2018年、脚本:ハン・ジョンソクさん、作曲:イ・ソニョンさんによって韓国で初演されたミュージカル『レッドブック〜私は私を語るひと〜』。女性への偏見やセクシャルハラスメントへの問題提起と主人公アンナの力強く生き抜く姿が大きな共感を呼び、大ヒットを記録した本作がいよいよ日本版初演を迎えます。

「自分自身の心と向き合うことがどれほど大切か」

取材会には演出を務める小林 香さんと、本作に出演する咲妃みゆさん、小関裕太さん、花乃まりあさん、エハラマサヒロさん、中桐聖弥さん、加藤大悟さん、田代万里生さんが登壇しました。

「韓国でこの作品を大切に愛し守ってこられた方々への敬意を胸に、そしてお越しくださるお客様への感謝を込めて務めさせていただきます」とご挨拶した咲妃みゆさん。

「この作品に出会うことができて本当に感謝しています。他者を思いやる気持ち、そして自分自身の心と向き合うことがどれほど大切なのかを教えてくれました。このミュージカルを日本で上演するんだとエネルギーを注がれたアミューズの皆様に本当に敬意を表しますし、お客様にお楽しみいただけるよう全力で舞台を届けたいと思います」と意気込みます。

昨年、本作の再演を韓国で観劇したという小関さんは「歌の力、皆さんのお芝居の力、そしてそれを楽しみに観に来ている韓国の方々の相乗効果のあるエネルギーを目の当たりにして、ハングル語が凄く分かるわけではないんですけれども圧倒されて、最後隣で涙を流している学生の方々と一緒にちょっとうるっと来るような、その記憶を胸に、稽古を経てここにやってくることが出来ました」と振り返ります。

また「自分がこの作品の台本を初めて読んだのが韓国での観劇前だったんですけれども、その時点では女性を応援する物語だと思っていました。でも読めば読むほど性別や年齢、世代に関係なく、胸に刺さるものがそれぞれにある作品だと思いました」とコメント。

花乃まりあさんは「自分にとっては新境地だなと思うお役との出会いだったんですけれども、演出の小林香さんから“自分が持っている引き出しの中からやっても、新しいビジュアルになったとしても新境地にはならない。中身から何かを生み出さなければ新境地とは言えないんじゃないか”というお話をしていただいて、新しい自分を引き出すためにとても丁寧に時間を使ってくださった」と稽古を振り返ります。

また宝塚時代の同期である咲妃みゆさんとの共演について「10代で出会った時から彼女は約40名いる同期の中でも本当に早くから活躍を期待されたエースだったので、同期でありながらもちょっと自分自身が良い緊張感を持てる尊敬する女性だったんですけれども、実際にがっつりお芝居をしてみてよりその気持ちが増しました」とリスペクトを語りました。

田代万里生さんは「稽古初日からマニキュアをし、スカートを履いて、ハイヒールを履いてお稽古に挑ませていただきました。役柄の設定が“変に優雅で気品のある女装男性”ということで、どんな役柄を生み出すことができるかなと思いましたが、いっぱい悩んで、小林香さんの元、共演者の皆さんのお力をお借りして、これだというものをお届けしたい」と意気込みます。また「演出の小林さんによる凝ったシーンがたくさんありますので、お客様がどんな気持ちで劇場を後にするのかとても楽しみ」と語ります。

そして「メッセージ性が強い脚本になっているので、お稽古でも楽屋でも、役者がそれぞれ役柄ではなく自分自身に置き換えて『レッドブック』のテーマでのディベートが行われています。僕たち自身が一回立ち止まって考えてみるということを体感しているところです。劇場に観にきてくださった方もお帰りの際はご一緒の方とそれぞれの感想を言い合って、自分は何者なんだろう、どうやって生きていったら良いんだろうと思いながら笑顔で帰っていただけたら嬉しい」と呼びかけました。

エハラマサヒロさんは「みんながしっかり喋りすぎて逆に緊張します」と会場を和ませつつ、「ジョンソンという役は、今まで自分がやってきたどのコントよりもクセがスゴいキャラクターなんですよ。なので是非とも千鳥さんに観にきて欲しいです(笑)。異質な、インパクトの強いキャラクターなんですけれども、楽しんでいただけたら」とアピールしました。

中桐聖弥さんは「約2ヶ月、作品と役にしっかり向き合ってきたので、ようやくお客様にお届けできることに凄くワクワクしています。お稽古を通して、本当に素晴らしいキャストさんに囲まれているんだなと改めて実感しました。幕が開くのが楽しみです」と心境をコメント。

加藤大悟さんは「濃密な稽古を経て、しっかりと培ってきたものを初日にぶつけて参りたいと思います。ぜひ皆様、よろしくお願いします!!!」と元気よくご挨拶されました。

演出の小林香さんは「ミュージカルなんですけれども、これ以上ないくらいお芝居の稽古をして参りました。咲妃さん、小関さん始め、本当に皆さんがお芝居に真摯に向き合って創り上げてきたプロセスがあり、それが確実に実っているなと実感しております。もちろん歌もダンスも楽しみにしていただきたいんですけれども、出演者21名で緻密なドラマ作りというのをやれたのではないかと思っておりますので、早く堪能していただきたい」と手応えを語ります。

そして「タイトルのレッドブックというのが一体何なのか、その捉え方は芝居を観ながらお客様1人1人の中で変化していくだろうと思いますので、レッドブックが自分にとって何なのかということを見出していただけるような作品になっていたら良いなと思います」と思いを語りました。

「私には私がいるわ、じゅうぶん」

舞台は19世紀ロンドン、男性は紳士に、女性は淑女であり貞淑であることを強く求められたヴィクトリア朝時代。新米弁護士・ブラウン(小関裕太さん)も主人公アンナ(咲妃みゆさん)に“幸せになるために配偶者を早く見つけること”を勧めますが、心救われるのはアンナが飄々と「そういうことを言われても聞き流してきた」と言えること。

アンナは“変わり者”だと言われますが、結婚よりも働くことを求め、まだ自分が何者かは分からないながらも生きる意味を見つけようと瞳を輝かせます。そして出会ったのが“女性が本を書くなんて”と言われる時代に小説を書く女性文学会「ローレライの丘」のメンバー。

創設者の女装男性ローレライ(田代万里生さん)や会長のドロシー(花乃まりあさん)は“変わり者”ながらも社会の偏見に屈せず、「自分を思いやって励ます」ことができる人々です。

想像力豊かなアンナが赤裸々に描く官能的な小説は次第に読者を熱狂の渦に巻き込んでいきますが、文学評論家ジョンソン(エハラマサヒロさん)との確執をきっかけに「社会に悪影響だ」と非難されるようになってしまい…。

100年以上の時を経ても、“こうあるべき”という言葉に息苦しさを覚える瞬間は、きっと今も残っています。だからこそアンナの「聞き流してきた」というしなやかな言葉が、こんなにも胸を打つのでしょう。

ただ本作はとても軽やかなラブコメディでもあり、アンナの天真爛漫で我が道を行く姿や、ブラウンがアンナに翻弄されながらも彼女を理解しようとしていく姿に心温まりながら思わず笑みが溢れます。小関さんはアンナに振り回されるブラウンをチャーミングに表現。現代の感覚とは離れた発言がありながらも、それが差別的な意図ではないことを観客に信じさせるのは、小関さんの温かな人柄がブラウンに反映されているからではないでしょうか。そしてアンナを通して、自分とは正反対の価値観を受け入れていく成長を丁寧に描きます。

中桐聖弥さん、加藤大悟さん演じるジャックとアンディとブラウンの“紳士3銃士”が歌う「紳士の流儀」や、エハラマサヒロさん演じる個性的すぎるジョンソンが歌うナンバー「俺はミューズ」はとってもコミカルで、作品全体の世界観に柔らかさをもたらしています。

花乃まりあさんは個性的なキャラクターでありながらも本作の重要なメッセージを任される役柄ドロシーを絶妙なバランスで表現。アンナとのコンビネーション抜群なコミカルシーンも!

そして本作の魅力は何と言っても素晴らしい音楽の数々。人々のため息が音楽に入っているなど、可愛らしい世界観が魅力的です。アンナのコロコロ変わる表情に魅了される楽曲「愛は天気のように」には、ブラウンがどうしようもなくアンナに惹かれる理由が詰まっています。

青年だったローレライがなぜ女装男性として生きることを決め、「ローレライの丘」を創ることを決めたかを語る楽曲「ローレライ」は究極のラブソング。気品の中にある愛と覚悟、生き抜く強さを感じられます。

そしてアンナには1幕ラストの「罪な女」、2幕後半で大きな決意が語られる「私は私を語る人」の大ナンバーが用意されています。アンナは他者に惑わされない軽やかな強さが魅力的ですが、これらの大ナンバーでは彼女の孤独や、それでも自分のために人生に立ち向かっていく覚悟が感じられます。

美しいセットが取り払われ、舞台に残されるのはたった1人の役者だけ。逃げ場のない空間で、咲妃さんはアンナの孤独と覚悟を真正面から生き抜きます。これまで積み上げてきた役者としての人生、技術、祈りのような強い情熱とひたむきさがアンナという役に重なり合う…。この瞬間を観れることこそが、演劇の真髄ではないかと思わされます。

撮影:晴知花

そしてアンナの熱量は社会を動かしていきます。少しずつ、確実に。その光は現代へと繋がっているはずです。未来を信じたくなる希望と、自分自身を思いやる温かさが詰まった新作を、どうぞお見逃しなく。

ミュージカル『レッドブック〜私は私を語るひと〜』は2026年5月16日(土)から5月31日(日)まで東京建物 Brillia HALL (豊島区立芸術文化劇場)、6月27日(土)から 6月30日(火)まで森ノ宮ピロティホール、7月4日(土)から7月5日(日)まで御園座にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

総合芸術であるミュージカルが、それでも最後にはたった1人の役者に物語を託す。それは演出家としても勇気が必要なことでしょうし、誰でも託せることではないでしょう。それでも小林香さんは咲妃さんに託したし、咲妃さんは託したくなる存在なのだと感じました。また、黒い本棚に赤いレッドブックが入れられていくシーンがあるのですが、大きな本棚の中でレッドブックの数はまだ少なく、しかし確実な輝きを放っていて…それが今の社会を映し出しているようにも思えて、胸がいっぱいになりました。