アメリカ演劇を代表する劇作家テネシー・ウィリアムズの名作を、鄭義信さん演出、沢尻エリカさん主演で上演する『欲望という名の電車』。2月10日(土)からいよいよ新国立劇場にて幕を開けます。

関西弁の粗野なスタンリーと、気高く美しいブランチ

『歌うシャイロック』『てなもんや三文オペラ』『パラサイト』など、数々の名作を“全編関西弁”で演出してきた鄭義信さん。『欲望という名の電車』でも、大農園を失って妹の元へ身を寄せたブランチは、ステラの夫スタンリーを始めとする関西弁で粗野な人々に戸惑います。

ブランチを演じるのは、本作が舞台初出演にして初主演となる沢尻エリカさん。歴代ブランチ役を務めてきた女優たちより若い年代ながら、ブランチの年齢設定に近い沢尻さんは、美しく無邪気に、しかし脆さを感じさせる等身大の女性として、ブランチを演じていきます。

アメリカ南部の地主の家に生まれ、上流階級の出身であるブランチ。しかし実家の大農園を失った彼女は「欲望」という名の電車に乗って、「墓場」という電車に乗り換え、「天国」と呼ばれる猥雑な下町に住む妹ステラの元を訪れます。今まで当たり前にあった生活が消えた孤独な彼女の喪失感たるや、計り知れないものでしょう。そんな中でも彼女は妹のステラと夫スタンリー、街の人々に対して、上流階級の人間として誇り高く接します。

自分の身を飾ることで不安な気持ちも覆い隠す彼女の姿に、共感する女性は多いのではないでしょうか。ブランチは30歳を過ぎた自身の容姿の変化にも異様に敏感で、「嘘」であり「魔法」を信じようとし続けます。

ポーランド系米国人で肉体労働者のスタンリーを演じるのは、伊藤英明さん。普段の大人な印象を完全に封印し、別人に見間違いそうな程、言動もオーラも野生的で下品なスタンリーを熱演。生まれも育ちも全てが異なるスタンリーとブランチは対照的で、スタンリーを無邪気に侮辱するブランチへの沸々とした怒りは、ブランチの過去を暴くことに。一見飄々としながらもブランチを追い詰めていくスタンリーには狂気さもあり、2人の溝の深まりが刻々と描かれます。

そんな2人の間を揺れ動くブランチの妹・ステラを演じる清水葉月さんは、過去の栄光に縋るブランチ、力づくでも自分の道を切り拓こうとするスタンリーの両者に愛を持って接します。妊娠中にも関わらず酔って暴力を振るうスタンリーに対してもすぐに許してしまう彼女に弱さも感じますが、どこか現実味も感じてしまうのが悲しいところ。

高橋努さん演じるミッチには心根の優しさが滲み出ており、孤独を終わらせてくれそうな柔らかさと、ブランチを惹きつける会話力が感じられます。それが故、彼がブランチの過去を知った時の行動は、しかたないながらも歯がゆいものです。

労働階級の人々とは一線を画し、美しく気高いように見えたブランチ。繊細な10代の頃に受けた心の傷や、自分1人の力では抗いようもない時代の流れの中で日常を失った彼女を思うと、精神が徐々に壊れていく様に心を傷まずにはいられません。彼女の乗った電車は、なぜ希望に辿り着かなかったのか。手に入らないものが増えていく2024年の今、彼女の痛烈な叫びは舞台に敷かれた線路を飛び越え、私たちの身に染みてくるようです。

舞台『欲望という名の電車』は2月10日(土)から2月18日(日)まで新国立劇場 中劇場、2月22日(木)から2月25日(日)まで森ノ宮ピロティホール にて上演。公式HPはこちら

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Yurika

メンタルヘルスやセクシャリティ、マイノリティと、現代でもなお議題に挙がり続けるテーマを含んだ本作。周囲からは異常者として扱われても、等身大の女性に見えたブランチの最後の姿に、涙せずにはいられませんでした。