関西演劇祭でフェスティバル・ディレクターを務める板尾創路さんが、演劇界の様々な方と演劇について語り合う本シリーズ。今回は1990年に劇団カムカムミニキーナを旗揚げ、ドラマ『古畑任三郎』『HERO』、バラエティ番組『トリビアの泉』などで活躍、2023年にはPARCO劇場『桜の園』にも出演した八嶋智人さん。意外にも共演経験はないお二人が、演劇について、劇団について、語り合います。

南河内万歳一座の衝撃から、演劇の世界へ

−八嶋さんは板尾さんに対して、どういう印象をお持ちでしょうか。
八嶋「憧れて見ていた存在でしたね。僕は奈良県出身で、平成元年に上京しました。同じ年に放送が始まった『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』を見るためにテレビを買ったんです。今田耕司さんや東野幸治さんらと共に、個性の強い、ダウンタウンさんの重臣たち、というイメージですね。そこから俳優業もやられるようになって、憧れや嫉妬がありました」

−板尾さんから見た八嶋さんの印象は?
板尾「僕が初めて八嶋さんを拝見したのは、ドラマ『古畑任三郎』です。突然出てきはったから、誰やろう?(脚本の)三谷さんの意図があんねやろうなと思って見ていた記憶がありますね。その後バラエティでも活躍されたので、俳優さんでありながらしっかりバラエティのMCもされて、聡明で才能のある方という印象です。爽やかで、ユニークもあって、関西の方というのもあるのでしょうかね。青山円形劇場での舞台も拝見しましたよ。小泉今日子さんと共演されていた…」

八嶋「『エドモンド』(2005年)ですね。僕が初めて主演した作品です」

−八嶋さんは劇団カムカムミニキーナから俳優としてのキャリアをスタートしていますが、演劇に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
八嶋「僕は中学3年生の時に、大阪の扇町ミュージアムスクエアという小劇場で上演されていた南河内万歳一座の『二十世紀の退屈男』を見て衝撃を受けたんです。訳がわからなかったけれど、すごく面白かった。ちょうどその頃、近鉄劇場で野田秀樹さん主宰の劇団「夢の遊眠社」の『野獣降臨』(のけものきたりて)も観たりして。映画も面白くて、面白さのアベレージは映画の方が高いと思うんですよ。でも演劇の方が僕にとっては一発の飛距離がデカかったんですね。

初めて奈良の少年が、チケットぴあでチケットを買って、梅田まで行って、泉の広場を上がって、風俗街を歩いて行って、整理券をもらうんですよ。開演の1時間以上前に。それで1階にある「STAFF」という喫茶店で生まれて初めて喫茶店に入って、生まれて初めてアイスカフェオーレを飲んで。そこでは大阪の演劇の重鎮たちが打ち合わせをしていたんですよ。それから劇場に入るとビニール袋を渡されて、靴を入れて、ベンチにぎゅうぎゅうに詰めて座って。つぎはぎだらけの緞帳があって。初めての経験ばかりでものすごく興奮していました」

−ものすごく鮮明に覚えていらっしゃるのですね。
八嶋「覚えていますね。今まで見たことがないという衝撃が凄かったんです。南河内万歳一座はプロレス同好会でもあったので、プロレスを実際にやる演出もあって。ルーツを辿ると唐十郎さんだと思いますけれど、詩的でありながら大胆で、初めて見た世界でした」

−15歳にとって衝撃的な世界だったかと思います。
八嶋「そうですね。大阪に1人で行くこと自体も初めてだったので、余計に興奮していたと思います。それからお芝居をしたいという気持ちになったのですが、小劇場の数は圧倒的に東京が多かったので、高校卒業後に上京し、大学2年でカムカムミニキーナを旗揚げしました」

−劇団旗揚げ当時はよく小劇場で演劇を観られていたのでしょうか。
八嶋「観ましたね。自分たちの公演がない時は暇なので、他の劇団の作品を観に行って、面白ければ主催の人を誘って飲みに行って、“すごく面白いです、でもあいつとあいつが面白くないから僕を出した方がいいです”って言って…本当に嫌な奴でした(笑)。異常に自信があったんですよ、20代前半。段々気づいていくんですけどね、俺大したことないなって。ただ色々な場に出ていくと繋がりが生まれて、プロデュース公演が流行ってきた時期だったので、客演で出たことも多かったです。お芝居の理論を持っているわけでもなかったですし、実践するしかなくて、ずっと出続けたいという気持ちがありました」

−カムカムミニキーナではコロナ禍の劇場閉鎖、再開直後に作品を上演されるという経験もされていらっしゃいます。
八嶋「演劇をやっていてよかったと思うのは、コロナ禍を通して、やっぱり演劇はなくならないんだなと実感したことですね。劇場に行くということにストップがかかっていただけで、余計行きたいと思う人がいたし、お客さんは私語を喋らない、協力しようという姿勢もすごく演劇っぽいなと思いました。客席は1席ずつ空ける必要がありましたが、パリの小劇場で間に人形を置いていて、お客さんに客席を空けることでコロナ禍を想起させず、安心して座っていて良いんだよというメッセージが込められていることを知って。僕らは河原の設定の作品だったので、客席に石を積みました。お客さんもお芝居の世界の一部になれたので、それは良かったですね。歴史を見ても戦争や疫病があっても、結局演劇は無くなっていないので、タフなものなのだなと感じました」

「分からない=面白くない」わけじゃない

−演劇・劇団に長年携わる八嶋さんから見て、関西演劇祭の取り組みをどう思いますか?関西演劇祭では、1劇団45分、1公演に2劇団が上演、上演後に観客や審査員からのティーチインがあるなど、様々な試みが行われています。
八嶋「どんな空気なんでしょう。板尾さんはずっといるんですか?」

板尾「ずっといます。1日6芝居くらい見て、終わったらすぐティーチインですね。一応審査もするんですけれど、審査というよりも、お客さんにいろいろ気になったこととか、感想とか、直に役者や演出家、脚本家と話す機会になっています。ティーチインを見ると、お客さんってこういう風に演劇見てんねや、と思いますね。1人で観に行くと1人だけの世界で終わりますけれど、ティーチインではお客さんから色々な意見が出るので、そういうものを見に来たお客さんが持って帰ってもらうっていうのはあんまりないかなと思うんです。この意味が分からなかったとか、批判的な意見も出るんですよ。それが面白いですね」

八嶋「今の話を聞いていると、みんなでこの芝居がどういう感想、どういうふうなことだったのかを共有したいっていうのかなという印象を持ちました。僕は若い頃に見ていた南河内万歳一座や夢の遊眠社の芝居を全部説明できるかというと、訳が分からなかった部分もあります。もしかしたら創っている人たち、出ている人たちもそうかもしれない。でもそれでええやんか、と思うんです。分からないイコール面白くないわけじゃなくて。今“分からない=駄目”みたいな風潮になりつつあるのは、抗いたいなという気持ちはありますね。

ただ今分からないと駄目だと感じてしまう人が多い中で、すり合わせをすると、発見とかひらめきがあって、見た人、やった人なりの作品が1人1人の頭の中で出来上がりやすいというのは、話を聞いていて面白いなって思います。うちの劇団でも何年か前からビフォアトークをしているんです。芝居の参考にしているものについてお話ししていて、そういう橋渡しがあった方が理解してもらいやすいみたいです」

板尾「僕は関西演劇祭をお祭りにしたかったので、演者さんとお客さんの交流があった方が良いなと思ったんです。知り合いでもないけれど、ちょっと繋がりが生まれる。1劇団3公演あるので、ティーチインを受けて演出が少し変わることもあるんです。こういう風に見られているのか、と知るのは劇団にとってもステップアップになって良いんじゃないかなと思っています」

八嶋「そういえば昔、品川庄司の品川さんが劇団の公演を観に来てくれたのですが、公演後に飲んでいて“あそこって…?”と聞かれて、アドバイスを受けて翌日すぐに変えたことがありますね(笑)。板尾さんは関西演劇祭に携わるようになって自分の表現活動に影響はありましたか?」

板尾「そんなに演劇ってすごい完成度の高いもんじゃなくてええなって思うようになりましたね。テクニックがあるとか、お芝居が上手いとか、気持ちが入っている・入っていないとか、見せ方がどうこうっていろいろあるんですけれど、伝えたいっていう思いみたいなものがガッと出ていれば伝わってくるなという感じがして。小手先だけでやるのは違うな、人の心に残るのは上手さだけではないなと思いますね」

八嶋「それは分かります。カムカムミニキーナ主宰の松村武が市民劇団をやっていて、小学生からおじいちゃんおばあちゃんまでが出ている市民劇団を観ると、舞台に立っている喜びや幸せがあふれんばかりに出ているので、やっぱり自分の初期衝動は“俺、これだったんだろうよ”、と思いますね」

演劇のチケットが高すぎる。大人たちに投資をしてもらいたい

撮影:山本春花

−小劇場や演劇がもっと盛り上がっていくために、こうなったら良いなという思いはありますでしょうか。
八嶋「今、演劇のチケットが高すぎる。高いのは良いですが、安いチケットも作るべきだと思います。歌舞伎ですら幕見席があって数千円で楽しめますし、ニューヨークやロンドンでは、当日チケットが余っていたら安く買えます。日本では当日余っていても安くならない。若い子が気軽に観る事ができない。作品は質の高いものが行われていると思うのですが、それがなかなか伝わらない。若いお客さんを育てるためにも、大人たちに投資をしてもらいたいです。

そして小劇場もオフブロードウェイのように、挑戦的で、お客さんと密着度の高い芝居をやれたら良いですよね。いつからかマチネから売れるようになって、お金と時間に余裕のある方々ばかり来るようになって、その方々が喜ぶ演目やキャスティングになってしまった。経済に合わせた演目だけではなくて、もっと目の前で人間が右往左往しているような、人生の擬似体験を味わってもらえる作品を、大人が準備するべきだと思いますね」

−それは観客としても切なる願いです。
八嶋「演劇をさまざまな場所でやるというのも大切だと思います。カムカムミニキーナでは、『しめんげき』という企画があって、セットもなく、4人の役者だけで、どこに行ってもお芝居をできるというのを作っています。儲けにはならないけれど、演劇に触れる機会が増えれば良いなという思いでやっています」

−八嶋さんから板尾さんに聞きたいことはありますでしょうか。
八嶋「板尾さんは自分が一番やりたい仕事というのはあるんですか?」

板尾「やっぱりお芝居に関して言えば、やっぱりライブが一番面白いですね。もちろん映画は映画の良さがあるのですが、生の舞台は一番楽しいです。もう医療行為に近いぐらい、喜びもあるし、解消にもなるし。長生きするだろうなって。一つの舞台をやると、一生この作品を公演して飯が食えたらどれだけ幸せだろうって毎回思います」

八嶋「本当ですか?僕は千秋楽があるから頑張れるんですよ」

板尾「僕とまた違うんですよ、劇団員をやられているから。僕はたまにしか舞台をやらないからこそ、すごい喜びなんです。1ヶ月みんなと一緒に稽古して、何にもない稽古場から作品を立ち上げていって、劇場行ったらセットがあって、お客さんに観て喜んでもらって。ああもう終わるのか、もったいない。これで一生飯食えたら、こんな幸せないって思いますね」

八嶋「すごいですね。ジャズピアニストの上原ひろみさんが芝居を観にきてくれた時に、昼夜公演があって、明日も昼公演があると言ったら、“いいね、こんな素晴らしいのが毎日できて”って言われて。すごい褒め言葉だったんだけど、やっぱり天才の意見だなと思ったんですよね。それに近しいものを今感じましたね。そう感じられるように僕も頑張ります。今度何かご一緒できたら嬉しいです」

板尾「ぜひ。共演したいですね」

八嶋智人さんが出演するカムカムミニキーナ公演 vol.73『かむやらい』は2024年2月1日から11日まで座・高円寺1、2月17日から18日まで近鉄アート館にて上演が行われます。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

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Yurika

分からない=面白くないわけじゃない、若いお客さんを育てるためにも演劇に安いチケットを。観客としても共感できる八嶋さんの言葉をたくさん伺うことができました。

板尾創路×演劇人 対談連載

板尾創路×演劇人 対談連載

連載(6本)