8月20日に開幕するミュージカル『あんず〜心の扉をあけて〜』。2000年に小椋佳氏主宰の「アルゴミュージカル」で制作された作品で、“アルゴ卒業生”である西川大貴さんが演出を手がけ、再演を迎えます。あんず役を務めるのは、2000年当時、『あんず』に出演されていた清水彩花さん。同じアルゴ卒業生であり、ミュージカル『アニー』で共演経験もあるお二人に、お話を伺いました。
あんずの「心の扉」にフォーカスするため年齢を30代に

−今回はなぜアルゴミュージカルの再演、そして『あんず』という作品を選ばれたのでしょうか。
西川「アルゴミュージカルで芝居・歌・ダンスの基礎を学び、俳優としてのスタートラインに立たせていただいた原点であるということと、アルゴミュージカルは毎年新作を作っていたが故に、素敵な作品がたくさんあるにも関わらずほとんど再演されていないというのももったいないなと思っていました。当時僕は『あんず』に出演していなかったですが、曲も物語もとても刺さっていて、いつかやりたいなと思っていた作品だったんです。
また、これまで商業ミュージカルにたくさん出てきた中で、演劇が社会と繋がるということを考えた時、社会との接合点が演目・場所・人すべてにおいてトレンドを追うということに偏りすぎていないかという思いもありました。社会と手を繋ぐ方法は他にもあるんじゃないか、と考えた時、まずは子どもたちとの創作をやりたいと思ったんです。今回は地域の子どもたちを招待したり、体験格差のある子どもたちを招待したりもしているのですが、そういうことも考えた時、『あんず』が最適解だと思いました」
−清水さんは子役として『あんず』に出演されていたんですよね。今回再演への出演をオファーされていかがでしたか。
清水「当時も子ども心に良い作品だと思っていて、いまだにふと思い出す瞬間があるくらい、心に残っていた作品でした。だからもし再演があるとしたら、真弓お姉ちゃんの役で出られたらなと思っていたんです。今回も大貴から直接連絡を頂いて、開口一番に「真弓お姉ちゃんをやらせてくれるの?」と聞きました。そしたら、「そっちじゃない」って(笑)。というのも初演ではあんず役は17歳くらいの設定だったので、子役の中のお姉さんがやっていた役なんです。だからまさか自分があんず役でキャスティングされるとは思わず、驚きました」

−あんずの年齢を引き上げたのはなぜだったのでしょうか。
西川「チラシやHPでも載せている”不思議だね 孤独と孤独が手をつなぐ時 さみしさは幸せに変わる”という歌詞を凄く大切にしていて、もちろん子どもの頃にも孤独はありますが、大人になるとより凝り固まっていく孤独や、取り戻せない時間というのが増えていくと思うんです。この作品はあんずという女性が自分の中の傷を無かったことにしてしまうのか、それとも自分の中に抱えて共生して生きていくのか、というのを描く物語です。大人になるまで真正面から向き合えなかったことと向き合い、克服するというのはとても体力がいることですが、それでも超えていくということに意味があるんじゃないか、というお話を脚本・作詞の高橋亜子さんとお話しさせていただき、年齢を上げることになりました」
「清水彩花のターニングポイントになる作品」

−清水さんは大人になってこの作品と再び向き合い、変化はありましたか。
清水「本読みに参加させてもらった時、子どもたちが生き生きとした姿でこの作品と向き合っているのを見て、当時のことがフラッシュバックするような感覚がありました。私もこんなにキラキラした瞳で演劇と向き合っていたのかな、と昔の自分に出会えたような感じもして、自然と涙が溢れていました。私は普段、お仕事でそういうことはあまりないんです。それだけ特別な作品だと思いますし、大人になった今だからこそ、『あんず』に再び参加させてもらえることに凄く意味があると感じました」
−西川さんはどういう想いで清水さんにあんず役を託したのでしょうか。
西川「もちろん当時『あんず』に出られていたということや、清水彩花の歌唱力を筆頭としたパフォーマンス力への期待というところもありますが、作品のサブタイトル『心の扉をあけて』にあるような、無意識に心の扉を閉めて生きているようなところがあんずに重なるというのもあって。感じが悪いとかそういう意味ではなく、「心の扉の中に膝を抱えているあなたがいて」という歌詞のようなイメージがあったんです。今回はその鎧を剥ぎにかかるぞ、戦いだぞ、というお話を本人とも最初にしてから稽古に入ったのですが…見事に鎧を脱げています!はっきり言って、革命です!清水彩花のターニングポイントになる作品だと確信しています」
−清水さんは西川さんの演出を受けてみていかがでしたか。
清水「しっかり演出を受けるのは初めてなのですが、俳優と向き合う力が強いと感じます。俳優目線で考えてくれるので、凄く質問しやすいですし、納得できないところがあればはっきり相談ができる。それに対して否定もしないし、でも自分の中の考えを持っているので、凄くやりやすいです。
また子役の子供達に対しても大人と同じディレクションをするのが本当に凄いと思います。「このタイミングで動いて、ここで台詞を言って」という指示ではなく、「今どう思って動いていた?」と問われるので、私だったらびびっちゃうだろうなというくらい、内面が問われます。でも子どもたちは自由に動けるし、自分で考えて動くんです。それは西川くんが立ち稽古に入る前に、テーブルワークでみんなとディスカッションして、動くのに必要な情報を与えているから。そんな演出家としての姿を見させてもらって、勉強になりますし、一緒に歩いていける演出家だなと思います」
ミュージカルソングとして満足度の高い新曲も

−本作の音楽の魅力についても教えてください。
清水「25年前の作品ですが、今聴いても色褪せない良い楽曲ばかりです。また今回は音楽監督・編曲を担当する桑原まこちゃん・桑原あいちゃんが現代風に編曲してくれているというのもとてもとても大きいと思います。25年も前に出た作品なので、忘れているだろうなと思ったのですが、稽古に入る前の時点で全部歌えたので、やっぱり耳に残る楽曲ですし、染みる楽曲なんだなと感じました」
西川「最初は自分の思い出補正もあるんだろうなと思ったのですが、どうやらそうじゃないらしいなと感じています。本当に良い楽曲ばかりですし、今回はあんずの年齢のことも含めて色々とアップデートさせていただいたのに伴って、作曲の甲斐正人さんが「新曲が必要だったら書くよ」と言ってくださり、2幕冒頭に新曲が加わりました。あんずと、皆本麻帆が演じる遥香、小此木麻里が演じる周子の3人が歌うナンバーで、「ミュージカルソングを浴びた!」という満足感を得られるような楽曲になっています。2幕冒頭ということでお客様がもう一度作品と向き合う準備ができる楽曲でもあるし、作品にも馴染んでいて、今ではこの楽曲が無かったとは考えられないくらいです。ぜひ楽しみにしていただけたらと思います」
−西川さん、清水さん、皆本麻帆さん、小此木麻里さんは子役時代、ミュージカル『アニー』で共演されていたんですよね。当時の思い出はありますか?
清水「大貴とは2歳しか離れていなかったんですけれど、私は身長が大きくて、大貴は小さい方だったので、2歳差とは思えないくらいの身長差があって、凄く可愛かったですね。可愛い弟のような存在でした」
西川「皆本麻帆はモリー役からアニー役になったというエース街道を走っていたので、スターすぎてちょっと怖いくらいでした。麻里ちゃんはお姉さんで、地元が同じだったので帰りに送ってもらっていましたね。でも麻里ちゃんもオールラウンダーでタップも踏めるし歌も芝居もできて、『アニー』が終わった直後に帝国劇場で大地真央さん主演の『パナマ・ハッティー』にプリンシパルキャストとして出演していて、圧倒的な存在でした。清水彩花は「歌と言えば」という存在だったので、3人とも違う意味でのエースで、僕はタップしかやったことがなかったので、別世界の人たちという感じでした」
清水「西川くんがアルゴミュージカルを受けるときに、課題曲がわからなさすぎて電話がかかってきて、電話口で歌ってあげたんだよね(笑)」
西川「そう、『フラワー』という作品の楽曲です。『あんず』を作られた高橋亜子さん・甲斐正人さんが作詞・作曲を手掛けているので、今回『あんず』の再演に出演する子どもたちのオーディションの課題曲にもさせていただきました」
コロナ禍で感じた「演劇と社会」の距離

−西川さんは本作のHPでのイントロダクションでコロナ禍についても触れられています。どういったことを考えられて、今回の上演に至ったのでしょうか。
西川「コロナ禍で演劇が「不要不急」と言われた時、演劇が社会とちゃんと手を繋げていなかったんだなと感じました。娯楽としては求められているかもしれないけれど、文化にはなれていなかった。それは商業的な利益を求めるが故に東京の大劇場での人気作品ばかりの上演になっていて、地方公演が少なく、自分ごととして演劇を捉えてくれる人が全国に少なかったのだと思います。
海外で演劇がなぜ「不要不急」と言われなかったのかを考えると、教育との繋がりも大きいと感じました。学校の授業に「演劇」「ドラマ」という授業があって、ディスカッション力やプレゼンテーション能力、アイディア力を育むのに必要だと思ってもらえている。日常的に演劇を観に行くことはなくても、我々が授業で書道や美術、音楽を習っていて、それが急になくなると言われると「良くない感じがする」と思うように、演劇もみんなの中に文化としてあるんです。
だから最終的には演劇という授業があるのが一番良いと思っているのですが、僕らができることとして、地方での公演や、子どもたちとの創作というのをまずやってみたかったという思いがありました」

−最後にメッセージをお願いします。
清水「キャストも豪華ですし、子どもだけでなく、大人に刺さる内容になっています。作品の質というものにスタッフ陣も俳優陣もこだわりを持っていて、誰一人妥協しない作品作りが行われています。「この作品、つまらなかったね」と言って帰る人は1人もいないと自信を持って思える作品なので、少しでも興味を持ってくれた方は観に来ていただきたいです」
西川「面白いです。曲が良いです。物語も良いです。あらゆる人に刺さる物語だと思っています。7800円です。座席指定ができます。ファミリーペアチケットだと1600円引きになるので、誰か18歳以下の人と一緒に来る機会になるといいなと思います。
西東京は遠い人もいると思うのですが、ぜひ夏休みの1日、演劇だけでなく、ここのご飯を食べてみようかなとか、多摩六都科学館というプラネタリウムも見に行ってみようかなとか、西武線に乗って途中下車してみようかなとか、工程を組んでいただいて、あなたの1日の1つの予定に『あんず』を置いていただけたらと思います。
そして、ミュージカルファンのあなた、2025年版、新演出版の『あんず』初演を観にこないと損です!!」
ミュージカル『あんず〜心の扉をあけて〜』は2025年8月20日(水)から22日(金)までタクトホームこもれびGRAFARE ホールにて上演されます。公式HPはこちら

撮影では西川さんのソロカット時、清水さんがカメラ裏で「何食べる?」「花火も見よう?」と一緒に夏祭りに向かう彼女役を演じてくださり、爆笑がありつつも、抜群の表情を引き出してくださいました!