アニメーションのファンタジーな世界観を舞台上で楽しめるディズニー・ミュージカル。日本では、『ライオンキング』や『メリー・ポピンズ』を筆頭に、練り上げられた上質な作品が上演されており、安心感のある舞台というイメージを持つミュージカルファンの方も少なくありません。その最新作『ヘラクレス』がニューヨーク・マンハッタンのお隣、ニュージャージー州で3月19日まで上演中。はたして、その評価は…?SNSや開幕レポート、そして辛口で有名なニューヨーク・タイムズ紙の劇評などから、気になる作品情報をお届けします!
黄金期のクリエイターが手がけたディズニー・アニメーション『ヘラクレス』が舞台へ
今回ご紹介するディズニーミュージカル『ヘラクレス』は2023年2月16日から3月19日まで、ニュージャージー州のペーパーミル劇場にて上演中。創作プロセスの一環としてのトライアウト公演です。(トライアウト公演についてはこちら)
『リトル・マーメイド』(1989年)や『アラジン』(1992年)などの人気作を続々と公開し、ディズニー・ルネサンスと呼ばれた黄金期。その後半である1997年に公開され、上述した2つの大ヒット作品を生み出したジョン・マスカー監督とロン・クレメンツ監督のコンビが手がけた『ヘラクレス』。楽曲はディズニー・ソングの王様、アラン・メンケンが作曲を担当、作詞は『ムーラン』のデヴィッド・ジッペルです。
オリンポスの神ゼウスと女神ヘラの間に誕生したヘラクレス。オリンポスの支配を企む黄泉の国の神ハデスの企てで、赤ちゃんの時に抹殺されそうになりますが、死を免れて人間界で優しい老夫婦に育てられることになります。
青年になり、人間離れした怪力のせいで周りに馴染めず、自分の居場所に疑問を感じていたヘラクレス。ゼウスの神殿で自分の出生の秘密を知り、神の国に戻るには、本当のヒーローになるしかないと聞かされた彼は、師匠のフィルの下、厳しいヒーロー修行に励みます。
ギリシャ神話のヘラクレス伝説を元に展開するオリジナルストーリーと、散りばめられたコメディエッセンス、そして全体を包むアラン・メンケンの名曲が揃ったこのアニメーション映画は、ミュージカル化には持ってこいの作品です。
映画版で特に輝きを放つアラン・メンケンの名曲の数々は、もちろんミュージカル版にも盛り込まれているそう。自分は何者で、どこにいるべきなのかと、悩むヘラクレスが道なき道を進む名曲「ゴー・ザ・ディスタンス」、ナレーター的な役割を担う5人のミューズが歌うソウルフルなゴスペル「ゼロ・トゥ・ヒーロー」、この作品のヒロインとなるメグの「恋してるなんて言えない」など、映画のヒット曲がミュージカルバージョンにアップデートされています。
また、舞台用に書き下ろした新曲も5曲追加されています。アカデミー歌曲賞を受賞した「ゴー・ザ・ディスタンス」をはじめ、楽曲面ではかなり充実したミュージカルとなりそうです。
ディズニー・シアトリカル・プロダクションの試みはいかに
ミュージカル版の脚本を担当したのは、トニー賞受賞経験のあるロバート・ホーンとクワメ・クワイ・アルマ。新たに書き下ろした脚本は、映画版のストーリーを補強し、映画で描かれたコミックタッチのギリシャ市民たちを、どこか現代社会に通じる等身大の市民として描き直すなど、生の舞台で上演するための改変が加えられているよう。映画版と少し違う物語を、オビー賞受賞者のリア・デベソネが演出します。
舞台装置は、SNSや開幕レポートにアップされた舞台写真の情報を見る限り、ではありますが、まるでパルテノン神殿のようなどっしりとした作りの柱や、さまざまな絵柄があしらわれた大きな水瓶など、古代ギリシャを思わせるモチーフのセットが組まれています。衣装はキャラクターごとに全身で色を統一している様子。筆者個人的には、5人のミューズたちの衣装やアクセサリーが5人のトータルバランスを揃えつつ個性豊かにばらけたデザインとなっているところが嬉しいポイントです。
原作人気の高い『ヘラクレス』はこれまでにも舞台化の取り組みが続けられており、2019年には今回とは別のアプローチで作った舞台版が上演されています。
同じディズニー作品でも、ミュージカル製作はディズニー・シアトリカル・プロダクションズという会社が管轄しています。映画製作とは別部門の彼らは、演出家や作詞作曲家など舞台製作のスペシャリストと手を組み、これまでにも恐ろしい野獣や広い海の世界、空飛ぶ絨毯を舞台上で表現し、観客に夢と魔法を届けてきました。
しかしながら、アニメーション版で起こることを舞台上に描き切るのは至難の業。どうにか魔法のような舞台を実現すべく、脚本の軸を変え、舞台装置、衣装、音楽などの力を駆使して作り上げるのですが、それが必ずしも評価に結びつくとは限りません。
例えば、ブロードウェイで上演された際の『リトル・マーメイド』では、泳ぐ人魚を表現するためにアリエルがローラースケートを履いていて、どうにも優美な海の世界への没入感が感じられず、衣装や舞台装置に課題が残る状態でした。その課題改善に取り組んだヨーロッパ上演では、衣装を刷新し、フライング技術を取り入れることで、人魚が舞台上の海を縦横無尽に駆けめぐる芸術的なミュージカルへと昇華したのです。
冒頭で触れたように、日本でディズニー・ミュージカルと聞くと、最初からクオリティが担保されたもの、というイメージが強いと思います。しかし、その製作過程では、舞台作品としてちぐはぐしてしまうことも大いにあり得るようです。
ブロードウェイに進出できるミュージカルに仕上がるのか、はたまたブラッシュアップが必要なのか。トライアウト公演は作品の完成度を判断する場でもあるので、現地の評価が気になるところ。今回の『ヘラクレス』トライアウト公演はどのような評価を得ているのでしょうか。
まだまだ改善の余地あり?2024年春のドイツ公演でのさらなる進化に期待!
ペーパーミル劇場で『ヘラクレス』を観劇したミュージカルファンや批評家の声は、人それぞれですが、全体的には辛口なコメントの方を見かけるように感じます。
「大好きな作品が目の前で展開して本当に嬉しい!」と興奮した様子をSNSに投稿するような原作ファンの方、「楽曲や役者はいいが、物語と舞台要素との練り上げが不十分」という演劇評論家の方、などなど。もちろん、筆者が見落としている劇評もまだまだあるはずなので、あくまでも一部の声の抜粋ではありますが、今回のトライアウト公演段階ではまだまだ改善の余地がある作品なのかな、と筆者は捉えています。
辛口批評でブロードウェイの上演を左右するとも言われるタイムズ紙の劇評も、今回はビリリと辛い言葉が連なりました。(関連記事:【ブロードウェイ】舞台成功の明暗を分ける?新聞社ニューヨーク・タイムズの劇評)
劇評を担当したホアン・A・ラミレス氏は「全能のエンターテインメント企業がナニーやカーペットを舞台の上で飛ばすことができるなら、ゼウスの息子の神話に命を吹き込む方法を見つけることもできるはずだ」と今後の可能性への期待を込めた言葉を冒頭に述べた上で、演出、楽曲のアレンジや新曲、衣装、舞台装置、振付、キャストなど、全セクションへのダメ出しをしています。
最後は「筋書きから人物像に至るまで、ほとんど意味もまとまりもなく展開され、作品全体がリハーサル不足で、物足りなさを感じます。我々はオリンポスからどれほど遠くへ落ちてしまったのでしょうか」と締めくくりました。(ニューヨーク・タイムズ紙の劇評全文はこちら)
ゼロから作品を生み出す。まだまだその途上ではありますが、それでも確実に進化をしているディズニー・ミュージカル『ヘラクレス』。2024年の春にはドイツのハンブルグでの上演が決定しています。ペーパーミル劇場での公演終了後の調整期間で、ドイツ公演でさらなる世界を見せてくれることを期待したいと思います。作品情報はこちら
かつてこのペーパーミル劇場では、同じくディズニー・ミュージカル『ノートルダムの鐘』もトライアウト公演を実施していました。公演期間終了時にブロードウェイへの進出をしない、という決定をしてしまいましたが、日本では劇団四季が上演して大人気の作品となっています。 作品の評価は価値観の違いもあるため地域によってさまざまなので、今回の批評が全てではないですが、今はまだ、この作品自体がヒーローになるために必要なトレーニング期間なのかもしれませんね。