今年は劇団四季の創立70周年であり、創立者の一人である浅利慶太さんの生誕90周年でもあります。そんな記念すべき今年、浅利慶太さんが手塩にかけたミュージカル『夢から醒めた夢』が、浅利演出事務所によって10月より上演されます。1987年の初演から、今年で36年。今もなお、世代を超えて愛される名作です。

2人の少女の思いやりが響きあうストーリー

撮影:石阪大輔

不思議なことに憧れる好奇心旺盛な少女ピコは、夢の配達人に「夢の中でこの世ではない世界へ行ってみたい」とリクエストします。そうして案内されたのは、誰もいない真夜中の遊園地。ピコは美しくもどこか寂しげな少女マコと出会うのですが、なんとマコは交通事故で亡くなり、この世とあの世を彷徨う幽霊でした。

最初は怖がっていたピコですが、「この世で悲しんでいる大好きなお母さんに最後のさよならをしたい」という願いを叶えるため、彼女と一日だけ入れ替わることに。マコが母親に会いに行く間、代わりに霊界にやってきたピコは、マコの真っ白なパスポートを持って清らかな魂が搭乗できる光の国行きロケットのフライトを待ちます。

空港で働く天使と悪魔、そして他の搭乗客と交流し、霊界での冒険を楽しむピコ。しかし、気づいたらマコのパスポートの色が真っ黒に変わっていて・・・?!

『夢から醒めた夢』はピコとマコの友情をファンタジックに描いたミュージカルですが、2人が同じ場面に登場することは実は殆どありません。しかし2人は初めての出会いで互いを信じ合い、ピコは霊界で、マコはこの世でそれぞれのやるべきことを果たし、相手がくれた優しさに応えようとするのです。

原作小説の生みの親である赤川次郎さんは『走れメロス』を原案にこの物語を書いたそうで、互いのいない場所でも思いやりを忘れない少女たちはどことなくメロスとセリヌンティウスに重なるかもしれません。

友達のため、家族のため、出会った人たちのために、一生懸命心を動かすピコとマコの姿は実に愛しく、私たちの涙と笑みを誘います。

受け継がれていく優しい音楽のちから

音楽を手掛けたのは昭和歌謡のヒットメーカー・三木たかしさんと、ミュージカル音楽を数多く作曲し、令和になって再ブレイク中の「マツケンサンバⅡ」の生みの親でもある宮川彬良さんです。

登場人物たちの心の美しさが光る「愛をありがとう」と「二人の世界」は学校の音楽の授業でも歌われる名曲。日本人なら、誰もが思わずピコたちと一緒に口ずさみたくなるのではないでしょうか。

劇中には戦争で命を失った子供たち、サラリーマンと暴走族とヤクザのへんてこトリオといった様々なキャラクターが登場しますが、それぞれの心情を多様なメロディーのミュージカルナンバーで表現しているのも、聴きごたえがあり何度鑑賞しても飽きません。時代が変わっても、音楽の鮮やかさは失われずに受け継がれています。

戦争や迫害で命を失った子供たちが歌う「僕のいきさつ」も、観る人の心を掻き立てる印象的なナンバーです。生前、浅利さんが「このシーンは今の時代に合わないからカットしよう、と言える日が来るといいね」と仰っていたそうで、その祈りも舞台の中に受け継がれているように思います。

浅利演出事務所として3度目の公演、作り手の「愛」に注目を

ニッセイ名作劇場発のファミリーミュージカルから始まり、劇団四季のオリジナルミュージカル、そして今回の浅利演出事務所による主催公演として幕が開く本作。浅利演出事務所が『夢醒め』を上演するのは2017年と2021年に続き3度目で、観客はもちろん演劇人にもファンが多い本作の再演を待ち望んでいた人は多かったのではないでしょうか?

浅利演出事務所版の公演は謝珠栄さんの振り付けや森英恵さんがデザインした衣装など、初演時からのクリエイティブスタッフの才能が活かされていることも注目ポイントです。さらには美術の土屋茂昭さん、照明の吉井澄雄さんといった舞台づくりのスペシャリストたちも携わっています。

そして忘れてはならないのが、夢の案内人が私たち観客に”与えてくれる”素晴らしい俳優たち。
ピコ役は、2017年から同役を務めている四宮吏桜さん。
マコ役は、2021年上演の『ユタと不思議な仲間たち』で小夜子役を演じていた中村ひよりさんです。

浅利演出事務所の公式Xアカウント(@asariproduce)は俳優たちの本作への意気込みで溢れていて、彼らの芝居愛、『夢醒め』愛をひしひしと感じますよ。

ミュージカル『夢から醒めた夢』は、10月30日(月)から11月19日(日)まで東京の自由劇場にて上演します。そして11月4日(土)17:30、11月18日(土)17:30の追加公演も発表されました。詳細は浅利演出事務所公式サイトからご確認いただけます。

さきこ

『アナと雪の女王』や『ウィキッド』など、今多くのダブルヒロインのミュージカルが愛されていますが、『夢から醒めた夢』はその元祖なのではないでしょうか? 浅利演出事務所版で再登場した衣装はピコが活発そうな赤いジャンパースカート、マコが透け感のある薄い緑色のワンピースを着ていて、2人のキャラクターが明確に表現されているのも面白いポイントです。