5月7日から彩の国さいたま芸術劇場 大ホールで開幕する彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』。蜷川幸雄さんから吉田鋼太郎さんに引き継がれたシェイクスピア・シリーズの新章が幕を開けます。ハムレット役は柿澤勇人さん、演出・上演台本を彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督の吉田鋼太郎さんが手がけます。開幕を前に質疑応答・フォトセッションとゲネプロが行われました。

高熱に悩まされながらも…過酷なハムレットに挑む

シェイクスピア演劇をより多くの人に気軽に楽しんでもらうことを目指す新シリーズ【彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd】。シェイクスピアの全37戯曲の中から芸術監督の吉田鋼太郎さんが選んだシリーズ第1作目は、「シェイクスピアの最高傑作」との呼び声が高い『ハムレット』です。質疑応答・フォトセッションには吉田鋼太郎さん、柿澤勇人さんが登壇しました。

本作の演出について吉田さんは「シェイクスピアの11歳で夭折した息子の名前が“ハムネット”で、『ハムレット』と何か因果関係があるんじゃないかと。シェイクスピアが大事にしていた男の子だったらしくて、彼のことを思いつつ芝居を書いたんじゃないか。彼がもし生きていたらこういう人になってほしいと。もちろん(ハムレットは)悲劇の渦中にある人ではあるんですけれども、殺人が行われる世界で良いんだろうかと疑問を持ち、常に葛藤し戦おうとしている人間であれば良いんではないかと思って『ハムレット』という芝居を書いたのではないか」という思いが企画当初のコンセプトからあったと言います。

「ハムレットはなぜ悩んでいるのか、なぜ過酷な運命に巻き込まれてしまうのか。過酷な運命をどう対処しているのかというのを皆さんに分かってもらえるような演出になっているつもり」と語りました。

ハムレット役を務める柿澤勇人さんは、かつて彩の国さいたま芸術劇場で蜷川幸雄さん演出の『海辺のカフカ』に出演、“1000本ノック”の稽古で40度の熱を出し「嫌な思い出しかない(笑)」と振り返りつつ、本作の稽古でも稽古期間中に高熱が出たことを告白。「ハムレットのことを考えると体も心もボロボロで満身創痍で、それくらい追い込まないと、自然と追い込まれるんですけれど…元気いっぱいで飄々とやる役ではないんだなと改めて思いました」とハムレット役の苦悩を明かしました。

そんな柿澤さんのハムレットについて吉田さんは、「旅役者の台詞に触発されてハムレットが復讐を誓い直す独白のシーンがあるんですけれど、そこの柿澤くんが凄まじいですね。推しのシーンです」と太鼓判を押されました。

一方柿澤さんは「最後の台詞が“あとは沈黙”なんですが、早くそれを言いたい(笑)。約3時間半、喋りすぎだろというくらい喋っているので、早くその時が来ないかなと」と改めて本作の大変さを語りながらも、「その日の(公演の)旅で起きたこと、ハムレットが世界に思うことが台詞を言う前の表情に反映される。良い表情でその台詞を言えたら」と意気込みました。

「いまの世の中は関節がはずれている」

主なセットは王宮を思わせる柱のみ。大きなステージを縦横無尽に動く役者たちの動きと台詞、照明によって情緒的に『ハムレット』が描かれていきます。舞台はデンマーク王国。先代の王の弟クローディアス(吉田鋼太郎さん)と、先代の王妃でクローディアスと再婚したガートルード(高橋ひとみさん)らは盛大に新たな王の戴冠と婚礼を祝います。

一方、父の突然の死の悲しみから抜け出せないハムレット(柿澤勇人さん)は喪服に身を包み、陰鬱に耽っている様子。じっと動かないハムレットと、舞台上を大きく動き回り、陽気に家臣たちに語りかける王クローディアスは、静と動、相対的な関係性です。ハムレットとクローディアスはその後、白いシャツと黒い王服に色を入れ替え、常に対であり続けます。

ハムレットは王と王妃の前では深く沈んだ姿ですが、友人のホレーシオ(白洲迅さん)を目の前にすると一気に再会の喜びを爆発させて動き回り、本来は快活な人間なのだと感じさせます。しかし父の亡霊と出会い、死の真相を知ったハムレットは、苦悩の道を辿ることになるのです。

クローディアスを演じる吉田鋼太郎さんは、殺された先代のデンマーク王も演じます。王と、王を殺した叔父。厳格で真面目だったであろう王と、周囲に賑やかに語りかける偽りの王。その2人を同じ人物が演じることで、見えてくる表裏一体さがあるのではないでしょうか。

ハムレットは父の亡霊と出会って心が大きく動かされ、強く復讐を誓いますが、なかなか行動に起こしません。まず狂人のように装うことで周囲の人々の目を惑わしながら、真実を知ろうとします。亡霊の言葉をすぐに鵜呑みにはせず、自分の目で確かめようとする。柿澤勇人さん演じるハムレットには理性があり知的な面と、無邪気さや情緒豊かさの両面があります。

またハムレットは多くの長い独白がありますが、その前には旅役者などの言葉に感化されており、1人で思い悩むのではなく、様々な登場人物たちの言動に影響を受けているのだと感じます。“習慣”に覆い隠されて行動を起こさない日常を過ごしている自分を悔い、やはり復讐を遂げる運命に突き進むべきだと覚悟を決めていく。人間らしさを存分に感じさせるハムレット像が印象的です。

そしてハムレットが真実を確かめるために用いたのが、演劇でした。旅役者たちが訪れた時の歓迎ぶりから見ても、ハムレットが演劇を深く愛し、またその力を信じていたのだと分かります。

そのハムレットの想いに応えるが如く、本作での1幕の大きな見どころとなるのが劇中劇。客席通路にまで登場人物たちが降りてきて、劇中劇を観劇し、ハムレットとクローディアスの真意の探り合いが繰り広げられます。彼らの緊張感が劇場全体に糸のように張り巡らされ、『ハムレット』の世界に飲み込まれていくようです。

北香那さん演じるオフィーリアは天使のような美しい少女の恋の喜びから、愛するハムレットに「尼寺へ行け」と酷い言葉を投げかけられた動揺と悲しみ、そして父を殺された末の狂乱を劇的に演じていきます。彼女と共にある黄色の花々は可憐ながら悲劇的で、本作の重要なキーカラーとなっていきます。

本作では、悲劇的な最期を迎えた後、悲劇を語り継ぐホレーシオ、新たに王として時代を築くフォーティンブラス(豊田裕大さん)によって幕が降ろされます。そしてハムレットは、「役者とは時代の縮図」だと言いました。長いハムレットの旅路を共にし、悲劇を目撃した現代の観客は、何を受け取り、何を伝えていくべきなのでしょうか。

撮影:山本春花

「いまの世の中は関節がはずれている」「腐りきった世の中では、罪に汚れた手も、黄金に裏打ちされれば罪を捻じ曲げる力を得る」「食って寝るだけに生涯を費やすとしたら人間とは何だ」…時代を超えて突き刺さる台詞の数々を、終演後もゆっくりと噛み締めたくなる作品です。

彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』は5月7日(火)から26日(日)まで彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて上演。その後、宮城・愛知・福岡・大阪公演が行われます。公式HPはこちら

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Yurika

「こんなに過酷で濃密な深い稽古は役者人生で初めて」と語った柿澤さん。膨大な台詞を乗り越えた先にある、ハムレットの生死をかけた決闘シーンも必見です。