名戯曲の構造を現代に重ね、環境問題や格差といった社会課題を鋭く描く意欲作『ヨハンナ』。脚本を鈴木アツトさん、演出を白井晃さんが手掛け、内野聖陽さんやsaraさんが出演します。利益至上主義の巨大企業の経営者と、自らの「正義」を胸に行動する少女。対照的な2人のぶつかり合いを通じ、経済と倫理、世代間の価値観の違いを浮き彫りにしながら、答えの出ない問いを投げかけます。
正義はどこから生まれ、誰のために語られるのか?
20世紀初頭のシカゴの食肉市場を舞台とする、ベルトルト・ブレヒト原作の『聖ヨハンナ』。資本主義経済が労働者を搾取しつくす現実に、宗教や道徳を掲げる純真なヨハンナが挑む、ブレヒトの傑作戯曲です。
舞台『ヨハンナ』では、『聖ヨハンナ』の構造を現代の食品産業に重ね、大量生産・大量消費・大量廃棄などの環境問題や格差、雇用の不平等といった暮らしに直結するリアルな問題を取り上げます。
主人公・モーラーは「利益こそが世界を動かす」と信じ、富と権力を手にしてきた経営者。そんな彼の前に、損得ではなく、自らの「正義」のために行動する少女・ヨハンナが現れます。対照的な2人を通じて、経済と倫理、世代間の隔たり、豊かさや労働をめぐる価値観の違いが浮かび上がるでしょう。
ヨハンナのまっすぐな問いに、一度は心を揺さぶられるモーラー。しかし、巨大な社会の仕組みを前にして、彼は最後に何を選ぶのでしょうか。正義はどこから生まれ、誰のために語られるのでしょうか。簡単には答えが出ない問いを、わたしたち一人ひとりに投げかけます。
本作は世田谷パブリックシアター「あたらしい国際交流プログラム」の第四弾として上演されます。多様な国際交流の中で国内の若手クリエイターを育成し、国際的に発信していくプログラムです。ワークショップによる人材育成、実践の場としてのリーディング公演、国際的な作品開発を経て、新作のクリエイションに至るプロセスは、人材育成と創造の循環を示すものとなっています。
脚本を手掛けるのは鈴木アツトさん。自ら旗揚げした劇団「印象-indian elephant-」をベースに、歴史と現代社会を結びつけながら国内外で作品を発表してきました。2026年8月シアタートラム上演の『月を抱く人魚』―雨月物語より―では、同世代の演出家・生田みゆきさんと、日本の傑作古典を躍動感と哀愁にあふれる作品に仕上げました。
今回は演出家・白井晃さんと初タッグを組みます。『三文オペラ』『アルトゥロ・ウイの興隆』『セツアンの善人』など、数々のブレヒト作品に取り組んできた、世田谷パブリックシアターの芸術監督です。共同作業を通じて、ブレヒトの名戯曲に現代的な視点を加えながら、演劇だからこそできる豊かな表現と、国際的な発信にチャレンジします。
【脚本:鈴木アツト コメント】
人間の本能的な営み「食」が、大量生産大量消費のために産業化していった20世紀前半。そこに経営者による従業員への搾取の構造を看破し、ブレヒトは「聖ヨハンナ」を書きました。ブレヒトの時代よりも社会システムが複雑化した現代において、「理想論」にどんな意味があるのか?それを問うていく作品になる気がしています。
白井晃さんからは、旧世代と新世代の対立をよりはっきりと打ち出してほしい、というオーダーがあり、内野聖陽さん演じる食肉業界のドンで資本主義の権化モーラーと、saraさん演じる活動家ヨハンナがどうぶつかっていくと面白いのか、頭を悩ませているところです。今、国際社会および地球環境は、劇的に「システム」を変えなければ破滅しかねないところに来ています。しかし、多くの人は極端な正論や徹底的な変革にはついていけません。そのジレンマを描くことがこの作品のポイントですし、演出家を刺激し、挑発するような戯曲に仕上げなければと思っています。
【演出:白井晃 コメント】
ブレヒトの「聖ヨハンナ」は、100年前に書かれたにもかかわらず、経済格差が広がる現代社会においてますます重要なメッセージを持っています。こうした作品が再び必要とされている時代に、今回の上演があることに大きな意義を感じています。
内野聖陽さんが演じる経営者モーラーは、揺れ動く複雑なキャラクターです。内野さんの特別な存在感と深く繊細な演技力によって、モーラーの内面的葛藤や権力構造を効果的に描いていただけるものと確信しています。また、若手実力派のsaraさんには、彼女の力強さと情熱的な表現によって、社会の矛盾を指摘する現代の弱者の立場を際立たせてくれると期待しています。
さらに、鈴木アツトさんとの出会いは私にとって特別な意味があります。鈴木さんの独自の視点は、現代のジェンダーや世代間にある格差と、正義の根拠の不確かさを浮き彫りにし、ブレヒトの作品に新たな視点を加味します。この共同作業を通じて豊かな表現が生まれ、演劇に新しい力を与えることができることを願っています。
舞台『ヨハンナ』のあらすじ
世界の食肉市場を支配する巨大食品企業の経営者モーラーは、競合会社を破綻に追い込み、数万人の労働者を失業へと追いやる。慈善団体「世界善意の会」に所属するヨハンナは、困窮する人々を救おうと現場へ向かうが、祈りやスープだけでは何も変えられない現実に直面する。悲惨を生み出す仕組みを知るためモーラーを訪ねた彼女は、富と貧困、経済と倫理の狭間へ深く踏み込んでいく。やがて労働者たちの連帯に希望を見いだしたヨハンナは、社会を変えるための重大な役目を託される。しかし、その正義は巨大な「システム」に呑み込まれ、利用されていく。その一方で、ヨハンナの言葉に一度は心を揺さぶられたモーラーだったが、果たして彼が選択する道とは──。
6人の俳優が30人以上を演じ分け、現代の不安定さを表現
富と権力を手に入れた巨大食品企業の経営者・モーラーを演じるのは内野聖陽さん。その存在感と演技力は唯一無二で、ウィリアム・シェイクスピア作品から一人芝居まで数々の舞台を牽引してきました。役作りの手間を惜しまず、役柄によってイメージを塗り替えてくれる方だと感じます。演出の白井晃さんとは、2012年『幻蝶』以来のタッグということで、次なる化学反応に期待が集まりますね!
モーラーと対峙する少女・ヨハンナ役をsaraさんが務めます。第33回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞し、『イン・ザ・ハイツ』(2024年)、『梨泰院クラス』(2025年)、『コーカサスの白墨の輪』(2026年)などの話題作に続々出演してきました。透明感と鋭い表現力を併せ持つ、いま大注目の俳優です。
世代もキャリアもまったく異なる2人は、初共演でお互いの価値観を揺さぶり合い、緊張感に満ちた関係を立ち上げることでしょう。
さらに、白井さんの演出作品に数多く出演してきた大鷹明良さん、粟野史浩さん、斉藤悠さんに加えて、宝塚歌劇団雪組トップスターとして活躍し、退団後も舞台を中心に活躍する朝海ひかるさんが出演することになりました。
本作では、原作に登場する30人以上のキャラクターを、わずか6人で演じ分けます。そして、資本家と労働者、救う者と救われる者など、異なる立場の役柄を往復し、誰もが社会の「上」「下」になってしまう現代の不安定さを表現します。俳優の言葉と身体、生演奏によって、立体的で躍動感のある舞台になること間違いなしです!
【モーラー役:内野聖陽 コメント】
原作を初めて読んだとき、シンプルな物語のなかに、深く鋭いメッセージを秘めた戯曲だと感じました。鈴木アツトさんがこの作品を現代に向けてどのように生まれ変わらせるのかを心待ちにしつつ、ブレヒトの叙事的演劇の哲理に楽しさを見いだし、モーラーという役を通して、新たに立ち上がる世界を自在に泳ぎ回りたいと決意を新たにしています。
また、演出の白井晃さんの、世の中と真摯に向き合い、生真面目に作品づくりをする稽古場が僕は好きなので、久しぶりにご一緒できることに喜びを感じています。そしてsaraさんという若い才能をはじめ、大好きな俳優の皆さんと、初めて立つシアタートラムの濃密な空間でものづくりができることに、今から心が躍っています。
作り手の興奮と舞台に生まれる熱が、そのままお客様に届くような作品になることを期待しています。
【ヨハンナ役:sara コメント】
ブレヒト作品に参加させていただくのは、音楽劇『コーカサスの白墨の輪』に続き、二度目となります。はじめてご一緒させていただく演出の白井晃さん、脚本の鈴木アツトさん、そして内野聖陽さんをはじめとする素晴らしい座組の皆さまとともに、シアタートラムの濃密な空間で、再びブレヒト作品の激動の世界を生きられることがとても嬉しく、身も心も引き締まる思いでおります。信念と現実、相対するものの狭間で、ヨハンナという少女はどう生きるのか。抗う中で、ひとりの人間からどんなエネルギーが生まれるのか。そして、劇場という空間でどんな化学反応が起きるのか。作品の持つ大きな力に身を委ねながら、その旅路を体感していただけるように演じられたらと思います。
内野聖陽さんは本作で初めてシアタートラムの舞台に立ちます。大劇場とは一味違う空間で、息づかいや視線の揺らぎ、感情の機微を間近に感じられるでしょう。「帝王」の鎧の内側で、1人の人間として葛藤するモーラーを見届けませんか?
舞台『ヨハンナ』は、2027年2月〜3月まで東京・シアタートラムで上演されます。3月〜4月にかけて兵庫、静岡、愛知、ソウルでのツアー公演も実施予定です。詳細は公式サイトをご確認ください。
あらすじだけ見ると「敷居が高い」という印象を思わず抱いてしまうかもしれません。しかし、他人の正義に揺さぶられた「帝王」の葛藤は意外に身近なものだと思います。少数精鋭のキャストがシアタートラムで演じるからこそ、人間の弱さや熱量は生々しく迫ってくるはずです。




















