日中合作音楽劇『李香蘭-花と華-』は、第二次世界大戦を生き抜いた実在する伝説の歌姫・李香蘭の半生を描いた作品。李香蘭役を西内まりやさん、山口淑子役を安寿ミラさんが務めます。1月13日(金)に幕を開けた本作のゲネプロリポートをお届けします。(作品について詳しくはこちらの記事へ)

日本と中国、両国を愛し平和を望んだ歌姫・李香蘭

日中合作音楽劇『李香蘭-花と華-』のモデルは、1920年に中国で、日本人の父・山口文雄と母・山口アイの間に生まれた山口淑子さん。中国で育った彼女は、13歳の時に、日中友好の夢を父親から託され、中国人の李将軍の養女となり、「李香蘭」という中国名を貰います。

その後、類まれなる美貌と歌の才能を認められ、中国人女優・李香蘭としてデビューすることに。
日中戦争時には満州映画協会(満映)の専属女優として『白蘭の歌』『支那の夜』『熱砂の誓ひ』など多くの日本映画に出演。また、彼女の歌った「夜来香」「蘇州夜曲」などの歌がアジアで大ヒット。

世界大戦開戦直前の1941年には、日本劇場(日劇)で「歌ふ李香蘭」に出演すると、日本人ファンが押し寄せ、大騒動になるほどの人気を誇りました。

しかし徐々に戦争は激しくなり、中国と日本は対立を深めていきます。どちらの国も愛している李香蘭は、自分が「山口淑子」という名を持つ日本人であるということを隠し続けることに苦悩します。

そして、彼女は人気を日本軍の宣伝に利用され、終戦後、中国で中国人として祖国を裏切った漢奸(※)の容疑で軍事裁判にかけられてしまいます…。

日本を愛し、中国を愛し、平和を望んだ歌姫の物語です。

※漢奸:中国人でありながら、中国に反抗し、日本の宣伝活動や機密事項を日本軍に通報するなどの行為をした国に逆らった者のことを指します。李香蘭、川島芳子もこの罪で裁かれました。

『李香蘭』は、1991年に劇団四季でミュージカルとして初演されました。以来、劇団四季の代表作品として人気を呼び、現在まで何度も再演を重ねている演目です。

今回の日中合作音楽劇『李香蘭-花と華-』では、川島芳子役とリュバチカ役はダブルキャスト。ゲネプロでは川島芳子役を飛龍つかささんが、リュバチカ役を玉置成実さんが演じられました。

日中合作ということで、キャスト・スタッフともに両国の方が揃い、協力のもと作り上げられています。「二胡(にこ)」という中国の伝統的な弦楽器の演奏もあり、奏者の王淑麗さんも本公演のために中国から来日。
現在も日本と中国の間には政治的課題が残されています。「両国の平和のために」と日中国交正常化50周年を記念して企画された本作で、過去の痛ましい出来事を知り、理解し、同じ過ちを犯さないように後世にこれからも伝えていくことが、現代を生きる我々にできる平和への一歩なのではないでしょうか。

壮絶な人生を通して伝える「生きる」ことへのメッセージ

劇団四季の『李香蘭』では、川島芳子がストーリーテラーのように物語を進行させていきますが、本作では、戦争が終わり“山口淑子”の名前に戻った彼女自らが過去を振り返る形で進んでいきます。

作品冒頭では、淑子が第二次世界大戦後にアメリカに渡り、シャーリー・ヤマグチとして邸宅でパーティーを開いている様子が描かれます。パーティーの明るい楽曲では、チャーリー・チャップリンやジェームズ・ディーン、イサム・ノグチといった、アメリカにいる時に知り合った著名人との交流も描かれます。


山口淑子役の安寿ミラさんは、パンツスタイルにステッキを持ち、宝塚歌劇団でトップスターを務めていた姿を彷彿とさせます。

映画のフィルムが巻き戻っていく映像が流れると、「李香蘭」としての思い出が蘇ってきます。
美しい赤いチャイナドレスを身に纏い「夜来香」を歌うのは李香蘭役の西内まりやさん。

中国語部分の歌唱も、稽古場で中国人キャストの姚旭之さんに発音を見てもらっていたというだけあって、見事な発音。扇子使いも美しく、初舞台とは思えない堂々とした舞台姿を披露しました。

仲の良かったロシア人の友人・リュバチカは淑子に歌の先生を紹介した、淑子が歌手を目指すきっかけとなった人物。ある日、奉天放送局から淑子に、「譜面が読めて、北京語が話せて、日本人スタッフと意思疎通ができる」ということでラジオで歌ってくれないかというオファーが。
放送局が探しているのは中国人の少女でしたが、「李香蘭」という中国名を持ち、流暢に北京語が話せるのだから中国人と偽っても誰もわからないと言われ、歌手になる夢を叶えたい淑子はオファーを受けます。

「これが全ての始まりでした」と振り返る大人になった淑子。映画も、音楽も、演劇も、戦争に利用されたのでした…。

本作では淑子の様々なエピソードが取り上げられます。例えば、力強い学生デモのシーン。

北京の女学校時代、中国人だと思われていた李香蘭は学生サークルの抗議集会に呼ばれてしまいます。関東軍がせめてきたら徹底的に戦うという姿勢を見せる周りに対し、意見を求められた李香蘭は「私は、北京の城壁の上に立ちます」と返答します。


「城壁上で中国側か日本側のどちらかの弾にあたって一番先に死ぬ。それが自分に最もふさわしい運命である」という考えが咄嗟に口から出ていたと淑子は振り返ります。

そして、似た境遇のもう1人の「ヨシコ」との出会い。

男装の麗人・川島芳子との出会いです。名前が同じ「ヨシコ」であることから打ち解け、川島芳子は李香蘭のことを「ヨコチャン」と呼び、自分のことを「オニイチャン」と呼ばせたエピソードがそのまま使われています。

戦争を取り扱っている作品ですが、明るい場面も多々ある本作。



満州映画協会の映画への出演をオファーされる楽曲から、撮影シーンはコメディ調。また、日劇の企画部に所属し、東宝のプロデューサーを務める児玉が李香蘭へ「僕はあなたが嫌いです」と話しつつも、「自分が守らねば」と感じガードマンを願い出るラブコメディ要素のある曲も。

ここでも、李香蘭のコンサートを観に、日劇の周りを7周半も人々が並んだというエピソードが織り交ぜられています。

物語中、何度も語られるのは、日本と中国の板挟みになり苦しい思いをしていた李香蘭の姿。何度も「もうこれ以上李香蘭として生きてはいけない」ということ、「私は日本人です」というタイミングを伺っていた切実な姿に心を打たれます。

戦争が終わり、漢奸罪に問われていた裁判も終わり、日本に帰ることになった淑子。満州で生まれ育った淑子は「生まれた国さえなくなった」、そして愛する人々を戦争で失い「私だけ生き延びた」と歌います。安寿ミラさんの語る説得力に、心が掴まれます。

本作のメインテーマ曲にある「どうすれば手と手、取り合えるの」「帰りたい、焼け野原でも。そこにいつの日か花が咲くなら。帰ろう。生きよう」という歌詞。日本と中国、どちらの国も心から愛した李香蘭の人生を2時間40分観た後で聴くと、今の自分達に何ができるのか考えさせられる作品でした。

日中合作音楽劇『李香蘭-花と華-』は、2023年1月13日(金)〜22日(日)紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演です。公式HPはこちら

ミワ

劇団四季の『李香蘭』とは、楽曲はもちろん描かれ方も違っていたことが興味深かったです。より李香蘭、そして山口淑子の人生にフィーチャーして描かれていて、今もなお彼女が愛される理由に納得しました。