KAAT神奈川芸術劇場の2026年度メインシーズンのテーマ「なぜ人は線を引くのか -Why do people draw the lines ?」を掘り下げる1作として10月24日から上演される『蛙昇天』。日本社会を揺るがせた実際の事件をテーマに、木下順二さんが書き下ろした風刺劇を、演出にウォーリー木下さん、主人公・シュレ役に中山優馬さんを迎え上演されます。
あえて“カエル”でやることの演劇的意味を大切に
−米ソ冷戦が激化した時期にシベリア抑留者の帰還を巡って起きた「徳田要請問題」をテーマに書き下ろされ、蜷川幸雄さんが演劇を志すきっかけにもなった『蛙昇天』。戯曲を読んでどのような印象を受けられましたか?
「どうやって演出するのかも含め、難しそうだなという気持ちはありましたけれども、集団が一つの方向に流れていった結果、人が1人亡くなってしまうという物語の背骨に関してはとても気になるモチーフだなと思って、何度も読んでどういうことだろうと考えてしまう本でした」
−演出を進めるにあたって、大事にされていることはありますか。
「実際の事件をベースにしながらもカエルの世界を描いた戯曲ですので、“全部人間にすれば良いんじゃないの?”と思われてしまっては意味がありません。カエルだからこそ描ける世界観、カエルでやることの演劇的・文学的意味合いというのを大事にしています。エキセントリックな世界観に仕上がっていると思います。
今までの上演を僕は観たことがないんですけれども、今回は半分音楽劇になっていて、パフォーマンス劇と呼べるものになっているので、おそらく誰もやったことのない『蛙昇天』になっていると思います」
−初演は三越劇場だったそうなので、今回のKAAT神奈川芸術劇場 <ホール>とは劇場空間も大きく異なりますね。
「元々戯曲はすごく壮大なので、そこはやりやすいです。ホールを所狭しと、カエルたちが飛び回る空間になると思います」
水の中にいるような世界観を実現

−ウォーリーさんが演出ということもあり、美しい世界観を期待している方も多いと思います。
「美術家の松生紘子さんが凄く面白いアイデアをお持ちで、本当に水の中にいるような世界観を作っていただきました。音楽のトクマルシューゴさん、西村直晃さんや、照明の松本大介さん、色々なスタッフワークが掛け合わさって、総合芸術として言葉や文脈がわからない人にも伝わるようなものになっていると思います」
−KAAT神奈川芸術劇場の2026年度メインシーズンのテーマ「なぜ人は線を引くのか -Why do people draw the lines ?」を掘り下げる1作であるという点についてはいかがでしょうか。
「僕はあまりそこに対しては気にしていません。お客様がテーマを受け取る分には良いのですが、作り手側としては何かを啓蒙したいわけではないので、あまり強く意識して作るのも違うのかなと思っています。1つのヒントとして受け取っています」
−キャストの皆さんの印象はいかがですか。
「非常に難しいメソッドに対して、積極的に前のめりにやっていただいているなと思います。キャストがちょっとずつカエルになっていっていますね。カエルが人間を真似するという不思議なスタイルで、あえて言えば能や狂言に近い、皆さんやったことのないことなので戸惑われてはいますけれど、身につけた人からどんどん卒業していっています。“今日はあの人がカエルになった!”という感じで。それがすごくよく分かる稽古場で、本番までには全員がカエルになっているはずです。皆さん楽しんでやってくださっているのでありがたいです。キャストに色々な引き出しがあるからこそ、できることだと思っています」
カエルの動きを真似して帰りたくなるような作品を
−本作は実際の事件をテーマに描かれた作品ですが、初演時に本作を観た観客が受け取ったメッセージと、現代の観客が受け取るメッセージは異なるはずです。
「多くの人が事件をリアルタイムで知らないという点は、初演とは異なります。どんな事件か知った上で観てもらっても良いですが、あくまでモチーフですし、実際にあったことというより“自分たちにこういうことが起こるかもしれない”という方向で作っているので、今だからこそ考え、楽しめる作品になっていると思います」
−本作は、現代とどのように重なって感じられましたか。
「どこの国でもあることかもしれませんが、日本は特に島国で、村社会で生きてきたので、空気を読みながら人と合わせることで進歩してきたと思います。その中で、ちょっとした歪みが一気に争いになったり、誰か1人を叩いたり、炎上したり…集団で自分たちは思ってもないような力を手に入れて何かが動くということは、良い意味でも悪い意味でもよくあると思うので、そういうことを描いているのかなと思います」
−主人公シュレの“運命に対する無力感”に共感する若者は現代でも多いのではないかと思います。
「今回はシュレだったけれど、いつでも誰もがシュレの立場になってしまうという恐ろしさには、とても興味がありました。シュレのように、自分は何のために?と考える時期は誰もがあるし、自分が社会で一生懸命、正しいことを言おうとしても上手くいかないという経験は、若者からするとリアルに響くかもしれませんね。僕はもう運命への無力感は忘れてしまったのですが(笑)、確かに若い方が観に来たらそう思うのかなと今思いました」
−ウォーリーさんは本作がKAAT初登場となります。劇場が与える影響についてお聞かせください。
「KAATに観にくる方は、能動的に演劇を楽しむ方たちが多い印象なので、身が引き締まりますし、細かいところまできちんと作っていきたいなという気持ちが凄くあります。演劇は基本的に劇場ありきなので、何を意識しているのか具体的に問われると難しいですけれど、当たり前に劇場に影響を受けると思います。公立劇場で普段の稽古から劇場のスタッフがいてくれるというのは安心感がありますね」
−最後にメッセージをお願いします。
「僕は映画でも舞台でも、観終わった後に体が変化するのが好きです。例えば『スパイダーマン』の映画を観た後は子どもたちがスパイダーマンの動きをして、スパイダーマンになりたくなるじゃないですか。そんな感じで、『蛙昇天』では皆さんが帰り道にカエルになりたくなる、動きたくなるように作っています。カエルの動きを真似して帰りたくなるような作品を、お届けしたいと思います」

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『蛙昇天』は2026年10月24日(土)から11月8日(日)までKAAT神奈川芸術劇場 <ホール>にて上演されます。公式HPはこちら
戯曲を読んだ時はシュレの無力感にとても共感し、風刺的な印象が強く残ったのですが、ウォーリーさんのお話を伺っていると“カエルの世界”への期待感が湧き上がってきました。集団の恐ろしさだけでなく、生命の躍動感が感じられる作品になりそうです。



















