このご時世、ポジティブもネガティヴもひっくるめてご自身の感情と向き合う時間が増えているのではないでしょうか。ということで、今回は名曲の宝庫であるミュージカル『WICKED』から、あえて、登場人物のほろ苦い気持ちを代弁する切ないナンバーを2曲ご紹介します。それぞれ、悪い魔女エルファバと善い魔女グリンダの心の機微を描いたものです。

『WICKED』の魅力のひとつ、メタファーや言葉遊びを多用した美しい歌詞にも注目しながら、その世界観を味わってみてください。

01 『I’m Not That Girl(私じゃない)』※1

緑色の肌に生まれ、親からも愛されず育ったエルファバが、はじめて抱く淡い恋心を歌った曲。「最後には叶わぬ恋に傷つくのだから、この想いには封をしてしまおう」と、ひそかに想いを抱き、ひそかなままに恋を諦める、という健気な姿が印象的です。

曲の中盤に登場する

「Every so often, we long to steal/ To the land of what-might-have-been」 (人はよく「こうだったらよかったのに」と想像の世界へ逃げ込むけれど)

「But that doesn’t soften the ache we feel/ When reality sets back in」 (現実に引き戻されたときに感じる痛みを和らげるものではないわ)

というフレーズはまさに、想うほど苦しくなる片想いの切なさを綴ったもの。言葉は逆説的に心を表すとも言われるので、本当は想像の中だけでも恋が成就すれば良いのにと願っているのかもしれません。

イントロのメロディも美しく、歌詞が明かす彼女の胸に秘めた想いに重なって、心臓がきゅうとくすぐったくなってしまう、甘酸っぱくて切ない曲です。

02 『Thank Goodness(魔女が迫る〜この幸せ)』※2

この曲では、幸福と不安が入り乱れるグリンダの複雑な心境が描かれています。夢だった「善い魔女」の地位と名声を手に入れ、「I couldn’t be happier」(幸せの絶頂にいるわ)と繰り返し、幸せを誇示する彼女。しかし後半では一転、夢を叶えたはずなのに虚しい、と心の片隅に不安を抱えていることを吐露しています。

この曲で最も含蓄があると筆者が感じるフレーズが、

「There’s a kind of, a sort of cost/ There’s a couple of things get lost」(代償は払ったし、失ったものもいくつかあるわ)

「There are bridges you cross/ You didn’t know you crossed/ Until you’ve crossed」(世の中には、渡り切るまで橋を渡っていることに気がつかず渡る橋があるのよ)

というもの。

橋のメタファーが示すのは、人生の不可逆性。自分が思い描く理想のために奔走し、いざ掴んだ幸せは思っていたものと何かが違う。けれど元に戻ることもできない。だから、少し違うけれどこれが私の幸せなのね、と現実を向く彼女の姿は、一筋縄ではいかない社会の中で幸福を追求する私たちの姿に重なって見えるようにも感じます。

しょっぱい方向に引きずり込んでしまいましたが、2幕冒頭の華やかさと曲中のドラマを感じられる曲なので、聴き応えは抜群です。

Sasha

ご紹介した曲以外にも、『WICKED』の劇中歌にはじんわりと心に沁みる名言が散りばめられています。代表曲『Defying Gravity(自由を求めて)』や『For Good(あなたを忘れない)』の秀逸さは言わずもがなですが、ぜひ、サウンドトラックでお気に入りの1曲を探してみて下さいね。
(※1:Stephen Schwartz, I'm Not That Girl. ※2:Stephen Schwartz, Thank Goodness. )