いよいよ5月9日より開幕するミュージカル『この世界の片隅に』。こうの史代さんによる漫画『この世界の片隅に』を原作に、太平洋戦争下でも途切れることなく続いていた当時の人々の暮らしを描きます。主人公のすずが生きていたのはどんな時代だったのか、原作漫画や映画から、作品の背景を探ってみました。

『この世界の片隅に』で描かれる戦況と暮らし

太平洋戦争が始まったのは、すずが北条家に嫁ぐ3年前の昭和16年(1941年)。原作漫画や映画の『この世界の片隅に』では、終戦を迎える昭和20年(1945年)の1年前にあたる昭和19年(1944年)の暮らしが特に活写されています。

すずの嫁ぎ先である広島県呉市は日本海軍の要と言われ、戦艦大和を建造した軍艦都市です。すずはよく姪の晴美と大和や青葉などの軍艦を眺め、ときには軍艦を写生していたところを憲兵に見つかり、スパイ行為と間違えられたこともありました。

北条家の嫁として家事をこなすすずでしたが、当時は食材も服も日用品も全て配給制。「贅沢は敵だ」、「欲しがりません勝つまでは」のスローガンを掲げ、全ての家庭が限られた物資を使って試行錯誤した時代です。

とはいえ人々はちょっとした息抜きや四季の移り変わりを楽しんでいたそうで、すずも周作と街中をデートしたり、北条家で公園へお花見に出かけたりしています。

昭和20年になると日本の戦況は悪化し、軍需工場を抱えていた呉市も頻繁に空襲を受け、B29が街に機雷を落としていきました。多くの市民が空襲に巻き込まれ、すずも大切な存在を次々と失います。

8月6日に広島市に原子爆弾が落ちたとき、爆心地から約20km離れた北条家にも、閃光と衝撃波が伝わりました。市内の江波地区にあるすずの実家では両親と妹のすみが原爆に巻き込まれ、両親がやがて亡くなります。終戦日の8月15日を迎えたあと、9月17日には枕崎台風が広島県を直撃しました。

すずさんの暮らしぶりとは?戦時中の衣食住

すず達の暮らしぶりから、戦時下での衣食住の様子を知ることができます。

当時の服装は、男性はカーキ色の国民服、女性は着物にモンペが基本でした。服は配給で手に入りますが、現金に加え品物に応じた点数の衣料切符が必要で、なかなか新品が買えません。

そこで破れた部分に布を当てたり、和服を改造したりして服を使いまわしていたのです。昭和19年の夏は猛暑で、すずはモンペよりも涼しいアッパッパ(着物から作った簡易的なワンピース)を着用しています。

作中で色濃く描かれているのが、北条家の食卓。配給が少なくても家族全員が食べられるよう、米の代わりに芋を使い、野菜の代わりに野草を使うというような代用食が日々の食事でした。

当時の雑誌には代用食のレシピが掲載されていましたがその殆どが味気ないものばかり。すずもレシピを真似て玄米をかさ増しした楠公飯を作ったものの、イマイチな結果で終わっています。

庭には防空壕を掘り、空襲から避難できるように備えていました。近所付き合いも不可欠で、隣組という地域組織を作り、その中で配給や防火訓練を行います。そこから誕生した戦時歌謡が、隣組の利点を歌った「隣組」。『ドリフ大爆笑』の有名なオープニングテーマは、この曲が原曲です。

登場人物の心情から見える時代背景

主人公のすず、義理の姉の径子、遊女のリン。彼女たちの結婚生活や価値観からも、作品の時代背景を感じ取れます。

すずは18歳の時に縁談が決まり、親が勧めるままに北条家に嫁入りするのですが、当時の結婚はこのように親同士が決めるのが普通でした。径子は当時としては珍しい恋愛結婚によって、時計店を営む黒村家に嫁いでいます。

夫の周作とその家族に大事にされながらも、栄養失調で子供ができないことを気にするすず。彼女は当時の一般的な考え方として、跡取りを産むことが妻の義務だと捉えていたのです。離縁して北条家に戻った径子も、晴美の兄である長男は黒村家の跡取り息子として預けてきました。

すずが悩みを打ち明けたのは、偶然知り合い、意気投合したリンです。リンは子供が居たら居たで売れるから困らないと言い、すずを驚愕させます。彼女は人買いにさらわれた過去を持ち、「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うならせんよ」とすずを励ますのでした。

周作の切ない行動からも、戦時下の風潮が垣間見えます。海軍兵であるすずの幼馴染・哲が北条家を訪れた時、周作は息の合ったすずと哲を見て、2人が一夜を過ごせるように仕向けるのです。

これは、単に一方的な縁談を進めてしまった妻への申し訳なさから取った行動ではありません。哲はいつ死ぬかわからない状況にあり、当時の人々には、お国のために戦う兵隊を労う風潮がありました。

ミュージカル『この世界の片隅に』は5月9日(木)から30日(木)まで日生劇場で上演後、北海道・岩手・新潟・愛知・長野・茨城・大阪公演を行い、7月27日(土)28日(日)には本作の舞台である広島県呉市の呉信用金庫ホールにて上演が行われます。スケジュールとチケットの詳細は公式HPをご確認ください。

関連記事:「本当の居場所を探し続ける」「私達1人1人の物語」。ミュージカル『この世界の片隅に』製作発表会見リポート

さきこ

『この世界の片隅に』の主軸はすずの日常生活で、その背景に戦争が存在しています。彼らの暮らしぶりや考え方には当時の時代背景が影響しており、それを知っていると一層すずたちに親しみがわきますね。