2026年の東京芸術劇場では、新たな芸術監督として就任した岡田利規さんの下、「古典作品を斬新な視点で現代へ問い直す」連続企画が展開されます。その1作目として2026年7月に上演されるのは、ヘンリック・イプセンの『人形の家』にもとづく新作『NORA』です。主演に黒木華さん、共演に勝地涼さんをはじめとした魅力的なキャストが揃う本作。ロシア出身の演出家・ティモフェイ・クリャービンさんによって、新たな『人形の家』が生まれます。
イプセンの『人形の家』とは?150年近く上演されてきた近代演劇の金字塔
『人形の家』は、ノルウェーの劇作家であるヘンリック・イプセン(1828-1906)の代表作です。イプセンは幼い頃から苦労の多い人生でしたが、1866年に戯曲『ブラン』が認められたことで、劇作家として注目されました。
その後1879年に生み出した『人形の家』で名声を得たのち、1881年の『幽霊』、1882年の『民衆の敵』など、次々と名作を生み出したのです。『人形の家』は、近代演劇だけではなく、女性解放運動にも大きな影響を与えた作品です。
主人公のノラは、あることをきっかけに夫・ヘルメルのもとから離れることを決めます。
本作には「父権的な家庭からの脱却」「女性の自立」といったテーマが描かれており、19世紀はじめから現代にいたるまで、世界各国で上演されてきました。
日本でも、明治から大正時代にかけて活躍した新劇女優・松井須磨子さんがノラを演じたことで注目されました。松井須磨子さんは日本ではじめて「職業としての女優」としての立場を確立した人物で、そんな彼女がノラを演じたことは社会的にも大きな意義があったと言えるでしょう。
黒木華と勝地涼が夫婦に。現代の「ノラ」を取り巻く人々
タイトルロールであるノラを演じるのは、映像作品から舞台まで幅広いジャンルで活躍する実力派俳優・黒木華さんです。
透明感のある美しさと凛としたたたずまいが魅力的な黒木さん。「可愛い我が妻」と呼ばれるのにぴったりな愛くるしさを持つ一方で、芯のある女性の役も似合うという多面的な俳優です。
そんな黒木さんが、現代でも多くの共感を呼びそうな「ノラ」をどう演じていくのか、非常に楽しみです。
妻であるノラをお人形扱いする夫・ヘルメルを演じるのは勝地涼さん。ノラの友人・クリスティーンに瀧内公美さん、とある秘密を武器にして執拗にノラを追い詰めるクログスタに鈴木浩介さんがキャスティングされています。
黒木さんを中心に、実力派俳優たちがしっかりと舞台を固めます。
手話からスマホへ。ティモフェイ・クリャービンの演劇革命

今回演出を務めるのは、ロシア出身の演出家で、ヨーロッパで活躍の場を広げるティモフェイ・クリャービンさんです。
ティモフェイさんは、2019年に東京芸術劇場手話プレイハウスでチェーホフの『三人姉妹』を上演しました。
この『三人姉妹』では、全編がロシア手話で演じられた画期的な作品でした。登場人物たちは声を出す代わりに手話と身振り、そして表情で会話をしており、その中から聞こえる生活音や息遣いが舞台を作り上げていきました。
『三人姉妹』が観客に示したのは、音声だけが演劇を作る言語ではない、という視点です。コミュニケーション手段が急速に変わっていく時代のなかで、演劇表現の可能性を広げた試みではないでしょうか。
『NORA』は、そんなティモフェイさんの代表作として世界各国で上演されてきました。
『三人姉妹』に手話という言語を取り入れたティモフェイさんは、本作ではメッセンジャーやフェイスタイムといったメッセージツールを作品の主軸にしました。
登場人物たちのセリフの8割は、彼らの持つスマートフォンでやりとりされます。スマホの画面はリアルタイムで舞台上のスクリーンに映し出されるため、観客は彼らのテキストコミュニケーションを介して物語を目撃するのです。
【あらすじ】
主人公・ノラ(黒木華)は弁護士の夫・ヘルメル(勝地涼)と仲睦まじく暮らしていた。
献身的に家族と夫を支えるノラと「可愛いわが妻」と優しく妻を扱うヘルメルの間には子供もいて、誰から見ても理想的な生活を送っていた。
ある日、年明けから信託銀行の頭取として着任予定のヘルメルの元に彼の古くからの友人であるクログスタ(鈴木浩介)が訪れる。
ヘルメルの部下になるはずだったクログスタは、実は周りからの評判が悪く、ヘルメルの頭取就任とともに解雇される運命にあった。
代わりにクログスタのポジションに就くのはノラの友人で旦那を失ったクリスティーン(瀧内公美)だった。
なぜ、今『人形の家』なのか?
イプセンの『人形の家』が誕生してから150年近くが経とうとしている現在。なぜ、今この物語が上演されるのでしょうか。
本作は「女性の自立」や「家父長制」へ一石を投じた作品として、名作古典に数えられます。
筆者個人としては、女性の社会進出や婚姻・出産の選択肢が広がった現在においても、ノラのように「妻・母としての役割」「理想の妻・母としての像」に苦しめられている女性たちは多いように感じています。
私たち女性だけでなく、ともに社会を生きていく男性たちにとっても、今『NORA』という作品を上演する意義は非常に大きいのではないでしょうか。
「こうであるべき」という社会的な枠組みから逃れ、自分自身として生きていくにはどうすればいいか。本作はそういったメッセージを投げかけてくれるのではないでしょうか。
現代に生きる女性のひとりとしても、期待が高まります。
『NORA』は2026年7月15日(水)から7月26日(日)まで東京芸術劇場 プレイハウスにて上演。公式HPはこちら
演劇といえば、俳優が声に出すセリフによって展開されるもの。 そんな思い込みを、本作はあっさりと覆してしまいそうです。 セリフの8割がスマートフォン上のテキストでやりとりされる舞台を観劇すると、一体どんな感情を抱くのでしょうか。 想像するだけで胸が高鳴ります。



















