ミュージカル、ストレートプレイ、ショウケース……筆者は、これまでたくさんの作品を見てきました。その中でも特に印象に残る作品『晦日明治座納め・る祭』(以下『納祭』)を、今回は「耳と心に残るセリフ」に焦点を当てて取り上げます。
心優しき「蝦夷」の長と堅物の朝廷役人の物語
『納祭』は、2015年に大山真志さんと三上真史さんのW主演で上演された作品。現在の東北地方あたりが「蝦夷」(えみし)と呼ばれていた奈良時代の物語です。大山さんは「蝦夷」の長の阿弖流為、三上さんは「蝦夷制圧」を目指す中で阿弖流為の優しさに打たれ、制圧をためらう坂上田村麻呂を演じました。
阿弖流為は、文献が少ししか残されておらず、通説では「荒くれもの」として扱われますが、本作の阿弖流為は心優しき食いしん坊。さらに長の資格があるものだけが神から授かる人並み外れた怪力の持ち主です。
「みんなの幸せ」のための決断
「耳と心に残った歌詞」に関連する部分をかいつまんでご紹介します。
ある戦に赴いた際、阿弖流為は怪力を制御できずに仲間も死なせてしまいます。悲しみに暮れた阿弖流為は、神に怪力を消してもらうことにしました。そんな中、田村麻呂を良く思わない朝廷の役人が、独断で阿弖流為たちの集落の森に火をつけます。さらに「蝦夷」の豪族が朝廷側に寝返り、戦況は悪化。
一刻も早く戦を終えたい阿弖流為は、怪力を取り戻そうと再度神の元を訪れます。すると神は、「代償として命を失う」と告げます。集落、ひいては「蝦夷」のため、阿弖流為はその条件を飲みます。そして周囲には「力を取り戻し、さらに不死身になった」と嘘をつき、自身の死を代償に平和を取り戻そうとするのです。
観客にしか分からない「覚悟」
『納祭』は劇中で童謡や合唱曲、J-POPなどが扱われています。その中で、『マイバラード』という合唱曲の一部を歌うシーンがあります。朝廷軍との決戦に臨む前日、酒を酌み交わしながら阿弖流為と集落の民たちが歌っているのですが、その中にこんな歌詞があります。
「ぼくらは助け合って 生きてゆこういつまでも」
決戦前日ということもあり、「これからも、ともに手を取り合って生きていこう」という内容に聞こえます。しかし、この後に阿弖流為が1人「生きてゆこういつまでも」とどこか寂しそうな、しかしこれから先の未来を見ているような表情でぽつりと歌います。
筆者は観劇時、この「生きてゆこういつまでも」と歌う姿に涙が止まりませんでした。阿弖流為の「覚悟」を感じたのです。集落と「蝦夷」の未来を守りたい。どうか「いつまでも」笑って楽しく過ごしてほしいという願いにも似た「覚悟」です。
そして、これは物語の妙なのですが、この一節に阿弖流為だけ違う思いが込められているのを知るのは、阿弖流為本人と観客だけ。さらに歌唱前には、集落の民が何気なく「決戦後」の話をしており、余計に胸が痛くなりました。
今回のテーマを聞いた時に、真っ先にこの話を書こうと思ったくらいには、「ぼくらは助け合って 生きてゆこういつまでも」は今でも印象的な歌詞です。しかし、「耳と心に残るセリフ」というのはほかにも「楽しい」ものや「カッコいい」ものなどさまざまあると思います。皆さんも印象深い演目の中で、特に印象的なセリフや歌詞について考えてみてはいかがでしょうか。