2008年度トニー賞最優秀作品賞を含む4部門を受賞、2021年には映画化もされたミュージカル『イン・ザ・ハイツ』。ラップやサルサ、ヒップホップなどを取り入れ、マンハッタン北西部のワシントンハイツに住む移民の人々を描いた作品です。2014年に日本初演を迎え、2021年の再演を経て、2024年9月22日(日・祝)から再び本作の幕が開きます。ウスナビ役を務める平間壮一さんに、再演にあたっての想い、本作の魅力についてお話を伺いました。

生の舞台から離れられないようにすることが使命

−5月には『イン・ザ・ハイツ』の世界観を体験できるスペシャルイベント「Flexin’on the floor」が開催されました。渋谷のクラブで行われたイベントはいかがでしたか?
「盛り上がりが凄くて楽しかったです。ミュージカルのお客様と言うと静かに観られるイメージがありますが、そんなことないぞ、と言われているようでした。今回のキャストの皆さんとのパフォーマンスは初めてでしたが、コロナ禍によって芝居や歌やダンスをやりたいのになかなか出来ない苦しい時期を経て輝き始めている人たちが集まっているカンパニーなので、『イン・ザ・ハイツ』と重なるものがあるなと感じました」

−本作は2021年に映画化され、日本でも認知度が上がった中での再演となりますね。
「映画を観て、舞台もあると知って、初めて舞台を観に来られる方も増えると思います。怖いですね(笑)。でも観にきてもらって、もう生の舞台から離れられないようにすることが、僕の使命です。映画では最新技術を使った美しい演出が多かったですが、生の舞台ではセットがシンプルで、彼らの生活感、生で生まれるからこその空気感をとても体感していただけると思います」

−KREVAさんの歌詞の中でお気に入りのフレーズはありますか。
「印象的なのは、ベニーとニーナが歌う「When you’re home」での“みんなが少し優しくなるよ”という歌詞です。優しくなるという言葉が出てくる街、ホームというのは良いなと思います。移民で生活の苦しさや人種差別もある中で、痛みを知っている人たちだからこそ優しくなるという感じがしていて。移民という境遇を僕が体験することは出来ないけれど、痛みを知っているからこそ生まれる優しさというのは、僕も大事にしたいと思います」

−彼らの移民としての背景は、日本では理解しにくい部分もあるかもしれません。
「でも今の時代だからこそ、身近に感じることも多いと思います。生まれた時からある問題に対して、苦しさは感じるのに動けない。ルールを変えようにも変えられない。そういった感情は、想像しやすいんじゃないでしょうか。一生懸命働いているのに、スーパーではどんどん野菜が高くなるな、とかは僕らにはあるわけなので。ただ『イン・ザ・ハイツ』ではそういった状況から一歩踏み出す人たちも描かれています。その強さも受け取ってもらえたら嬉しいです」

松下優也とだから生まれた感情をウスナビに投影

−演じるウスナビは、ストーリーテラーの役割も担っています。
「そうですね。この作品はとても不思議な感覚があって、日々みんなのことを見ていると本当に家族のように思えてくるんです。今日は元気ないかな?疲れているのかな、とか見えてきて。みんなと関わる役柄というのもあるのだと思います」

−再演にあたって、役柄への印象の変化はありますか?
「ウスナビは自分のことを“街灯”だと歌うのですが、前回は薄暗くて、身動きが取れないイメージが強かったです。そんな中で周囲の人々がどんどん過ぎ去っていく。自分は何をしたら良いんだろう、という姿をさらけ出していました。でもWキャストのMicroさんは、みんなを照らす明るい街灯をイメージしていたらしくて。僕もみんなの前でいるときは頼りになる、明るく振る舞う姿を増やそうかなと思っています」

−なぜイメージが変わったのでしょうか。
「ベニー役の松下優也と取材やイベントで一緒に過ごす中で、彼のリーダー性、人を引っ張っていく力が凄いなと感じていて、自分は出来ないなぁ凄いなぁと思う感情がとてもウスナビっぽいなと思ったんです。彼も野心家で突き進んでいくベニーに嫉妬のような感情を抱くはず。だからそういう感情を密かに持ちながら、頑張ってみるウスナビを演じてみたいなと。優也と作り上げていく作品なので、彼と接している時の感情が演じている時にも出たら面白いなと思いました」

−役作りはどのように進められることが多いですか。
「僕は論理的に組み立てたり、自分の中でこの役柄はこうと固めたりすることをしないです。稽古場で演じた時に感じたことを大切にしています。論理的に考える俳優さんも多いと思うのですが、僕はそれで崩れるのが怖くて。論理的に構築するのは演出家がやってくれるので、僕は台詞や歌を交わしていく中で柔軟に対応していくことを大事にしますね。だから再演でも感じることが日々変わるだろうし、そこから化学変化も生まれていくと思います」

−ラテン系の明るい音楽も魅力的ですよね。
「ヴァネッサ役の豊原江理佳さんに聞いたら、サルサは踊れないと怒られるらしいんです。みんな学校の休み時間や家族で踊るのが当たり前らしくて、やはり音楽が根っからある文化なのだなと実感しました。でも僕も家族でよく踊るんですよね。沖縄の方々もよく踊るじゃないですか。阿波踊りもありますし、岐阜の郡上おどりでは30夜以上も踊るらしいです。日本人にもきっと踊り出したい気持ちはあるんじゃないかな。『イン・ザ・ハイツ』のキャラクターたちは問題を抱えていてもそれを突きつけずに、楽しそうに踊るのが魅力的ですよね」

『イン・ザ・ハイツ』はミランダそのもの

−『イン・ザ・ハイツ』は、今やミュージカル界のトップランナーであるリン=マニュエル・ミランダの処女作で、彼自身も本作に出演しています。本作に出演する中で彼の凄さを感じる部分はありますか。
「彼はブロードウェイが大好きで、ブロードウェイ作品のオーディションを受けていたけれど落ち続けていたらしいんです。じゃあ自分が好きなラップを使って作品を作っちゃえと生まれたのが『イン・ザ・ハイツ』なのだと聞いて、それがまず凄いなと、演じながらいつも思います。彼が原案と楽曲を担当した『ミラベルと魔法だらけの家』も大好きなのですが、“特別な才能がなくても大丈夫”というメッセージなのに、“ミランダは才能あるじゃん!”と嫉妬しちゃいます(笑)。でもそんな人の作品に出られるのは嬉しいですし、いつかお会いしてみたいです」

−ミランダが創った『イン・ザ・ハイツ』はなぜヒットしたのだと思われますか?
「自分自身が持っているもので勝負したからじゃないかなと思います。僕はあまりクラブに行ったことがなかったので、この前クラブイベントに行ってみたんです。そうしたらタバコの煙やお酒の匂い、少し怖い感じもあって。でもあまり知られていないラッパーの方が歌った楽曲が本当に素晴らしくて泣けてしまって、MCでは彼が仲間想いであることが伝わってきました。仲間たちも観にきて盛り上げていて、こういう世界で育ったミランダだからこそ、コミュニティを大事にして、優しい世界でありたいと願って作品を創ったんだろうなと感じました。この作品はミランダの最初の作品ですし、ミランダそのものなんじゃないかと思います」

撮影:鈴木文彦、ヘアメイク:スギノトモユキ、スタイリスト:岡本健太郎

−様々なメッセージが込められている作品ですが、どんなことを大事に演じたいですか?
「温かさですね。ファミリーと言うと日本では本当の親や家族のように何でも肩代わりできる覚悟がないといけないように捉えられるかもしれませんが、この作品ではそれぞれが、自分1人で生きていく強さを持っています。その上で、その時できる範囲のことを助け合ったり、繋がりあったりしているのをファミリーと呼んでいます。そういった温かい空気を大事にしたいです」

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』は9月22日(日・祝)から10月6日(日)まで天王洲 銀河劇場で上演。その後、京都・名古屋・神奈川公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

とてもフレンドリーに撮影にもインタビューにも応じてくださった平間さん。人々の「ファミリー」の中心にいらっしゃるイメージがとても沸きました。