり者だし、結構迷惑な“困ったちゃん”なんですよ。ステラとスタンリーという、ささやかながら幸せに暮らしている家庭に異物として入ってくる。ですから、スタンリーも決して悪者ではなく、彼らは彼らの生活を守りたかっただけ。そういうふうに、誰が悪者で、誰が被害者かといったふうには見えない方が良いなと思っています」
−それは何度も演じられている中で感じるようになったのでしょうか。
「大人になったんだと思います。ステラとスタンリーには、2人の世界と生活があるというのを、大人になると実感として分かるようになった。スタンリーの立場からすると、とんでもない女がやってきて生活を滅茶苦茶にされたと映るだろうなと思います」
−ブランチは、もちろんステラとスタンリーに歩み寄るべき点はたくさんあるでしょうが、彼女が守ってきたもの全てを手放すのは、彼女の魅力や信念が失われるようにも感じます。
「そこが難しいところですよね。ブランチも頑固で妥協しないので、そこが面白いところで、演じ甲斐がある一つの理由かもしれません。郷にいれば郷に従えで、ニューオリンズの生活感覚に馴染んでいけば問題なかったと思うんですけれど、頑なに自分を守ろうとした。スタンリーは攻撃的なので、逆に彼女も突っ張ってしまうところがあったと思います。そういう人間関係の複雑さ、面白みというのもこの作品のミソだと思います」
−G2さんの演出はいかがですか。
「翻訳もしてくださっているので、お稽古をしながら言いにくい台詞があれば、その場でアレンジすることができます。日本語と英語は基本的に相容れないので、英語のニュアンスはこうだけれど、日本語としてはそれをここで喋るのはおかしいから、こういう言葉に変えていきましょう、という話し合いが常にできるのはありがたいですね。G2さんも、僕たちがいかに自然にその人物の心から出てきた言葉になるかということにすごくエネルギーを使ってくださっています」
−今回スタンリーを演じるのは、2001年、2003年にミッチを演じた田中哲司さんです。篠井さんのご希望だったと伺いましたが、田中さんにお声がけされた理由は?
「スタンリーは男性としての魅力も備えていないと輝きません。田中さんの中にある種の野生味みたいなものがあることを、個人的にも役者同士のお付き合いとして知っているので、スタンリーがぴったりなんじゃないかと思いました。ミッチをなさっていた頃は、本当に可愛かったんですよ。チャーミングなミッチだったんですけれど、同じ作品で今度はスタンリーを演じるというのもとても素晴らしい1つの発展なんじゃないかと思ってお願いしました」
−スタンリーが乱暴的に見えすぎて観客の敵になってしまうと作品の見え方が変わるので、とても難しい役ですね。
「その通りです。野生的で乱暴者な面はあるけれど、決してこの町では特別なことではなく、ご近所さんもみんなしょっちゅう夫婦喧嘩をして殴り合って、でもまた仲良くして…日本で言えば下町のような町です。だからスタンリーが特別に乱暴者というわけではないんです。スタンリーが悪者にならないようになると良いなと思っています」
−本作は同性愛やセクシャリティについて取り扱った先進的な作品でもあります。初演時から時代の変化は感じられますか。
「感じます。当時は禁断の世界だったので、映画ではそういった台詞はカットされているんです。僕が男性でありながらブランチを演じようとして1992年に一度中止にさせられたことも、ジェンダーに対する理解が今とは全然違ったということだと思います。ただ本作で描かれていることが今でもありえないことではなくて、アウティングによって追い詰められてしまう人は現代にもいます。一方で、2006年に出演した『トーチソング・トリロジー』ではゲイの主人公が、ゲイへの抵抗の強い母と衝突する姿が描かれたのですが、観にきてくれた若いゲイのお友達が“なぜあんなに喧嘩をするのか分からない”と言ったんです。彼にとってみれば、家族にもカミングアウトしていて、特に障壁に感じていないのだと。そういう時代になったんだなと感じました」
日本舞踊と歌舞伎で培った「女方」の感性と技術

−篠井さんの女方は、その存在感に惹かれながらも、自然と作品世界に馴染んでいる印象があります。女性役を演じる上で心掛けていらっしゃることはありますか。
「僕は、本来は女方として、女性の役を専門にする俳優だと自認しています。そうもいかず、映像などでは男性の役をやる機会も多いのですが、いわゆる女方役者だと思っているので、女性に対する引き出し、言ってしまえばある意味の技術、センス、感性みたいなものは育んできたし、それなりに体に持っているんじゃないかと自負しています。だからもしも自然に見えたとしたら、とても僕の理想に近いです。今回も松岡依都美さんがステラを演じられますが、まろやかで芳醇な女性と一緒にいても、ブランチという女性に見える。そうでなければ女方の役者という看板は上げられないと思って、そういう思いで臨んでいます」
−女方としての感性はどのように育まれてきたのでしょうか。
「何をしたらそうなるかっていうこともないんですけれど、ベースは日本舞踊と歌舞伎です。日本人が日本語で日本のお客さんに見せるので、気持ちの良い、綺麗な日本語、メリハリのある日本語というのをちゃんと扱える必要があります。そのためには、歌舞伎や能狂言、文楽の台詞というのを学ぶべきだと思います。先人たちが、日本語をどのように言ったら、皆さんの心に伝わるか、気持ちが良いか、胸を打つかというのを切磋琢磨して残っているのが今の古典の日本語だからです。
まずはそれを分かった上で、現代劇なら現代語として、耳心地の良いポイントというのを抑えていくために、エッセンスだけを心に残して削ぎ落としていく。それは長年培うテクニックだと思います。僕はおかげさまで小さいときから日本舞踊とか歌舞伎に親しんできたので、そういうものも夢中になって観ていたことが全て肥やしになっていると思います。
動きについても、現代劇ではお姫様をやるわけではないので、ワンピースなどのお洋服をどのように綺麗に着こなすか、というのも女方の一つの勉強としてあります。それはどちらかというと、昔のハリウッド映画を観て学んできました。それこそヴィヴィアン・リーもそうですし、グレタ・ガルボ、グレース・ケリー、オードリー・ヘプバーンをワクワクしながら、綺麗ね、素敵ねと思いながら見て覚えてきました」
−ブランチ役は今後も続けたいと思われますか。
「やっぱり流石に今回が最後じゃないかなと思います。膨大な台詞量ですし、動きもあるので。変な言い方ですけれど、女の役というのは結構体を殺すんです。まだこれは洋物なのでスッと立っていれば良いですけれど、和物となると本当に男の体を殺して女性にならなければいけないというところがあるので、歌舞伎の女形さんというのはよくやっていらっしゃるなと思います。僕がたまに和物をやると、本当にしんどいですね。洋物でも、ヒールを履いて、ワンピースを着ると、どこか無理している部分があるんです。背中を伸ばすとか、肩が上がっていかないようにとか。男の役をやる時とは違う大変さがあるので、ブランチはこれが最後だと思います」
−最後に、本作を楽しみに待っている方々へメッセージをお願いします。
「日本で『欲望という名の電車』はたまに演じられることはありますが、頻繁ではないし、今の若い方達はこの作品を知らないという人も多くいます。一昔前の演劇人は教養として、『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』を知っているのと同じように、この作品のことを知っていたと思います。アメリカの一つの時代の名作であることが、皆さんに伝わって、お楽しみいただけるように頑張りますので、ぜひ見届けてください」

『欲望という名の電車』は2026年3月12日(木)から3月22日(日)まで東京芸術劇場シアターイースト、4月4日(土)から5日(日)まで近鉄アート館にて上演されます。追加公演3/14(土)18:00の回も決定。公式HPはこちら
イキウメ『人魂を届けに』を観劇した際、篠井さんの存在感がありながらも作品世界に自然と存在されているお姿が強く印象に残りました。19年ぶりに挑むブランチには、篠井さんのこれまでの役者人生、生き様が滲んでくるような気がします。


















